茨城県内にラグビー元日本代表の選手らが子どもたちに教えるアカデミーがある。平日放課後を中心に活動する「Elite Rugby Academy」(ERA)だ。日本開催で盛り上がった2019年のラグビーW杯の人気を背景に、県内でラグビー文化を根付かせるべく設立されたのだが、実はいま同アカデミーには「自閉スペクトラム症」を抱えた選手が在籍している。そこにはどんな背景があったのだろうか?<前後編の前編/後編につづく>

ラグビーアカデミーに届いた「1通のメール」

 2023年11月。小中学生を対象とした茨城県の平日ラグビーアカデミー「Elite Rugby Academy」(ERA)のもとに、1通のメールが届いた。

 差出人は、茨城県在住の正田直紀さん・真紀さん夫妻。

 息子の信也さんは、特別支援学校の中等部3年生(当時)だった。

「本人は大勢が苦手なタイプなのですが、『ラグビーをやりたい』と言っています。検索したら『障がい者歓迎』のマークがある『Elite Rugby Academy』を見つけました。それを見て、勇気をだしてメッセージを送りました。もし体験参加などありましたら、ぜひ教えてください」

 そんな体験希望のメールから4カ月後。

 アカデミーの練習拠点である茨城・水城高校グラウンド。夜間照明の下、アカデミー生となった信也さんが、小中学生とラグビーボールを追いかけていた。

 練習を見守る父・直紀さん、母・真紀さんにとっては驚きの連続だ。

 小学校の運動会は「見る参加」や「15分で帰宅」ばかりだった。自閉スペクトラム症とADHDの診断を受けている息子が、同年代の集団に混じって、スポーツを楽しんでいる。

 仲間からパスを受けた信也さんが走りはじめた。隅にトライを決めた。「信也ナイス!」「信ちゃんナイス!」周囲から声が飛んだ。

「自分でも出来ると思ってなかったです」

 信也さんは本稿のためのインタビューでそう話し、となりで聞いていた母に笑いかけた。

当初は「障がい者歓迎」とは明記せず

 平日のプレー環境がない子ども達を対象に2021年に発足したアカデミーは、当初から「障がい者歓迎」を謳っていたわけではなかった。転機は2023年、アカデミーの君島良夫代表が参加した勉強会にあった。

 君島代表は、それぞれがアカデミーを運営する元ラグビートップ選手の仲間3名(菊谷崇氏、冨岡耕児氏、三宅敬氏)と、週1回のオンライン勉強会を続けてきた。そこである時、こんな問いかけがあった。

 よく生徒募集の際に「誰でも歓迎」と言うが、その「誰でも」の中に、障がいのある子ども達は入っているか?

「そこは意識しておらず、正直なところハッとさせられました」(君島代表)

 スポーツ基本法に明記されている通り、「スポーツを通じて幸福で豊かな生活を営むことは、全ての人々の権利」だ。

 勉強会で認識を深めた君島代表は、すぐにアクションを起こした。登録していたスクール検索サイトの情報を変えることにしたのだ。

「登録サイトの『障がいのある子を受け入れるか』は任意項目だったのですが、勉強会のあと『受け入れる』にチェックを入れました。アカデミーのヘッドコーチが、特別支援学校に勤めていた現役教師ということもありました。そうしたら、障がいはありますが本人がやりたいと言っています、というメッセージが届いたんです」(君島代表)

特別支援学校でラグビーに興味を…

 信也さんは、特別支援学校でタグラグビーに触れて、ラグビーに興味を持った。

 体格は中学卒業時点で身長193センチ、体重127キロという超ビッグマン。靴のサイズは34センチ。周囲が放っておかない逸材だが「集団」や「ザワザワ」が苦手で、スポーツはむしろ避けてきた。

 趣味は切り絵、釣り、料理。堤防で釣ってきた魚は自分でおろし、ピザは生地から作る。クリスマスにローストビーフを大量に作ったこともある。

 スポーツとは無縁だったが、中学部3年から運動不足解消を目的にさまざまなスポーツに触れ、運動が「楽しい」に変化。とりわけタックルの代わりにタグを取り合う「タグラグビー」に惹かれた。

「難しくなかった。緊張感もなくやれました」(信也さん)

 母の真紀さんは、息子の言葉を鮮明に覚えている。

「通っている支援学校は少人数で、ほぼマンツーマンで手厚く支援してくれます。ただ少人数ではあるので、本人は大勢でやってみたいと思ったようです。タグラグビーをしている時、『同じくらいの子たちとワイワイやってみたい』と言ったんです」

 小学校時代に体験したスポーツ少年団は、集団行動重視の方針が合わず続かなかった。

 親としては不安が先行したが、本人が言うならばとスクールを検索。そこで「障がい者歓迎」のマークがあった「Elite Rugby Academy」に行き着いたのだった。

 アカデミーに問い合わせると、「まずは体験から」と話は進んだ。

<後編につづく>

文=多羅正崇

photograph by Elite Rugby Academy