“寝技師対決”として組まれた試合が打撃戦となることは珍しくない。得意分野がぶつかるからこそ、選手たちは違うところで差をつけようとするのだ。同じように、ストライカー対決の勝敗を分けるキーポイントがテイクダウンの攻防になることも。

『RIZIN LANDMARK 9』(3月23日、神戸・ワールド記念ホール)のメインイベント、ホベルト・サトシ・ソウザvs.中村K太郎の一戦で期待されたのは寝技対決だ。RIZINライト級王者のサトシはブラジリアン柔術の強豪。世界レベルで活躍するとMMAでも一本勝ちの山を築いてきた。プロキャリア16勝のうち、締め・関節技でのフィニッシュは10。最大のストロングポイントが“極め力”というファイターだ。

 中村も日本最高レベルのグラップラー。UFC経験者で36勝中16の一本勝ちがあり、異名は“裸絞め十段”。一度バックを取ったら確実に仕留めるとも言われる。

 中村の寝技の実力、打撃も含めたトータルな能力、さらにウェルター級から階級を落としてきた(ベースとなる体格が大きい)ことなど、今回はサトシ不利の予想もあった。このところ海外勢との対戦で敗れることが目立ち、前ほどにはその強さが絶対的だと思えなくなっていたことも予想に影響していただろう。

わずか1分43秒のKO劇

 だが、である。試合はサトシの圧勝に終わった。1ラウンドTKO。序盤からアグレッシブに打撃を繰り出していったサトシは、なんと右ハイキックをヒットさせる。倒れた中村にパウンドを落とし、さらにサッカーキック(顔面蹴り)。中村が立ち上がったところに連打を叩き込んで試合を終わらせた。わずか1分43秒の出来事だった。

 中村にとっては、完全に予想外の展開だった。打撃勝負をしたかったのは、むしろ自分なのだ。トータルな能力値の高い中村に対して、サトシは寝技で一点突破してくると思われた。だが実際には打撃で押してくる。その打撃が思った以上にハイレベルだった。

「今までに感じたことのないプレッシャー(圧力)でした。蹴りが見えにくかったし速くてコンパクトでしたね。パンチはある程度、見えたんですけど。組み(技)を見せてくるかと思ったらそうならなくて。逆に自分から組みを混ぜていけば展開が違ったかもしれないんですけど」

 打撃、投げ、グラウンドで殴るか極めるか。MMAにおける技術の組み合わせ、選択肢は数え切れず、ベストな展開を作り出すのは簡単ではない。MMAならではの勝負の妙、それを掴んだのがサトシだった。

「打撃でいこうと」完璧に当たったサトシの狙い

 サウスポーの中村に対して右の蹴り主体で攻めるのは定石通り。ロー、ミドルを強く蹴ることで中村の意識を下に向けさせ、さらに右ストレートをガードさせた上でのハイキック。ここまで打撃が上手かったのかと驚くしかない。

「(中村は)ウェルター級からライト級に来て力はあると思った。でもウェルターとライトではスピードが違う。だから(スピードの差が活きる)打撃でいこうと」

 サトシの狙いは完璧に当たった。もちろん、この打撃は一朝一夕で身についたものではない。サトシは元シュートボクシング王者でRIZIN参戦中の“怪物くん”鈴木博昭のジムで打撃を学んでいる。一本勝ちした試合でも、常に打撃の成長を意識してきた。それがここで出たのだ。シンプルに言えば努力の賜物である。

 鈴木はサウスポー。練習の中で、サトシは自然にサウスポー対策として右の蹴りが上達していったという。

「あなたのキックは痛いから、自分のキックをもっと信じてと言われて。それでよく練習しました。右ストレートとハイキックが今回の一番のプラン」

柔術を信じるからこその打撃

 そう日本語でコメントしたサトシは日系ブラジル人。道場「ボンサイ柔術」の創設者を父に持つ彼が2007年に日本にやってきたのは“出稼ぎ”のためだ。

 静岡県での工場勤めのかたわら柔術にも取り組み、ボンサイ柔術日本支部を開設。リーマンショックによる派遣切りも乗り越え、試合で結果を出し続けた。“ガイジン”への偏見もある中で、試合だけでなく生活そのものが闘いだったのかもしれない。

 勝つためには自分を磨き続けるしかない。柔術のテクニックで勝つだけでなく、MMAファイターとしてよりコンプリートになるためには打撃も不可欠だった。前戦はカーフキックからのパウンド連打でストップ負け。タックルで寝技に持ち込むことができなかった。

 トップどころの試合になると、タックル一発でテイクダウンすることは難しい。打撃で圧力をかけたりダメージを与えた上で倒す必要がある。柔術を信じるからこそサトシは打撃に取り組み続け、その成果が中村戦でのハイキックだったのだ。

指輪を贈るサプライズ「奥さんは7年待っててくれた」

 人生が滲み出る勝利と言っては大げさか。だが試合後にも人生を感じさせる場面があった。ケージに入り祝福する妻に指輪を贈るサプライズ。子供もいるから「え、まだ結婚してなかったの?」とファンどころか同門の選手も驚いていたが、そうではなかった。

「7年前に結婚したんだけど、それは紙だけ。指輪もパーティーもしてない。子供のため、車、家にお金を使ってきて、奥さんは7年待っててくれた。だから特別な、いい時にみんなの前で指輪をって。それもあるから今日は負けたくなかった」

 タイトル挑戦者候補でもあった中村をノンタイトル戦で下したサトシは、防衛戦の相手について「誰でもいい」と言う。

「チャンピオンになるまでも相手選んでないから。これからもそう。相手はRIZIN(運営)とファンが選ぶもの」

 次に闘うのが誰であれ、その選手はサトシの寝技だけでなく打撃も警戒しなければならない。サトシはもはや柔術だけの選手ではないのだ。そして警戒する範囲が広い分だけ、勝負の天秤はサトシに傾くだろう。

印象に残った“もう一人のベテラン”

 今大会では、若い選手が敗れて自分への「失望」や「限界」を語ることもあった。勝負の世界はそれだけ厳しい。そんな興行の最後の最後、34歳の柔術家が打撃での勝利を見せたのだから面白いではないか。努力しても結果がついてこない時は誰にでもある。練習したことが出せない時も。おそらくサトシにもそういう時はあって、しかし彼は踏ん張ったのだ。

 今大会ではもう1人のベテランも印象に残った。RIZIN2戦目の36歳、佐藤将光だ。修斗の世界王者からアジアベースの国際大会ONE Championshipへ。アウェイで“世界”と闘う経験を積み、昨年からRIZINに参戦している。

 勝てばタイトル戦線も見えてくる井上直樹戦で敗れた佐藤だが、一進一退のテクニカルな攻防は見応え十分だった。その魅力は、インタビュースペースでも発揮されている。

 試合の感想は「凄く楽しくて凄く悔しかった」。練習してきたことを出し、試すことができた。そこに悔いはない。

 試合を終えたばかりだが攻防の詳細を記者の前で解説し、ジャッジの採点内容を聞いてさらにやり取りを続ける。頭の位置によって寝技の攻防がどう変わったかも具体的に説明していた。敗北に取り乱すようなところがまるでない。落ち着き払って、むしろ清々しい表情だった。

「生きてる実感を得られる瞬間」

「僕はこのファイトというものが一番、生きてる実感を得られる瞬間なので。細かい反省点はありますけど、やってきたことを試せたので清々しい気持ちです。切り替えて次に向けてまた強くなれるという実感も得たので。で、この表情です」

 父はファッションデザイナーの佐藤孝信。格闘技を志しながら土木会社で働き、さまざまな資格を取ってきたという。パンクラスや海外大会を経て修斗でベルトを巻いたのは、プロ10年目のこと。それからさらに6年半が経って、佐藤の“長期戦としてのファイター人生”は今なお強度を増し続けている。 

 佐藤もサトシもタフだ。肉体的な頑丈さだけでなく格闘技に向き合う姿勢も、である。試合の勝ち負けはもちろん大きい。しかし我々が見ているのはその日、その時の勝ち負けだけではないのだ。

文=橋本宗洋

photograph by RIZIN FF Susumu Nagao