3月9日の横浜武道館大会は、美蘭にとってスターダム本戦初出場、なおかつ初の“ベルト挑戦”だった。

 美蘭は一昨年4月、井上京子率いるディアナからデビュー。後楽園ホールでの初戦の相手も京子だった。2009年生まれの14歳、4月から中学3年生になる。

 スターダムでは若手興行『NEW BLOOD』に参戦、ディアナにも若手主体の道場マッチがあり、順調に経験を積んでいる。今回のタイトル挑戦も、成長ぶりが評価されてのことだろう。今年に入ると、ディアナで新設された新人対象のタイトル・クリスタル王座の初代チャンピオン決定トーナメントで決勝に進出している。

「高校生vs中学生」のタイトルマッチ

 3.9横浜大会ではスターダムの新人王座フューチャー・オブ・スターダムに挑戦。チャンピオンの吏南はこれが7度目の防衛戦だ。こちらは2006年生まれの17歳。美蘭戦は高校生と中学生のタイトルマッチということになる。

 ディアナのクリスタル王座は、チャンピオンの証が王冠だ。だからフューチャー王座戦は初めての“ベルトをかけて”の一戦ということも美蘭には新鮮だった。

 吏南とは1年前にも対戦している。

「その時のバックステージコメントで“次やる時は勝ちます”と言ったし、今回は絶対に勝ちたかった。成長した自信もありました。でも吏南選手はそれ以上に強くなっていました」

 その一方で、こんな言葉も。

「吏南さんと試合して、自分が持っているものすべてを出すことができたと思います。勝つためには、今の武器をもっと磨いていきたいです」

「ゴツッ!」観客を驚かせたド迫力エルボー

 結果はフォール負けだったものの、大技ラッシュを受けても粘りに粘った。本戦初出場で美蘭を初めて見るスターダムファンに、十分なインパクトを残したはずだ。

 飛び技を得意とする美蘭はその場飛びのムーンサルトプレス、ライオンサルトで観客を沸かせた。加えてエルボーが強い。吏南に打ち込んだ時の“ゴツッ!”という音も見る者を驚かせた。レスラーのほぼ全員が使う“基本技”とも言えるエルボーに、美蘭はこだわりを持っている。ディアナの先輩である梅咲遥が、エルボーの威力で知られる選手なのだ。

「遥さんに憧れてプロレスラーになって、遥さんを見て育ったので。遥さんのように強いエルボーを打ちたいといつも思ってます」

 ディアナは代表が井上京子で、所属選手にはジャガー横田もいる。前タッグ王者は京子と貴子の“W井上”。昭和からの女子プロレスの流れ、歴史と伝統を受け継ぐ団体と言っていい。「平成21年」生まれの美蘭も、その流れの中にいる。

毒舌の対戦相手も絶賛した素質

 吏南との試合では、ジャガー横田から伝授された旋回式ボディアタックも披露。結果としては負けだったが、試合内容はほぼノーミスで、決めるべき技を的確に決めていたのも印象に残る。勝負度胸、あるいは基礎的な能力のレベルが高いということではないか。

 そこで思い出したのが、ディアナのプロテストだ。ロープワークや受身、体力テストの後に行われるのがスパーリング。タックルで相手を倒し、抑え込んで3カウントを取るというもの。分かりやすく表現すると「プロレス技の攻防」ではなく「3カウントフォールのレスリング」のスパーリングだ。1月には、美蘭が後輩のプロテストでスパーリングの相手を務めた。

 試合で頻繁に使う動きではない、けれど間違いなくこれが基本になる。そういう「レスリング」の練習に、ディアナは常に取り組んでいるそうだ。

「プロレスにはいろいろなタイプの選手がいるので。どんな選手と闘っても対応できるように練習しています」

 飛び技が得意な中学生レスラー。しかしその“芯”は相当に太い。それを感じ取ったのか、普段は毒舌の吏南も美蘭を絶賛。美蘭が試合後に望んだように、タッグを結成することもありそうだ。

「中学生、高校生のレスラーはやっぱり意識しますね」

 もちろん今後もフューチャー王座を狙っていく。団体内での今の目標はタッグ王座。1月からフリーの世羅りさとのタッグ「ブルーオーキッド」が始動し、かなりの手応えを感じているという。14歳とはいえもうすぐキャリア2年。実力を蓄えてきて、そろそろ“結果”を求める時期なのだろう。

「大好きな世羅さんとタッグを組むことができたので、形になる結果がほしいです、絶対。それに同世代の選手がタイトルに絡むことが増えているので、負けてられないです」

 美蘭のディアナでの同期は1972年生まれのHimiko。美蘭とは逆で、50歳を目前に憧れの女子プロレスの世界に飛び込んだ。親子のような年齢差だが、同期は同期だし負けたくないという気持ちも強い。

「ジャガーさんがよく言われるのが“リングに上がったらキャリアも年齢も関係ない”ということ。それを一番感じる相手がHimikoさんなんです」

 アイスリボンの咲蘭など、他団体にも中学生女子レスラーがいる。2023年は各団体デビューラッシュ。美蘭には世代的にもキャリア的にもライバル候補がたくさんいる。それはレスラーとして恵まれた状況だと言っていい。

「特に中学生、高校生のレスラーはやっぱり意識しますね。あ、小学生も。1月にディアナのプロテストに合格したのは小学4年生なんです」

春から中学3年生…目指す文武両道

 学校に通いながら練習、試合をする大変さが分かるし、近い年代だからこそのライバル心もあると美蘭。

「学生の選手との試合は、負けたくない気持ちが倍くらいになります」

 タッグ王座獲得に加えて、先輩たちのようにプロデュース大会もやってみたいという。

「今の自分にしかできないマッチメイクもあると思うので」

 たとえば学生レスラーが集結する試合も可能だろう。美蘭自身は、春から中学3年生。高校受験も考えなくてはいけない。

「ちょっと今の学力だと志望校が限られてくるので(笑)、勉強も頑張りたいです。ただタッグベルトも本気で狙いたい。受験前には休業することになると思うんですけど、ギリギリまで試合に出られたらと思ってます」

 これからやりたいこと、夢がいっぱいあるんです、と言う美蘭の表情には屈託がまるでない。当たり前だが、彼女には未来しかないのだ。タッグ王座戦が決まったら、その眼がもっと輝くのだろう。

文=橋本宗洋

photograph by Essei Hara