噴煙を上げる桜島を背景に、鹿児島の地で行われているスプリングトレーニングがあることをご存じだろうか?

「薩摩おいどんカップ」という大会である。

 今年で2年目。大学、社会人、クラブチーム、そしてソフトバンクホークスも参加して、2月23日から3月10日までの17日間、鹿児島県下の6つの野球場で行われた。

ソフトバンク、社会人強豪、大学と42チームが参加

 参加チームは以下の通り。※出場日程順

・NPB(1)=福岡ソフトバンクホークス

・社会人、クラブチーム(15)=JR東日本、パナソニック、Honda、新海屋、JR東日本東北、JR九州、日本製鉄九州大分、東京ガス、沖データコンピュータ教育学院、NTT西日本、鹿児島ドリームウェーブ、薩摩ライジング、ARC九州、嘉麻市バーニングヒーローズ、REXパワーズ

・大学(27)=慶応義塾大、福岡大、延世大(韓国)、日本経済大、中央大、法政大、鹿屋体育大、佐賀大、東京大、青山学院大、鹿児島大、神戸学院大、第一工科大、鹿児島国際大、桜美林大、立教大、大阪産業大、周南公立大、東亜大、横浜商科大、高千穂大、久留米工業大、八戸学院大、西南学院大、明星大、大阪体育大、長崎国際大

 実に43チーム。昨年よりも7チーム増えたという。

「薩摩おいどんカップ」は、リーグ戦ではない。参加を申し出たチーム同士を事務局がマッチングして試合を組むだけで、勝敗に基づくランキングなどは行わない。春季キャンプ中の各チームに球場と対戦相手を提供するというものだ。

 プロから社会人、大学まで、野球チームは春季キャンプを行うが、その仕上げは何といっても「実戦」であり、試合を通してチームの仕上がり具合を見ることが必須になっている。しかし、実力が測れるようなレベルのチームがキャンプ地近辺にあるとは限らない。各チームの監督や指導者は、対戦相手探しに躍起となっているのが実情だ。

「薩摩おいどんカップ」は、こうしたチームに格好の機会を与えている。

2023年から参戦している慶応大の場合は…

 それだけではない。

 同大会は単なる練習試合ではなく、プロ野球の公式戦が行われる鹿児島市の平和リース球場(鴨池球場)をはじめとする本格的な野球場が舞台となっている。また審判員も完備され、場内アナウンスもある。公式戦並みのグレードの試合が行われるのだ。

 多くのチームは春季キャンプのスケジュールに「薩摩おいどんカップ」参戦を組み入れている。期間中であれば、どのタイミングで参加しても良いので自由度は極めて高い。

 例えば昨年の神宮大会の覇者、慶応義塾大は昨年から参戦している。Aチームは2月17日に大分県のダイハツ九州スタジアムで始動し、19日には鹿児島に入り、3月14日まで「薩摩おいどんカップ」に参戦。14試合を戦う中で、チーム状態を上げていこうとしている。

取材した試合の先発は甲子園にも出たサウスポー

 3月4日の平和リース球場での試合、対戦相手は中国六大学の強豪、東亜大だった。

 慶応大の先発は新2年生の渡辺和大。高松商業時代、2021年、22年と夏の甲子園に出場し、5試合23イニングを投げて防御率2.66の成績を挙げた投手である。

 大学では1年生の秋に公式戦に初登板したが、今季は主戦級の活躍が期待される左の本格派だ。

 スタメンでは6人が慶応義塾高出身。いわゆる「塾高上がり」だ。昨夏の甲子園を制した慶応義塾高は、近年輩出する選手のレベルがどんどん上がっている。「塾高上がり」が、大学でもスタメンで数多く出る時代になっている。

 1番の二宮慎太朗は、慶応義塾高出身の新3年生。174cmと大きくはないがシュアな打撃で、得点源となることが期待される。3番の水鳥遥貴は慶応高校出身の新4年生。立派な体とシュアな打撃で、1年生から公式戦に出場、昨年秋は優勝を決めた試合でタイムリー二塁打を打つなど、リーグ優勝に貢献した。

最上級生となった清原ジュニア

 そして4番に座るのは――同じく慶応高校出身、新4年生の清原正吾である。

 堂々たる体躯、右打席でバットを構える姿は、どうしても父・清原和博氏を想起させる。昨年の同大会も出場していたが、今季は打席での無駄な動きが少なくなり、落ち着きを増している。この試合では2安打を放った。清原は昨春リーグ戦で4試合に出て1安打を放ったが、秋は出場することができなかった。最終学年は、文字通り勝負の年になるだろう。

 二番手にマウンドに上がった新3年生右腕・小川琳太郎は、石川県立小松高校出身。昨年から公式戦のマウンドに上がっている。回転の良い速球とスライダーが売り。3回を1被安打無失点に抑えた。一方で東亜大は先発の田中啓太が5回を無失点。小気味よい投球が光った。0−0のまま進んだ9回裏、河内稜人のタイムリーでサヨナラ勝ち。

 慶応大は5安打、東亜大は7安打と安打こそ出たが、得点に結びつくような打撃が見られなかったものの、両軍選手の動きは良かった。この日は気温18度、やや風はあったがコンディションは最高だった。

慶大・堀井監督に同大会の意義などを聞いてみた

 試合後、慶応義塾大学の堀井哲也監督に、同大会に参加する意義など幅広く話を聞いた。

「『薩摩おいどんカップ』はうちにとって、チームを仕上げる段階でいろんなチームと実戦ができるのが大きいですね。いろんな戦い方、いろんなバリエーションの攻め方をするチームと対戦することができる。お互いのチーム状態によっていろいろな試合が展開されるので、経験値を高めるうえでは絶好の機会になりますね」

――昨年からこの大会に参加していましたが?

「そもそもこの大会には“鹿児島の野球を元気にしたい”という主催者の意図がありました。そういう目的に少しでも貢献できればという思いもあります。もともとこの平和リース球場は、千葉ロッテさんが春季キャンプをしておられた。今はプロ野球はキャンプをしていませんが、それだけに機会があればぜひ鹿児島で野球をしたいと思っていました」

――そもそも、大学野球の春季キャンプではどういうことが大事になるのでしょうか。

「4年生が抜けて、新チームになりました。冬の間に新チームについて想定して、期待していたことが果たしてできているのか。実戦でどんな形が出るのかを確認することが一番大事ですね」

――「薩摩おいどんカップ」にはAチームが参戦していますが、どういったメンバーでしょうか。

「現時点ではベストメンバーに近いですね。彼らに今シーズンをひっぱって貰いたい。キャンプインして2週間近くたちます。いろんな部位で身体の張りも出てきているので無理はさせられませんが、その中で実戦経験を積んでほしいですね」

清原は今のところ打順を5番から…

――清原選手は、昨年もこの大会に出場していましたが?

「清原は、今のところ実戦で結果を出し続けているので、昨日から打順を5番から4番に上げました。当然ながら、彼には今年、中軸として期待をしています」

◇ ◇ ◇

「薩摩おいどんカップ」で驚くのは、観客の多さである。この日は月曜日だったが、バックネット裏には多くのファンが詰めかけていた。この球場だけでなく、鹿児島県下各球場にも熱心に試合を見つめるファンの顔があった。今更ながら鹿児島が春季キャンプ地でなくなったのは一抹の寂しさを覚える。

 この大会を主催する「薩摩おいどんカップ実行委員会」の小薗健一実行委員長は、このように語る。

「去年、初めてこの大会をやってみて、反響の大きさに驚きました。みんな春になると野球を待ちわびていたんですね」

観光地めぐり、グローブ作りも

 小薗氏は実業家の傍ら、鹿児島県立枕崎高校の野球部監督を永年務め、野球の普及活動に尽力してきた。

「今年は全92試合のイニング速報を発信しています。また高等学校の友情応援のブラスバンドも登場しました。

 それから、今年は会場入り口で『おいどんパスポート』という冊子を600円で販売しました。600円を支払えば、300円の選手名鑑がついてくるうえに、桜島フェリーの乗船券、鹿児島中央駅の観覧車の乗車券、温泉の入浴券もついています。鹿児島に野球を観に来たついでに鹿児島観光を楽しんでくださればと考えています。

 今年はZETTさんの協賛で『親子グローブ作り教室』を無料で開催しました。大谷翔平選手のグローブプレゼントの影響か、すごい反響でグローブの数も急遽増やすことにしました。また福岡ソフトバンクホークスさんの野球教室も大好評でした。

 正直なところ、野球人口は減っています。だから大会を実施しても、どこまで野球関係者以外の方に受け入れられるんだろうかと思っていましたが、いい方に当てが外れました。野球ってまだまだやっぱりいけるなと、それが一番の感想ですね」

 プロ野球と大学、社会人の対戦など、普段は見られない試合も見ることができる。

 野球好きは「春旅」を企画するときに「鹿児島」を選択肢に入れてはどうだろうか?

文=広尾晃

photograph by Kou Hiroo