思い切り投げて、思い切り投げられた。お互いの技量、気持ちも含めた強さを確かめ合うような試合だ。

 2月4日、スターダム大阪大会で組まれた“白いベルト”ワンダー・オブ・スターダム選手権。初防衛戦の安納サオリに、スターライト・キッドが挑んだ。

互いを意識していた安納とキッド

 2人はともに2015年デビュー(安納が5月、キッドが10月)。アクトレスガールズでプロレスラーになった安納は新人時代スターダムに参戦しており、練習生だった頃のキッドとは練習もしていた。

 ただ、あまり試合では絡まないまま安納のスターダム参戦が終了。その後はそれぞれの道を進むことになった。安納はアクトレスガールズの初代シングル王者となり、フリーとしてもアイスリボンでベルトを巻いた。

 キッドは2021年に“闇堕ち”=ヒール転向で特大のインパクトを残す。そこからハイスピード王座に加えタッグ、6人タッグも戴冠。

 活躍する舞台は違っても、お互いのことは意識していたという。

「サオリが週刊プロレスの表紙になった時にも連絡しましたね。向こうも“キッドが刺激になってるよ”って」(キッド)

「プロレス界で一番、キッドの入場が好きですね。“闇堕ち”してすぐの大阪大会での入場は何回も映像を見ました」(安納)

キッドにベルトを見せつけた安納

 昨年、安納はフリーとしてスターダム再参戦を果たす。初戦で6人タッグ王者になると同期のなつぽいとタッグベルトも獲得。年末の両国国技館大会では白いベルトを手にした。所属ではない人間がチャンピオンになって、穏やかではない選手もいるはずだと安納は見ていた。その筆頭が、互いの新人時代を知るキッドだった。キッドもワンダー王座が目標だと公言してきた。

「チャンピオンになったサオリは、解説席にいる私にベルトを見せつけてきた。“分かってんなコイツ”って。所属がたくさんいる中でサオリがベルトをもっていったのは正直、悔しかった。“結局スターダムに戻ってくるのか”という思いもあったし。

 だけど、ベルトとった人間との関係性がそこまでだったら、私は白いベルトの事しか見てなくて“私が取り返す”しか思わなかったはず。チャンピオンがサオリだったからそれ以上の気持ちが生まれてきたんだろうね。初めてのシングルマッチで真正面からやり合えるのが楽しみで。たぶん私のキャリアの中で分岐点みたいな試合になると思う」

 戦前のキッドはそう語っていた。勝ちたいのは当然として、安納サオリを味わいたかった。

「サオリは言葉数が少なくてクールなイメージ。スカしてんなって思うけど、それだけじゃない。表情だったり試合から伝わるもの、魅せる力がある」

「あなたの全部を教えてよ」

 連続で組まれた前哨戦では、スープレックスの威力を実感した。曰く「内側に巻き込まれる感じで受身が取りにくい」。ブリッジが高く、弧の描き方が急なのだ。

 スープレックスならキッドも得意だ。スター・スープレックスという必殺技もある。試合のポイントの一つはスープレックス合戦になった。安納がフィッシャーマンズ・スープレックスで投げる。投げられたキッドは相手を離さずキッチャーマン(変形フィッシャーマン)。ノンストップで4発ずつ投げ合った。

 思い出したのは安納がいつも言っているプロレスへの姿勢だ。演劇を志している時にプロレスに誘われた彼女は「技はセリフ」だと言う。セリフに乗せて自分の気持ちを伝える。技を受けるのは相手の言葉、相手の気持ちを受け止めることにほかならない。キャリア9年目で初のシングル対決となる“同期”の技を受け、安納はこう感じた。

「凄く考えてリングに上がってますよね。技だけじゃなく所作も含めて魅せる力が強い。前哨戦からやり合って、キッドにハマるファンの人たちの気持ちが分かりました。

 これまで対戦してこなかった分まで、タイトルマッチでキッドの技を受けられたかなと。“あなたの全部を教えてよ”と思いながら闘ってました。そこで感じたのは、身体が小さいのに大きな闘いをするということ。会場の空気を掴む力が強いんですよ。一瞬で自分の空間にしてしまう。それに呑まれたら厄介なことになる。呑まれないために冷静でいるのを心がけてました」

攻めまくって受けまくった17分42秒

 身長150cm、10代前半でデビューしたキッドには“若い”、“小さい”、“軽い”というイメージが付きまとった。だが今の試合を見ていると、場外への飛び技もあればグラウンドの脚殺しも、投げ技も。多彩で多面的な闘いぶりは、確かに安納が言うように“大きい”ものだ。

 互いの気持ちを技に乗せて繰り出し、受け止め、迎えたクライマックスもスープレックスの攻防だった。キッドはタイガー・スープレックス3連発。だがフィニッシュを狙ったスター・スープレックスは安納がロープに足をかける。

 安納はジャーマン・スープレックス2連発からドラゴン・スープレックス。そしてレジェンド・豊田真奈美から伝授されたジャパニーズ・オーシャン・スープレックスで3カウントを奪った。攻めまくって受けまくった17分42秒は、安納の言葉を借りると「意地とこだわり」が詰まったものだ。

「サオリは私のライバルだから」

 試合後、キッドはあらためて「今年中にワンダーのベルトを巻く」と宣言した。「前回みたいに、負けて弱さをさらけ出すようなことはしない」とも。前回の白いベルト挑戦は2022年7月。上谷沙弥に敗れると号泣した。歳上だが後輩の上谷が先にワンダー王者になり、スターダムのハイフライヤー(飛び技を得意とする選手)のポジションも奪われた。

「今の私に何が足りないんだ!」

 そう叫ぶ姿が、見る者の胸を打ったのは間違いない。だがキッドは、泣いて感情移入される選手という段階から一歩先に進もうとしている。

「サオリはやられてもやられても立ち上がってきた。うざってえヤツ(苦笑)。必ずもう一回。向こうも“いいよ”って言うんじゃないかな。今回出せなかった技があるし、エターナル・フォーもある」

 エターナル・フォーは“永遠の敵”という意味。デビュー当時からのライバル、AZMに勝つために使い始めた技だ。その特別な技を、次は安納にも使う。

「サオリは私のライバルだから」

 デビュー直後からの空白期間は埋まった。それは安納も感じたことだ。

「スターダムに再参戦するまで、キッドを別世界の人として見ていたところがあるんです。でも今は同じ世界にいるんだと実感してますね。キッドが私の世界に入ってきた気もします。今回タイトルマッチで闘って“やっと出会えた”と思いました。私たちのストーリーが動き出した」

安納と中野たむが誓った「頂点で会おう」

 チャンピオンが対戦していない選手、対戦数が少ない選手はまだまだいる。防衛戦のたびに新たなストーリーが紡がれていくことになるはずだ。初防衛に成功した2.4大阪大会では、所属するユニット「コズミック・エンジェルズ」のリーダーである中野たむが復帰。たむはアクトレスガールズ時代の安納の後輩でもある。たむのデビュー戦の相手を務めたのが安納だった。

 大阪大会のリング。安納のセコンドについたたむは、かつて自分も保持した白いベルトを安納の腰に巻いた。2人で向き合うと上方を指差す。

「頂点で会おう」

 アクトレスガールズ時代に共演した舞台のセリフ。先に団体を抜けたたむは、このセリフを安納との約束にした。自伝の中でも安納と対談し「頂点で会おう」で締め括った。安納は対談での心境をこう振り返っている。

「あの時は“頂点で会おう”と言われてもうまく言葉が返せなかった」

 それだけ、スターダムのトップ選手は眩い存在だった。

「でも今なら胸を張って言えますね。今度、私たちが対角で出会う場所。そこが頂点です」

安納サオリがベルトを巻いた意味

 2.4大阪大会ではエグゼクティブ・プロデューサーで団体創設者のロッシー小川氏が契約解除されている。理由が引き抜き行為だけに「次の契約更改で誰が退団するのか」と不安なファンも多いはずだ。そんな中で、安納は言う。

「私がやることは変わらないです。“今まで以上に頑張る”とあえて言うまでもないのかなって。ずっとそうしてきたので。目標をブレずに追っていくだけですね」

 何より(まだ見ぬものも含めて)紡ぐべき物語がいくつもある。今、“白いベルト”を安納サオリが持っていることには、大きな意味があるのではないか。

文=橋本宗洋

photograph by Norihiro Hashimoto