2年目を迎えたジャパンウィンターリーグは沖縄県で2023年11月23日〜12月24日まで開催された。今回は、101人の選手が参加、日本人選手だけでなく世界10カ国の選手が参加。アドバンス・リーグ、トライアウト・リーグの2つのリーグに分かれて1カ月のリーグ戦を戦った。

 リーグ戦を経て今年1月21日現在で、独立リーグなどに22人の選手の移籍が決まり、交渉中の選手も10人いる。「選手の未来を拓くリーグ」として、これも大きな成果だった。

「ドライブライン」打撃トレーナーが指導

 社会人野球の選手を中心としたアドバンス・リーグの会場となった沖縄県宜野湾市の宜野湾市民球場に隣接する室内練習場では、近年の野球データ革命を象徴するような場面があった。

 打球速度などを計測する「ブラスト」をバットのグリップに装着した選手たちが、バットスイングを繰り返す。選手は重さやバランスの異なるバットを手にしてスイングし、スイングスピードや打球角度など、様々なデータを計測していた。

 ドジャースの大谷翔平がキャンプで各種デバイスをつけて、球団関係者とデータを確認している姿が連日テレビなどで報じられているが――ジャパンウィンターリーグでも同じような光景が広がっていたのだ。

 彼らにアドバイスをしていたのは米シアトルのトレーニング施設「ドライブラインベースボール」バッティングトレーナーのダニエル・カタランである。彼は2014年に大学を卒業し、アメリカ、ヨーロッパ、オーストラリアで野球をしたのち、ドライブラインのトレーナーになった。

バッティングには何が大事か?

 その夜、ホテルの会議室ではダニエル・カタランによる「バッティングセミナー」が開かれ、その場に立ち会った。まず選手たちに向けて、ダニエルはこう問いかけた。

「バッティングには何が大事か? 何がいい打者を作るか? どうやったらいい打者になれるか?」

 間髪を入れず、大柄な黒人選手が発言した。

「バッターボックスに向かう前に何を打つのか、プランを持つのが大事だ。そうしてアプローチをすることだ」

 別の外国人選手が「バッティングはバランスだ。そして全方向に打つのが大事だ」と言えば、日本人選手は「自分の形をしっかり作って打席に入るのが大事」と自分の意見を語る。すると……一番奥の席から、こんな声が飛んだ。

「白い球を打つ!」

 場内が沸いた。声の主は平野恵一氏。オリックス、阪神で内野手として活躍。今は台湾・中信兄弟のスカウトとして選手を見に来ている(その後、監督への就任が発表された)。

 ダニエルは会場の発言を受けて話を続けた。

「オーケー。3人は身体について、バランスとか意識とかについて話してくれたが、平野サンは、体以外のことについて話してくれた。身体のことは確かに大事だ。でもみんな身長や体重、体つき、骨格が違う。もっとシンプルに考えないといけない。

 平野サンが言ったように、バッティングはすごくシンプルだ。大谷翔平、アクーニャJr.……メジャーにはいい打者はたくさんいるが、体格はみんな違っている。でも共通しているのは『強くボールを打つ』ということ。そしてその同じことを一貫してできるか、ということだ」

「フライボール革命」の核心とは

「さらに言えば……」

 ダニエルは選手たちの顔を見た。

「勝算、勝機のあるところで戦っているか? 例えばプロ野球に行って、人工芝でゴロを打ったら、大体アウトになる。ゴロを打つバッティングには勝機はない。また90mのフライをセンター正面に打ってもアウトになる。

 でも、もし同じフライをライトやレフト方向に打ったら頭を越えて二塁打になるかもしれない。90mしか打てないなら、センター正面ではなくライト、レフト方向に打つ。打球速度がないなら打球角度を上げてみるなど、とにかく自分の勝機のあるところで戦うことが大事だ」

 さらにダニエルは「フライボール革命」について説明する。

「打球角度がおよそ10度から30度の間がスイートスポットで、ここに打ち込むことが大事だ。そこに打ち込むことで外野の頭を越えたり、率を残せることがデータ上、分かっている。さっき説明したように90mをセンターに打つのかライトに打つかで、アウトかオーバーするかが違ってくる。

 引っ張り方向だとだいたい10度から25度くらいの間にバーンと打ち込んでいく。するといい確率で結果を残せる。これを達成するためにどうやっていくか?」

大谷にアクーニャ…バットスピード、これに尽きる

 ダニエルは「具体的に、簡単に説明する」と続けた。

「どうやったらボールを強く打てるか? バットスピード、これに尽きる。君たちはさっき、ブラストで計測をした。ここで出てくるのはバットの芯の加速度の数字だ。バットの芯の加速度を大きくすることが、ボールを強く打つことにつながっていく。

 一流のバッターと三流バッターは何が違うかと言うとバットスピードだ。今年のメジャーリーグで、バットスピードが速かったのは誰かと言うと、大谷翔平とアクーニャJr.だ。2人はMVPに選ばれた。凄くシンプルな話だ。

 強い打球を打てなかったり、左中間や右中間にいい打球が打てないのは、単純にバットスピードが足りないからだ。バットスピードは、成功と凄く相関関係が高い。バットスピードが速い人が率も残せたり、成功を収めているというデータがある。ブラストのデータでいうとメジャーリーガーの計測スピードは115km/hくらいが平均だ。

 もし君が、ブラストで115km/hを出したら『よっしゃー!』と叫びたくなるかもしれないが、喜ぶのはまだ早い。君たちが計測しているのは、バッティング練習だということ。素早く反応しなければならない試合中に、メジャーリーガーはこの数字を叩きだしている。でも、そこからがスタートだ。

 ちなみに大谷翔平は128km/hくらいの数字を出している。それくらいでバットを振れば、そんなにいいボールコンタクトでなくても、めちゃくちゃに飛ぶんだ」

どんな練習をすべきか?ジムに行け!(笑)

 さらにダニエルは「練習」にも言及した。

「どうやって鍛えていくのか? バットスピードを上げていくのか? 強く振る、爆発力、出力を上げる、筋肉をつける。そのためには、まずジムに行け!(笑)。もちろん効率よくバットを出せるほうがいいのだけど、今までのフォームを一度に変えるのは難しい。大事なのはいつでも強く振ること。

 バットの芯でボールをとらえる練習をするときに、多くの選手は7割くらいのスピードで振ってしまうが、それはゲームではやらないスイングだ。違う技術を習得することになる。コンタクトの練習をするときでもちゃんと100%振りきること、ハイテンションでバットを振ることが大事だ。

 スイングディシジョン(打つか打たないかの判断)は練習で習得できる。コーチにいろんなボールを投げてもらって、判断する。一番大切なのはどのボールを打つか、何のボールを打つかプランを持って打席に行くことだ。2ストライクまではプランをちゃんと持って、どう攻めていくかを考えることだ。そしてもっと大事なのは、常に『相手にダメージを与える』ことを考えて、強気に向かっていくことだ」

バットスピードが落ちたら…家に帰る時間です

 スランプになったとき、何をしていいかわからなくなったときはどうするのか? それについてもダニエルはアドバイスを続ける。

「何かを上手にやろうとしたときに、それをめちゃめちゃ意識するのは大事だ。しかしそれは続けてはできない。高く飛べる人は5回連続で飛べるわけではなく1回飛んだら休んで、また意識して1回飛んでいる。

 ハイテンションでやっていくためには連続でやることも大事だが、それよりも意識して、自分のマックスを出せる準備をすることが大事だ。例えば日本では、バットを1000本振るような練習をすることがあるが、量をこなすことはいいけども、バットスピードが落ちたり、スイングをし過ぎて筋肉量が落ちてしまったらそもそも出力が減ってしまうことになるので、量をこなすことは少し考えないといけない。

 バットスピードが落ちたら、それは家に帰る時間です」

 ダニエルはにっこり笑ってセミナーを終わりにした。

 これまでの打撃練習とは全く異なる理論に出会って、選手は一様に感嘆の表情を浮かべた。

極めてシンプルだが、核心を突く打撃理論

 ジャパンウィンターリーグに参加した日本人選手の多くは、日本野球の伝統的な指導法で、育ってきた。

 彼らにとってドライブラインのトレーナーの話は、刺激的ではあっただろう。そしてラプソード、ブラストなど様々な機器で自身のパフォーマンスを計測して、数値化するのもほとんど初めての体験だ。そしてダニエルの極めてシンプルかつ核心を突く打撃理論も。

 しかし、これが「これからの野球のスタンダード」になりつつある。

 彼らは沖縄で1カ月、リーグ戦を戦いながら「世界の野球の最先端」にも触れたと言えるのではないか。

文=広尾晃

photograph by Kou Hiroo/JIJI PRESS