2月25日、スターダムの栃木・宇都宮大会で、新鋭選手(デビュー3年もしくは20歳以下が対象)の王座であるフューチャー・オブ・スターダムの選手権試合が行われた。

 今のプロレス界では首都圏や5大都市でのタイトルマッチが主流。栃木では珍しいマッチメイクとなったが、チャンピオンの“ピンク・デビル”吏南(りな)は栃木県下野市出身・在住だ。地元の高校に通いながらプロレスラーとして活動している。

 宇都宮大会での対戦を求めたのは挑戦者の天咲光由(あまさきみゆ)。デビュー当時から“スターダムの超新星”と呼ばれ将来を嘱望されてきた。フューチャー王座挑戦はデビューした2022年の8月以来。その時に対戦したのは吏南の姉で2代前のチャンピオン、羽南だった。

 それから1年半、じっくり実力を蓄えての王座戦だ。天咲というリングネームの由来は「スターダムのてっぺんに咲く」という目標から。フューチャー王座はそのための大事な一歩になる。6人タッグ戦で吏南から直接フォール勝ちした勢いもあって、天咲はチャンピオンの地元凱旋マッチでのベルト奪取を狙った。

11歳でのプロレスデビューから6年

 もちろん、吏南としても地元・栃木でのタイトルマッチは大歓迎だ。目標は羽南が持つ最多防衛記録(10回)の更新。天咲は次期王者の大本命とも言える存在だが、17歳のチャンピオンは自信満々だった。

 小学2年生でプロレスの練習を始め、姉の羽南に続いてデビューしたのは2018年。11歳の時だ。対戦相手は双子の妹、妃南(ひな)だった。

 キッズレスラーのイメージが強かったが、ヒールユニット「大江戸隊」加入で成長が加速した。反則を止めるレフェリーを「クソジジイ!」と罵り、相手選手には「クソババア!」。15歳の時に19歳のAZMを「ババア」呼ばわりしてセコンドの鹿島沙希を苦笑させたこともある。

 フューチャー王座を獲得してからは、試合ぶりがさらに充実。挑戦者の攻撃をしっかり受け、気持ちを引き出した上で勝つ闘いはチャンピオンらしい堂々としたものだ。

「ベルトを巻いて成長した部分はあると思います。でも、私は最初からできると思ってましたよ。会社が吏南の才能に気づけてなかっただけで。今はフューチャーの歴代チャンピオンよりも(タイトル戦線を)面白くできてると胸張って言えますね」

会場には英語と保健室の先生の姿も

 宇都宮でのタイトルマッチは、普段とは違う感覚だったそうだ。大会開始前の調印式、ふと客席を見ると自分を応援するうちわを掲げている観客がいた。

「それが高校の先生で(笑)。英語の先生と保健室の先生。保健室はあんまり行かないですけど、先生とはよくしゃべるんですよ。家族、親戚もいるし、いつもとは違うプレッシャー、責任感がありましたね」

 試合は吏南が木村花から受け継いだ得意技、ハイドレンジアで勝利。内容としては天咲の必死さが光った。DDTのバリエーションをはじめ技の精度が上がっていることもあるが、何より感情を全面に出すようになった。ただ見方を変えれば、吏南は天咲がいま持っている力をすべて受け止めた上で6度目の防衛に成功したということになる。

「タイトルマッチの前からタッグでやり合って、手の内を知った状態だったから内容が濃くなった面もあるでしょうね。いつもはそれがなかなかできないんですよ」

 これまでのタイトルマッチでは、前哨戦がほとんどできなかったと吏南。学校があるため地方遠征ができず、試合の機会自体が限られてしまうのだ。昨年11月、若手興行『New Blood』の大阪大会が、初めての地方での防衛戦だった。

「New Bloodは金曜日の開催だから、東京でやる時も学校を早退してるんですよ。だから金曜6時間目の『総合』の単位が厳しくなったり(笑)。高校生だから注目されるっていうプラスもあるけど、やっぱりハードですねぇ」

学校では学級委員長も務めた「陽キャ」

 スターダム道場での練習にも、学校が終わってから通う。道場に行けない時は家の近くで自主トレ。今回の防衛戦の前には期末試験もあった。高校生にとって2月はそういう時期なのだ。

「2日オールして」試験を乗り越え、大会に向け三姉妹で栃木県知事と下野市長を表敬訪問。土曜が群馬大会で日曜が栃木で防衛戦。確かにハードだ。

「でも普通の高校生にはできない経験ばっかさせてもらってるんで。同級生がガキっぽく見えたり、話が合わないこともあるんですけど。なんか高校生の話題についていけなくて(笑)」

 学校では「陽キャ」で周りを引っ張るタイプ。学級委員長も務めたそうだ。修学旅行は大阪。実はその2週間後に大阪でタイトルマッチがあった。

「高校生として経験できることは全部、経験したい。“試合があるから修学旅行は行けない”とかは絶対イヤですね」

「お前にベルトはまだまだ早いんだよ馬鹿野郎!」

 レスラーとしての武器は「口が達者なところ」だという。

「ちっちゃい頃に羽南、妃南とケンカすると力では負けるから口で反撃してましたね。それで口喧嘩が強くなった(笑)」

 父親にプロレスを反対されているレディ・Cに勝った時には「最後にどうするか決めるのは自分なんだよバカが! メインでタイトルマッチやって簡単にやめられるのか?」と叱咤した。天咲には「やり合えて楽しかったよ」と言いつつ「お前にベルトはまだまだ早いんだよ馬鹿野郎!」。

 さらに負傷欠場中の妃南にも声をかけ「早く復帰して挑戦してこい」。試合がセミファイナルだったから「普通メインだろ」と団体に毒づくのも忘れなかった。

 ヒールユニット所属の“悪ガキ”感を出しながら、同時にその時のテーマをしっかり際立たせる。結果として地元興行で試合ができなかった妃南がリングに上がり、マイクを持つ“場面”も作った。

 高校生のうちにやりたいこととして「2冠王になりたい」と吏南。「ピンクが好きだからアーティスト(6人タッグ)のピンクのベルトがほしいんですよ」。春から高3だから時間は1年。チャンスは十分にあるだろう。

高校卒業後はプロレスに専念

 卒業後はプロレスに専念することに決めた。

「前は迷ってたんですよ。柔道整復師の学校行こうかなとか。でも(先に高校を出てプロレス専業になった)羽南を見てたら“負けてらんない”って。ユニットも違う敵だけど、そこは羽南のおかげですね」

 羽南を見ていて思ったのは「学校がないとこんなに遠征に行けるんだ」ということだった。地方遠征に出られれば試合数は激増する。その分だけ経験値が急速にアップする。

「スターダムはデビューしたばかりの新人たちも成長が早い。他の団体に比べて試合数が多いし、先輩とシングルで当たったりもするので当然ですよね」

 他団体も含めて試合の研究には余念がないという吏南。その“プロレス頭”に実戦経験が加われば文句なしだ。

「まだまだ伸びしろあるんで」

 三姉妹レスラーで高校生レスラーでチャンピオン。しかし吏南の未来には、肩書き以上の可能性が広がっている。

文=橋本宗洋

photograph by Norihiro Hashimoto