雨で試合が2日順延になったあとの3月25日。

 センバツ出場すべてのチームの試合が終わると、多くのプロ野球スカウトたちがネット裏から姿を消した。

 この時期、ちょうど高校野球は春の県大会がセンバツと重なる。大学・社会人野球も春の公式戦シーズンを前にオープン戦がたけなわとなり、スカウトたちはセンバツを見てばかりもいられない。担当地区のお目当ての選手たちの実戦に、練習に、甲子園のネット裏の席を立ってそれぞれ赴いていくのだ。

 そのセンバツは、群馬の健大高崎高の初優勝で幕を閉じたが、スカウトたちの仕事はむしろここからが本番である。

 このセンバツが終わったら……「最初に見たい選手は誰ですか?」。そんなことをスカウトたちに聞いてみた。スカウトたちが春一番で見たい選手=その地区の有望株の筆頭ということになろう。

ドラフト有力素材がひしめく「静岡県」

「静岡に行きます。公式戦、県大会の地区予選が始まりますから。まず、知徳。大器なのは間違いないですから、小船は」

 知徳高小船翼(投手・197cm100kg・右投右打)は、昨年夏の県大会で146キロをマーク。新チームになった秋には、それが150キロにまで達した。

「センバツ前に練習試合を見たときは、まだ実力の半分も出ていなかったけど、なんといっても春先だし、高校生の大型は調子の波が激しいですからね。経過をしっかり見ておかないと……。あれだけのサイズがあっても、フィールディングやけん制動作なんかもこなせる。決して投げるだけのピッチャーじゃないですからね」

 小船投手、昨年の夏前に取材にうかがったことがある。

 目の前に立たれた時のデカさが、まさに福岡大大濠高の頃の「山下舜平大(投手・オリックス)」だったが、いろいろ話してみて、野球を多角的に考えようとする思考回路、自分を客観視できるクレバーさ、急いで伸びようとし過ぎない泰然自若さ。その内面までも、当時の山下舜平大投手に重なって見えたものだ。

「磐田東の寺田(光・投手・186cm98kg・右投右打)なんかも、どうなってるのか。小船みたいな巨体だけど、力任せのスピード本位のタイプじゃない。ピッチングという仕事のできる子だと思ってます。巨漢だけに走るのはしんどいんだろうけど、そのへんが前向きになってくれたら将来がもっと開けてくる。健大(高崎高)でコーチだった赤堀(佳敬)君が4月から監督で入るらしいですね」

 磐田東高・寺田光投手、昨年夏の県大会では、炎天下で7イニングを無失点に抑えている。

掛川西の増井(俊介・投手・186cm95kg・右投右打)浜松開誠館の右と左(伊波龍之介・投手・188kg86kg・右投右打、松井隆聖・投手・179cm85kg・左投左打)に、沼津東の近藤(秀太・投手・180cm76kg・右投右打)。近藤は、進学校のピッチャーですけど、指のかかりのいい良質のストレートが投げられて、スライダーも含めて球筋も安定してます。ピッチャーとしても筋の良さを感じます。今年の静岡、面白いピッチャーが結構いるんです」

 今年の桜はまだ7分咲きなのに、こういう話をするときのスカウトの表情には、早くも満開の花が咲いている。

「自分の担当地区の選手でいったら、前橋商業の清水(大暉・投手・190cm85kg・右投右打)からですね、まずは」

 長身から145キロ前後の速球を投げ下ろす本格派右腕。昨シーズンの「終わり方」が気になっているという。

「去年の夏の甲子園でやられて(※終盤のリリーフで3安打2四球5失点)、秋も勝つかなと思った県大会の準決勝で敗れてます。評判は高かったのに、去年後半は不本意続き。ひと冬越して実戦でどんなふうに変われるのか。甲子園でやられたって言ったって、指に引っかけた投げ損じのまっすぐだって144〜145(キロ)ですからね。電卓1級、情報処理2級……彼の場合は、頭脳明晰も大きなアドバンテージ。ガラッと変わった姿が見てみたいですね」

野手では“宗山越え”の大器が埼玉に…?

 ここまで、野手の話がなかなか出てこない。

「センバツの選手たちが現状の高校野球のトップレベルとして、その記憶が鮮やかなうちに見たいとしたら、やっぱり、花咲徳栄の石塚(裕惺・遊撃手・181cm81kg・右投右打)しかいないんです」

 ある幹部クラスのスカウトの方が、こんな話をしてくださった。

「今年のショートは、みんな、明治(大)の宗山、宗山(塁・遊撃手・176cm76kg・右投左打・広陵高)って言いますけど、私、個人的には石塚も十分いいんじゃないかと思いますね」

 高校生の石塚遊撃手が、大学生の宗山選手より4歳年下なのがポイントだという。

「広陵の頃の宗山も何度か見てますけど、当時の比較なら、トータルで今の石塚でしょう。(花咲)徳栄でいえば、4年前の井上(朋也・内野手・ドラフト1位でソフトバンク入団)は、パワーはあったけど強引な面があった。今年の石塚は、右方向の長打を実戦の勝負どころでも打てるバリエーションの広さがあるし、フィールディングも送球の安定感があります」

 ならば、宗山遊撃手のほうは?

「たしかに、なかなかエラーしない正確無比な守備力は、ピッチャーがいちばん助かるタイプ。ただ、鳥谷(敬・元阪神ほか)にはなれないかな。つまり、クリーンアップはちょっときびしいかな……と。そこいくと、石塚のほうは、もしかしたら坂本勇人(巨人)になれる可能性がある」

春季大会真っ最中の九州は…「大分」がアツい

 各地の高校野球の春の県大会で、最初に始まる「九州」は、各県でセンバツとほぼ同時に、春季大会の幕が開く。

「カリューですね、佐伯鶴城の」

 カリューですか?

「狩生って書きます、佐伯鶴城・狩生聖真(投手・184cm73kg・右投右打)。まだ細いし、非力感もありますけど、このピッチャー、伸びしろ抜群だと思ってます。最速何キロっていうよりも、回転数抜群のまっすぐの質ですね。バッターボックスに入って対戦してみて、初めて気づく球威とか伸びとか、そういうタイプですね。津久見の佐伯(和真・184cm77kg・右投右打)も楽しみですね。去年の夏予選で偶然見たんですけど、満塁のピンチにリリーフで出てきて、ほとんどストレート一本でねじ伏せて切り抜けた。3イニングで5三振無失点だったかな。佐伯のほうは豪快に力勝負の本格派って感じですね」

 今年の「大分」は、「静岡」同様、人材豊富の予感だという。

逸材はもちろん大学野球にも…!

「これ終わって、最初に見に行く選手? 渡部ですよ、渡部。大商大!」

 そうか、センバツが終われば高校野球ばかりじゃない。大学のほうもすぐ春のリーグ戦だ。

 大阪商業大・渡部聖弥外野手(178cm81kg・右投右打・広陵高)。広陵高当時は明治大・宗山遊撃手と共に俊足・強打・強肩の外野手としてチームを牽引し、今年のドラフト戦線で「外野手」の先頭を走る選手のひとりだ。

「右打ちのバッターで、東京ドームの右中間上段に打ち込めるヤツなんて、プロだってそうそういるかい!」

 昨年6月の全国大学選手権大会。大阪商業大・渡部外野手は、花園大戦で「打った瞬間!」の右中間アーチと、同じコースのフェンス近くに三塁打まで放ってみせた。すでに、学生ジャパンメンバーの常連でもある。

「右バッターで、軸足を使って右中間方向へ放り込める。牧(秀悟・横浜DeNA)のバッティングですよ。今年のドラフト、外野手で左打ちなら富士大の麦谷(祐介・180cm80kg・右投左打・大崎中央高)かもしれないけど、右なら青山学院大の西川(史礁・182cm86kg・右投右打・龍谷大平安高)と渡部で決まりでしょう。

 去年の暮れの松山(学生ジャパン候補合宿)が気になったんでね。ちょっと太ったかなぁって印象で、ベースランニング見てもバタバタ走ってた。いくら最上級生だって言ったって、老け込むのは、まだまだ早いですよ」

 プロ野球公式戦もまだ始まっていない3月下旬のセンバツ甲子園。

 こんなに寒いセンバツは初めてだな……と、コートの襟を立て、帽子にマフラーに手袋でこごえながらグラウンドの熱戦を見つめていたスカウトたちの姿は、もう甲子園のネット裏にはない。

 今ごろは、どこの球場に、またグラウンドに。

 半年以上も先の「2024ドラフト」を目がけ、彼らの闘いはもう始まっている。

文=安倍昌彦

photograph by Hideki Sugiyama