激震は……走らなかった。

 開幕を3日後に控えた3月26日に巨人が発表したルーグネッド・オドーア外野手の退団。開幕前のこの時期に、今季から新加入した外国人選手の突然の退団劇は、ファンにとって衝撃的だったことは間違いない。

オドーアに“ファーム落ち通告”で事態が急変

 メジャー通算178本塁打という実績を引っ提げて契約したオドーアは、2年連続Bクラスからの浮上を目指す巨人にとっては、新戦力の目玉となるはずの選手だった。ただ、2月16日の沖縄2次キャンプからのチーム合流後も、触れ込み通りの打棒をなかなか発揮できないままに時間が経過していった。

 最終的なオープン戦の成績は、12試合に出場して打率1割7分6厘で本塁打と打点は0。なかなか打球が上がらずに、ボールが外野にも飛ばない。そんな状態に阿部慎之助監督が下した決断は、二軍での再調整だった。

 3月24日の楽天戦終了後、球団がファーム落ちを通告。すると事態は急変したという。

「アメリカに帰りたい」

 ファーム落ちを拒否して、アメリカに帰るということは、即ち退団を意味する。

 オドーアとの契約では、監督の指示に異議を唱えることはできないこと、またマイナー拒否条項もなく、二軍での再調整を拒否できる理由もない。それでも「彼の中ではファームに落ちて調整するのは受け入れられないということで、何度も説明を続けましたが気持ちは変わらず、退団を申し入れてきた」(吉村禎章編成本部長)という。最終的には阿部監督、球団も本人の意思を受け入れ、異例の開幕直前の退団発表となった訳だ。

激震どころか、むしろ吉兆?

 オドーアの退団が発表された翌日の27日、東京ドームでの練習後に報道陣に対応した阿部監督は、淡々とした表情で今回の退団劇についてこうコメントしている。

「残念っちゃ、残念ですね。まあ……けど、本人がそう決断したそうなので、仕方ないかなと思います」

 悔いも怒りもない。むしろ胸のつかえが下りたような指揮官のコメントだった。

 普通ならこんな開幕前のドタバタ劇は、チームにとってマイナスに働くものだ。しかしいまの巨人にとって、この退団劇は2つの意味でプラスの方向に働くはずである。激震が走るどころか、むしろこれは吉兆とすら言えるものかもしれない。

プラス材料1:チームの結束

 プラス材料のその1は、阿部監督の下でチームの結束が強固になる機会となったことだ。

 昨オフに原辰徳前監督からバトンを受けた阿部監督は、就任直後から「競争」という言葉を何度も言い続けてきた。同時に選手に配った「監督指針」では真っ先に「チームのために自己犠牲できる選手を起用する」と明記した。言葉通りにキャンプからオープン戦を通じて、結果を残せなかった選手は、容赦なくファームで再調整を命じてきた。つい先日も秋広優人内野手の開幕二軍を明言。理由として「ここからは結果を見ていくよ、と言った中で結果を出せなかったからね。それだけですよ」と語っている。

 そしてオドーアだ。オープン戦で結果を残せていないということなら、オドーアは秋広よりも先に、一番手として挙げられてもおかしくない内容だった。打てないだけではない。3月22日と24日の楽天戦では2度も牽制に引っかかってアウトになる凡プレーもあった。

 メジャーでそれなりに実績のあるオドーアと秋広を同列で語ることはできないという考えもあるかもしれない。また、結果は出ていないものの新外国人選手なのだから、とりあえずは我慢して一軍に残すという選択肢もあったはずだ。

監督の言葉の絶対的な重さ

 しかし阿部監督の決断は違った。

 外国人選手といえども、例外とせずに求めてきた方針通りのプレーができなければ一軍に置かない。結果として開幕直前の退団という異例の事態を招いたが、この決断で選手たちは監督の言葉の絶対的な重さを感じたはずだ。それは逆に結果を残しさえすれば、必ず自分にもチャンスがくる。シーズンを前に改めて、そのことがチーム内に徹底された。今年の巨人のポジション争いは例外のないガチンコの競争となる。そのことを選手たちが改めて自覚し、チームに1本の芯を通すきっかけになった。

 それがオドーア退団騒動のプラス材料その1である。

プラス材料2:若手起用に拍車

 そしてプラス材料の2つ目は、若手の起用に拍車がかかることで戦力面でのアップにつながるということだ。

 もしオドーアを一軍に残せば、おそらく最低でも開幕から1、2カードは「7番・右翼」で使うことになっていたはずである。

 ただ今季の巨人の外野のポジション争いは、激しく、若手の台頭が著しい。オドーアという大きな石が無くなったことで、若手選手を使うチャンスが開幕から増えるのは確実だ。

 3月29日の阪神との開幕戦。左翼に丸佳浩外野手、センターにはドラフト3位ルーキーの佐々木俊輔外野手が先発するのはほぼ決まり。オドーアの抜けた右翼は阪神の開幕先発・青柳晃洋投手を考えると、オープン戦終盤に好調さをアピールしてきた左の梶谷隆幸外野手が入る可能性が高そうだ。

 ただ、外野の控えにはキャンプからオープン戦と復活をアピール、オープン戦で打率3割2分をマークした松原聖弥外野手がいる。また貴重な右の外野手として3月12日のソフトバンク戦では1号2ランを放つなど実戦力を見せた萩尾匡也外野手もいる。そして腰痛でキャンプはリハビリ組スタート、阿部監督に「開幕一軍は考えていない」と言われながら、ギリギリで這い上がってきた浅野翔吾外野手も控える。

浅野のスタメン抜擢も…

「(一軍に)入れると思っていなかったというか、呼んでもらえると思っていなかった」

 浅野は言う。

「開幕を考えていないとおっしゃったときも、故障班とか三軍で腐らずに、諦めずに一軍を目指してやってきたので、やって良かったです。自分が一番若いけど、どんどんアピールして、監督に浅野が必要と言ってもらえるようにしたい」

 二軍で結果を残し、3月19日のロッテ戦で一軍に昇格。翌20日の同カードに「2番・中堅」で先発すると、すぐさま第1打席で左翼に二塁打を放って存在感を示した。文字通り結果を残して、開幕一軍切符を手にした訳である。

 開幕2戦目の阪神先発は左の大竹耕太郎投手が有力だ。勢いと思い切りの良さを買って、浅野のスタメン抜擢も十分に考えられる状況となってきた。

開幕直前の巨人に1つの波を起こした

 オドーアを一軍に残していれば、そんな選択肢もなかなか生まれてこなかったはずである。純粋に選手起用の幅を考えただけでも、今回の退団騒動はプラスになる。少なくとも巨人の新しい姿につながる、そのきっかけが生まれたことだけは間違いないだろう。

「監督にとって大切なことは、決断できることや。批判をされても、自分の意思を明確に選手に示して、それを実行する。そうしないと選手はついてこないさ」

 亡くなった星野仙一さんから中日の監督時代に聞いた“監督論”だった。

 オドーアを開幕メンバーから外してファームでの再調整を命じる。阿部監督がその決断をしたことが、開幕直前の巨人に1つの波を起こした。ただその波は決してチームをマイナスに揺るがすような激震とはならなかった。

 オドーア退団は、むしろ巨人にとって開幕前の吉兆となるはずである。

文=鷲田康

photograph by KYODO