大谷翔平の前通訳・水原一平氏のギャンブル依存症のニュースが大きく報じられている。競技は違えど、欧州サッカーにおいても昨年、激震が走る出来事があった。イタリア代表を背負って立つと見られた有望株たちが陥った違法賭博スキャンダルと、そこから立ち直ろうとする現状について現地在住ライターが背景をレポートする。<全2回の第1回/第2回も>

 イタリア代表は3月の米国遠征を連勝で終え、今夏のEURO2024ドイツ大会に臨む。

 前回覇者のアッズーリ(イタリア代表の愛称)は、予選グループ同組となった強敵イングランドとの突破争いや前代表監督マンチーニの電撃辞任といった苦難を乗り越えての本大会出場だが、昨秋に発覚した現役代表選手による違法スポーツ賭博問題が与えた衝撃はとりわけ大きかった。

イタリア代表招集中のトナーリとザニオーロが…

 EURO予選の大詰めを前に代表チームが合宿中のナショナル・トレセンを警察の捜査陣が訪れたのは、昨年10月12日のことだ。

 違法オンライン賭博サイトを利用していた疑いで、MFサンドロ・トナーリ(ニューカッスル)とMFニコロ・ザニオーロ(アストンビラ)の2人が事情聴取を受け、彼らはスマホとタブレットを押収された後、代表離脱を余儀なくされた。

 トリノ地方検察が別件で進めていたユベントスMFニコロ・ファジョーリへの捜査とともに、サッカー選手の間に違法オンライン賭博の利用が蔓延していることを知らしめた一連の事件は「スカンダロ・スコンメッセ(賭博スキャンダル)」と呼ばれ、さまざまな波紋を呼んでいる。

 イタリアでは、違法オンラインサイトでの賭博行為は脱税やマネーロンダリング、反社会的勢力活動の温床につながるとして刑法違反にあたる。また、FIGC(伊サッカー連盟)が定める競技規則第24条では、プロ選手によるサッカー競技へのあらゆる賭博行為を禁じており、違反すれば長期出場停止処分と罰金に加え、世間から白眼視されることは免れない。

優等生イメージの2人が「自分はギャンブル依存症」

 取調べを受けた3人のうち、現在23歳のトナーリは昨夏、イタリア人選手として史上最高額となる移籍金7000万ユーロ(※当時レートで約110億円)でミランから英国プレミアリーグへ完全移籍したばかり。2人目のザニオーロ(24歳)もローマで頭角を現した後、ガラタサライを経て昨夏プレミア移籍を果たした。もう一人のファジョーリも同年代の23歳で、14歳から常勝軍団ユーベの育成部門で鍛え上げられた、いわば名門きってのエリートだ。

 3人はいずれも代表とイタリアサッカー界の未来を担うべき逸材と高い期待をかけられていた。

 落ち着かない私生活で知られるザニオーロはともかく、トナーリとファジョーリはそれぞれ名門クラブで健やかに成長した優等生のイメージが強かっただけに、事件発覚でファンは失望と怒り、同情や批判といった複雑な感情を抱え込むことになった。何よりショッキングだったのは、地検の取調べに対し、2人がともに「自分はギャンブル依存症です」と告白したことだった。

22年時点で違法オンライン賭博は3兆円に迫る勢い

 近年、イタリアでもオンライン賭博市場は爆発的に拡大している。

 実店舗や遊戯卓はなくとも、スマホかタブレットがあれば時間や場所を問わず気軽に賭け事に手が出せる。ポーカーやブラックジャックなどの古典的なカジノスタイルやスロットマシンの類が代表的だが、サッカーやF1、テニスやバスケット等を対象とするスポーツ賭博も増大の一途だ。

 オンライン賭博サイトは、SNSはもちろん地上波TVやCS放送等あらゆる媒体で宣伝され、チームや大会のスポンサーとしての露出も数多く、最早目にしない日はないといっていい。

 国内でセリエAの試合を中継配信する『DAZNイタリア』や『ガゼッタ・デッロ・スポルト』といった老舗新聞社も、こぞって自社サイト上にベッティングサービスを作り、いわば胴元として賭けを募る事業が今や常態化している。

 だが、オンライン賭博市場の急成長にともない、違法サイトの数や被害も急増している。

 イタリア国内の賭博行為の監督官庁にあたる金融経済省と国税庁の年度白書によれば、2022年時点での違法オンライン賭博の市場規模は最低でも185億ユーロ(※当時レートで約2兆9000億円超)とされ、昨年秋までにアクセスを禁じられた違法サイトの数は9828にも上った。

ポルノ、アニメ違法視聴サイトを開くと…

 違法サイトへのアクセスは非常に簡単だ。

 赤裸々な書き方になるが、青少年なら身に覚えがあるポルノサイトやこれも社会問題化しているアニメの違法視聴サイトを開くと、広告が矢継ぎ早にポップアップしてくる。その中に違法サイトは大量に紛れ込んでおり、派手なビジュアルと《今だけ! 入会ボーナス!》等の煽り文句に惹かれて軽い気持ちで一度だけ、というのがのめり込むパターンの一つだろう。

 合法サイトを装っていても経営母体や監督官庁からの認可番号が明記されておらず、連絡先の住所が租税回避地であれば違法サイトである可能性が高い。

 違法サイト最大の特徴は匿名登録制だ。配当金は地域に散らばる生身の“プロモーター”から現金渡しされることが多い。

 資金の流れが不透明で脱税とマネーロンダリングの温床になりやすいが、スマホと通話アプリさえあればいつでもどこでも大金を動かせる手軽さと射幸心から歯止めが利かなくなる。また事故やトラブルがあったときに利用者へ何の補償もない。

 昨年のイタリア国内の調査では、17%の人間が身近に違法サイトで賭け事をしている人間がいると答え、72%が国や司法の介入を望んでいるという結果が出た。今年の年頭からイタリア国会では、年々増加するギャンブル依存症への対策を内閣に働きかける動きが出ている。

“合法”オンライン賭博は違法行為にあたらない現実

 一連の事件がよりスキャンダラスに報じられたのは、悪名高い“パパラッチ王”のせいもあるだろう。

 先に述べた3人のギャンブル狂いを自らのゴシップメディアで暴露したのが、ファブリツィオ・コロナという芸能人だった。

 コロナは過去に多くのサッカー選手を盗撮写真で恐喝し、売春斡旋や詐欺で有罪判決を受けた前科者だ。裏社会に通じる暴露系芸能人としてもう20年以上も現地メディアに露出し続けているが、この小悪党に辟易している国民も多い。

 暴露王コロナは、今回のスキャンダルをなおも煽るために「ギャンブル狂いは他にも大勢いる」とローマFWステファン・エル・シャーラウィやラツィオDFニコロ・カサーレらの名前を挙げたところ、選手の代理人や弁護士から名誉毀損の訴えを出され、3月20日、ミラノ地検から告訴された。

 あらためて強調しておきたいのは、イタリアのプロサッカー選手が“合法”オンライン賭博サイトで、F1やテニス、バスケなど他の競技に賭ける行為自体は、何ら違法行為にはあたらないということだ。

真夜中にスマホでベッティングを止められなかった

 トリノ地検とFIGCによる複数回の事情聴取の後、ザニオーロは少額の罰金のみで、ほぼお咎めなしで放免された。

 違法オンラインカジノでポーカーやブラックジャックという賭博行為をしたのは事実だが、処分裁定の最重要争点だった「サッカー競技への賭博行為」には抵触しておらず、無罪が立証されたためだ。晴れてグラウンドに戻ったザニオーロは、3月のイタリア代表に招集され、米国遠征でも存在感を放った。

 だが、サッカー競技へ賭けていたことを認めたファジョーリとトナーリには長期出場停止処分が下った。

 ファジョーリに下された7カ月間の公式戦プレー禁止令は、イタリア国内のみならず欧州全域そしてFIFAに加盟する全世界の国と地域で有効化され、さらに罰金1万2500ユーロ(※当時レートで約198万円)が科された。

 前途有望のホープからギャンブル依存症へ完全に転落した彼の言葉が重い。

「昨年は人生最悪の1年でした。練習にも試合にも身が入らなくなって、それでも真夜中にスマホで(違法)ベッティングを続けることは止められなかった。セリエBだろうが3部リーグだろうが、TVで目についた試合に手当たり次第賭けるようになっていた」

長期出場停止、そして依存症治療セラピー

 ファジョーリへ違法サイトを紹介し、古巣ミランの試合にも賭けていたトナーリには、出場停止10カ月間と罰金2万ユーロ(※同317万円)とより重い処分が下った。

 加えて2人には、ギャンブル依存症の治療セラピーへ参加がFIGCから義務付けられた。

 賭博行為の代償に、ファジョーリとトナーリはサッカーを失った。

 ギャンブル依存症だった彼らは今、何を思い、出場停止期間をどう過ごしているのだろう。

<つづきは第2回>

文=弓削高志

photograph by Claudio Villa/Getty Images