ドジャース大谷翔平の元通訳・水原一平容疑者が大谷の銀行口座から預金を盗み違法賭博の胴元に送金していたスキャンダルは、銀行詐欺容疑での訴追という形でひとつの決着を迎えた。訴追の一報が流れると、米専門テレビ局ESPNの敏腕記者ジェフ・パッサン氏はX(旧ツイッター)に「どのように口座にアクセスされたのかという長い間の謎がついに明らかになった」と投稿した。

冷静に整理「訴追されるまで」

 水原容疑者が大谷の口座に不正アクセスし違法スポーツ賭博の借金返済のため盗んだ預金は当初は450万ドル(約6億9000万円)と伝えられていたが、実際はその3.5倍以上の総額1600万ドル(約24億5000万円)にも上った。違法賭博は2021年12月から2024年1月までの間に約1万9000回、1日平均で約25回も行われ、訴状に記された同容疑者のメールの記録には胴元のマシュー・ボウヤー氏から借金返済を催促され追い詰められていく様子が記されていた。不正アクセスされ預金を盗まれた口座は、大谷がエンゼルスでメジャー1年目を迎えた2018年にキャンプ地のアリゾナ州で開設したもので、同容疑者がこのときに手助けをしたため口座や個人情報を把握し、その後に口座に紐づけた電話番号やメールを容疑者のものに変更。送金の際に銀行から認証を得る際には電話で大谷に成りすましていたことも判明した。代理人のネズ・バレロ氏と経理担当、財務アドバイザーから口座情報の開示を求められると、「本人が私的な口座なので情報を見せたくないと言っている」と嘘をつき代理人らが気づく機会を封じるという、大胆で悪質な犯行だった。

訴状を読んだ「米メディアの反応」

 大谷はドジャースタジアムで3月25日に行った会見で「彼が僕の口座からお金を盗んで、なおかつみんな、僕の周りにも嘘をついていた」と説明したが、このときにはずいぶん疑問の声が上がっていた。

「どうやったら口座に勝手にアクセスできるのか」
「なぜ周囲の誰も気づかなかったのか」
「なぜ会見で質疑応答をしなかったのか」

 しかし連邦検察が4月11日の会見で「ミスター・オオタニが関与した証拠は何もない。彼は被害者だ」と発表すると、空気は一変した。

 USAトゥデー紙のベテラン記者ボブ・ナイチンゲール氏は「連邦政府の捜査が、オオタニの会見での説明を完璧にサポートする形となった。彼は詐欺の被害者であり、通訳のギャンブル依存症をまったく知らなかった」とXで速報。元ESPNのスポーツキャスターとして有名なリッチ・アイゼン氏は、当初は「そんな大金が消えていることに気づかないなんて、あり得るのか?」と懐疑的だったが、捜査当局の会見後は「訴状を読んだ。こんなことがあるんだな。オオタニが預金を盗まれた被害者だということは紛れもなく明らか。しかも信頼していた友人が実は詐欺師で、とてつもなく深い闇に落ちて救いが必要なレベルだったというのだからね」と手の平を返した。

 ロサンゼルス・タイムズの辛口コラムニスト、ビル・プラシュキー氏も同様の論調だった。4月11日付で寄稿した「ギャンブラーではなく、球界のスターとして、ショウヘイ・オオタニの伝説は続く」という記事でこうつづっている。

「私は当初、450万ドルも不正に違法賭博の胴元に送金されていたことをオオタニが知らなかったということがまったく信じられなかった。だが連邦検察の捜査結果がわかった今は信じられる。『イッペイが僕の口座からお金を盗んで嘘をついていた』とオオタニが言ったときは信じられなかったが、今はその通りだったと納得できる」

「代理人とアドバイザーをクビにすべき」

 しかしそれでもまだ、厳しい指摘はある。

 前出のプラシュキー氏は同じ記事の中で「オオタニは史上最高の野球選手になるため起きている時間のほぼすべてをそれに集中しているのは明らかで、自分の人生のそれ以外の部分にはほとんど注意を向けていない。そうなのだ、それが問題なのだ。自分のお金に無関心な金持ちの男って、まさに子供ではないのか」と論じている。さらに厳しく一刀両断にしているのが、大谷の代理人を務める大手事務所CAAのネズ・バレロ氏とその周辺のスタッフだ。水原容疑者が不正アクセスしていた大谷の口座について、バレロ氏や財務アドバイザーがチェックできなかったことについて「オオタニのビジネスチームが、口座を放置していたことが信じられない。オオタニのアドバイザーたちは、アドバイザー史上最も弱腰で存在価値がない者たちだ。代理人と危機管理担当広報をクビにし、チームを完全に入れ替えるべき」と主張した。

「バレロはどこに行ったのだ?」

 敏腕記者で知られる米スポーツメディア「ジ・アスレチック」のケン・ローゼンタール氏も4月12日付の記事でこう書いた。

「ミズハラだけが、オオタニを失望させたわけではない。バレロはどこに行ったのだ? 代理人は通常、経理面の管理はしない。契約交渉と金銭管理は別分野だ。しかしミズハラがバレロや他のアドバイザーに口座情報開示を拒否したら、それは警報サインが出ているということではないのか? もしオオタニを不機嫌にさせることになれば、他の代理人のところに行ってしまうとでも思ったのか?」

身代わり説の「陰謀論」も…

 バレロ氏を中心とした「大谷のビジネスチーム」に猛省が求められている一方で、米国ではメディアやファン、SNSユーザーも自省するべきとの声も上がっている。大谷が被害を被った今回の違法賭博と不正送金事件は、不明な点があったことから多くの憶測を呼び、「オオタニの身代わり説」などの陰謀論がSNSを席捲していた。米メディアでは野球賭博で永久追放されたピート・ローズを引き合いにだして大谷が語られることも1度や2度ではなかった。

 FOXスポーツでパーソナリティを務めるジェーソン・フィッツ氏はそんな騒動を振り返り、4月12日の放送でこう語った。

「我々は数週間もの間、まったく何の証拠もない中でオオタニとローズを同じ文脈で語っていた。まったく最悪のことをしていた。なぜか? 何も知らない事象に対して自分勝手なロジックを当てはめるからだ。ショウヘイについては、もっと情報が出たときに事実だけを伝えるべきだった」

捜査発表が「異例の早さ」の背景

 米専門メディア「ベースボール・プロスペクタス」も同日の記事で「今回のことは憶測というモラルハザード(道徳的節度がなくなることによる弊害)を考えさせられた。いつか、疑問を呈することと憶測を垂れ流すことを混同しない時代がくるといいが」と論じている。

 水原容疑者のことは大谷にとってはショッキングで辛い出来事だっただろうが、社会にとっては一石を投じる出来事にもなった。大谷の社会的影響力は米国でもそれほど大きい。通常は年単位の時間がかかるといわれていた連邦捜査機関の捜査結果が異例の早さで出たことも、その影響力の大きさゆえだろう。

文=水次祥子

photograph by Nanae Suzuki