次々に扉が開いていく。

 プロ転向と海外移籍をきっかけに、女子バレーボール日本代表の石川真佑(フィレンツェ)は変貌を遂げている。

 1月下旬にフィレンツェで行われたホームゲーム・トレンティーノ戦の直後、コートに集まってきたファン1人1人に丁寧に接し、屈託のない笑顔で一緒に写真におさまる石川の姿を見て、改めてそれを実感した。

プロ選手に転向、昨秋にセリエA挑戦

 昨年、4年間所属したVリーグの東レアローズを退団してプロ選手となり、イタリア・セリエAのフィレンツェに移籍した。初めて海外リーグで過ごす中、プレーの進化はもちろん、海外での生活をSNSで発信するなど少しずつバレー以外での変化も見せている。

 それまでずっと寮生活で、イタリアに出発前は料理は苦手だと苦笑していたが、今では自炊したメニューをSNSにアップすることも。

「こっちでは三食自炊なので。簡単なものですけど、自分で作っています。基本オフの日に作り置きして、練習から帰ってきたらすぐ食べられるように。得意料理は……まだできてないです(苦笑)。いろんなものを簡単に作っているだけという感じなので」

 野菜をたっぷり使った色とりどりの作り置きメニューをSNSに載せ、「オススメの作り置き教えてください」と呼びかけたことも。日本代表の眞鍋政義監督が「めちゃくちゃ真面目」と驚くバレー一筋の練習の虫で、どちらかというと人見知りの石川にとっては、思い切った一歩だった。

「日本からすごくたくさんの方が応援してくれているので、SNSを通してでも、イタリアからいろいろと生活も発信していければいいなと思って。今まで見せていなかったというか、出せていなかった部分も、ファンの方は気になるところもあると思いますので、できる範囲でやっていけたら。自分だけじゃなくてバレーボール界を盛り上げていくためにも」

 それは海外に来たからというよりも“プロ”としての意識だという。

「やっぱりプロバレーボール選手として、発信していかなきゃいけないなと。いろんな方が見てくれて、周りの評価やいろんな意見があると思うんですけど、自分が頑張っている姿だったり、挑戦しているところを見せるのは一つ必要なことだなと思って。いろんな選手がいろんな発信をして、バレー界を盛り上げようと取り組んでいるのを見て、そこに私も加わるというか、一緒に発信していけたらいいかなと思っています」

 プロの自覚と視野の広がりをうかがわせる。

 プレーの成長も目覚ましい。

 試合前、両チームの選手がコートに一列に整列すると、石川の小柄さは際立つ。フィレンツェのスパイカー陣は174cmの石川を除けば185cm以上の長身選手ばかり。その中で石川は開幕からスタメンを張り、たびたびチーム最多得点を叩き出してきた。

日常に求めた“世界の高さ”

 相手チームにも高いブロックが揃うが、それこそ石川が求めていた環境だ。昨年9月、パリ五輪予選を終えてイタリアに渡る前、こう語っていた。

「海外の選手相手に、高さとパワーをすごく経験できると思うので、それを自分の力につなげたい。Vリーグは日本の選手がほとんどで、高さだったりパワーというのは代表でしか感じられないことでしたが、今年は代表で本当にいい経験をして、それが海外のリーグでも継続できる。海外に行ったらそれ(高さやパワー)を常に意識できるので、そこは国内とまったく違うところかなと感じます」

 その環境の中で、スパイクをブロックの指先に当てて飛ばしたり、多彩なプッシュを巧みに使うなど得点を奪う選択肢が増えた。

 フィレンツェを視察した日本代表の川北元コーチも、「ブロックの指先を狙って奥に飛ばしたスパイクがありましたが、ああいう決め方ができるようになったのはすごくいい。日本ではなかなか練習できない、相手に高さがないと身につけられない技術ですから」と石川の変化に顔をほころばせた。

 石川自身も手応えをにじませる。

「高さはやっぱり違いますし、今まで決まっていたスパイクが決まらなかったりする中で、ブロックを利用して点を取ることはすごく大事だなと感じます。高いブロックに対して、代表では被ブロックが多かったので、それは自分がやらなきゃいけないこと。ブロックアウトを狙うこともそうですし、代表の時も感じましたが、プッシュは混ぜていかないと難しい。このリーグでそれを経験できるのはすごく大きいと思います」

 ラリー中、素早くレフトに開いて大声でトスを呼ぶ。

 試合後、何と言って呼んでいるのかと聞くと、「スーパー」だと教えてくれた。

「日本で言うと『突け』なんですが、速いトスが欲しい時は『スーパー』と呼んでいます。ハイボールが欲しい時は、イタリア語で“高い”が“alto(アルト)”なので、『アルター』と呼びます。最初は間違えることもありましたけど(苦笑)、やっていく中で慣れていきました。言葉的にはやっぱり難しい部分もありますけど、単語は少しずつ覚えていけているので、そこはもっとやっていきたいなと思っています」

 チーム内ではイタリア語と英語が使われているが、石川は「やっぱりイタリア語がメインになってくるので、できるだけ自分も覚えて、使っていけるようにしていきたい」とイタリア語の習得に努めている。

 最初は週に何回か、ミーティングの時などに現地在住の日本人に通訳をお願いしていたが、今は回数を減らしている。

「4カ月が経っていく中で、私自身自立というか、自分でやっていかなきゃいけないと思って」

自分を出したい…でも伝えられないもどかしさ

 ただ、イタリア語はほぼゼロからのスタートで、簡単なことではない。中学1年生で愛知県の親元を離れて長野県の裾花中学に進学した経験もあり、「今までも1人でやってきている部分はあるので、ホームシックは基本ない」と言うが、海外でのコミュニケーションの難しさは痛感している。また、日本人選手が海外に出ると必ず直面することだが、海外の選手の自己主張の強さにも面食らった。

「海外の選手は本当にオープンというか、思ったことはしっかりストレートに伝えるし、言わなきゃわからない部分は多い。自分もすごく言われますけど、それに対して自分も発信していかなきゃいけない。まだ難しいところはありますけど、本当に自分自身を出していかないと難しいなと感じています」

 例えばポジショニングのことなど、「そこじゃないよ」「こうして」と言われた時に、石川なりの考えや理由があってそこにいたとしても、それをうまく伝えられない。言われっぱなしで言い返せない、意図を伝えられないもどかしさは常につきまとう。

「今はやっぱりそこは大きいですけど、それも経験になります。今は言われ続けることが多いですが、自分の思っていることも伝えていかなきゃいけないし、でもまだ足りない部分があるから言われていることなので、そこは私自身が成長できる一つ(のチャンス)なのかなと思ってやっています」

 ズンと落ち込んだこともあったが、あえてすべてを成長の糧と捉えてきた。

 イタリアに来てよく要求されるのが、アグレッシブな感情表現だという。

「勢いというのが足りない、もっと出していかなきゃいけないって。自分自身もわかっているんですけど、やっぱり海外の選手と比べたら足りない部分があるので、『もっと行こうよ』『アグレッシブに』と言われます」

 そこは石川に限らず日本人選手が不得手な部分だ。昨年のパリ五輪予選最終日、五輪切符がかかったブラジル戦で、相手エースのガブリエラ・ギマラエス(ガビ)や途中出場のアナ・ダシウバ(キャロル)が全身に闘志をみなぎらせて周りを鼓舞し、流れを持っていかれた苦い記憶がある。

 表現を変えることは簡単ではないが、男子では兄の石川祐希(ミラノ)をはじめ、柳田将洋(東京グレートベアーズ)や福澤達哉(パナソニックパンサーズアンバサダー)、高橋藍(モンツァ)など、海外リーグを経験する中で感情表現が豊かになり、周りを巻き込む力を得た選手が増えた。そしてそうした選手が代表を変えた。

 石川真佑もその殻を破ることができたら、きっと日本代表も変わる。

 イタリアに来てよかったですか? と聞くと、石川はニコリと笑って頷いた。

「自分自身とてもいい経験になりますし、言葉のところで難しい部分はありますけど、それ以上にすごく大きな刺激を受けているので、本当に来てよかったなと思っています」

 この先またどんな扉を開いて、石川がどんな姿で日本に戻ってくるのか、楽しみで仕方がない。

文=米虫紀子

photograph by Noriko Yonemushi