春の珍事、などではない。

 J1初挑戦で首位に立つFC町田ゼルビアだ。ゴールデンウィークを前に6勝1分2敗の勝点19を稼ぎ、順位表の最上位に位置している。王者ヴィッセル神戸と優勝候補の一角サンフレッチェ広島には敗れたものの、鹿島アントラーズや川崎フロンターレを下している。その実力は本物と言っていい。

警告数はリーグ最多だが…「プレーが荒い」は真実か

 初のJ1挑戦にあたって、町田は10人の新加入選手を獲得した。期限付き移籍から完全移籍へ切り替えた選手、期限付き移籍での加入なども含めると19人にのぼる。4月21日のFC東京戦では、スタメンの9人までが新加入選手だった。

 大量補強はJ1昇格チームの強化策のひとつだが、チームが機能性を欠くことも少なくない。ここでクローズアップされるのが、黒田剛監督の存在である。

 就任1年目の昨シーズンから、シンプルな戦術のなかで個人が最大値を発揮できる方向性を提示している。新加入選手が多いチーム編成でも、混乱をきたさないのはそのためだ。

 ディフェンスは基本原理を徹底する。個々がハードワークし、ボール際に激しく、縦ズレとスライドを繰り返す。

 ボールにアタックしてマイボールにできなくても、激しく寄せることでボールホルダーに最適の判断をさせない。プレーのキャンセルも許さない。選択肢を限定することができているのだ。GK谷晃生の存在とともに、失点を1試合平均1点以下に抑えている要因である。

 ここまで9試合で、警告が「21」を数える。リーグ最多となっているが、アビスパ福岡が「20」、川崎フロンターレと名古屋グランパスが「18」と、飛び抜けて多いわけではない。

 過去の昇格チームを見ると、2022年の京都サンガは警告数の多さがリーグ2位、ジュビロ磐田は同6位だった。23年のアルビレックス新潟は3番目に少なかったが、横浜FCは6番目に多かった。J2からJ1へ昇格してきたチームは、J1の強度やスピードに慣れるまでに多少なりとも時間を要する。とりわけシーズン序盤は、意図せぬ反則が多くなってしまうところがある。警告数については、もうしばらく注視していくべきだろう。

ロングスローが相手に与える心理的負荷

 攻撃は縦に早い。ロングパスを活用する。ゴールキックからつないでいくことも少ない。自陣でのボールロストを徹底的に減らし、カウンターを受けるリスクを抑えている。

 そのうえで、194センチのオ・セフンと184センチの藤尾翔太が最前線でターゲットとなる。彼らが競ったセカンドボールに、2列目の平河悠や藤本一輝が反応する。

 このチームのサイドアタッカーは、推進力が高い。縦への突破とカットインを使い分け、相手DF陣を後退させていく。

 平河や藤本の仕掛けが相手守備陣にストレスをもたらすのは、町田が他チームにない強みを持っているからでもある。

 ロングスローだ。

 右SBの鈴木準弥、左SBの林幸太郎が、敵陣中央あたりからでもペナルティエリア内へボールを投げ込む。オ・セフンと藤尾に加えて186センチの「イボ」ことイブラヒム・ドレシェヴィッチ、183センチのチャン・ミンギュの両CBがターゲットとなる。FC東京戦では192センチの大卒ルーキー望月ヘンリー海輝が右SBでスタメン起用され、彼もターゲットとなった。

 今シーズンここまで攻撃の交代カードとして使われているオーストラリア代表FWミッチェル・デュークも、186センチの高さを持つ。FC東京戦でチャン・ミンギュに代わって先発した昌子源も、182センチだ。さらにはCBの序列4番手の池田樹雷人が、186センチである。高さは何重にも担保されている。

 ロングスローは守備側にとって不確実性が高い。ファーストボールに競り勝っても、セカンドボールを拾われてもう一度クロス対応を迫られる、CKに逃げるしかない、といった場面も起こりうる。町田にロングスローを入れられたくない相手は、自陣ではタッチに逃げたくないとの心理を抱く。平河や藤本らのサイドアタッカーからすれば、思い切って仕掛けることができるわけだ。

FC東京戦でも見せた“デザインされたセットプレー”

 FKも距離を問わない。敵陣で得ると、長身CBが相手ゴール前へ飛び出していく。

 リスタートはキッカーも大事だ。こちらも人材を揃えている。ロングスローを投げる鈴木が担い、彼が不在だったFC東京戦はレフティーの髙橋大悟が務めた。右足なら仙頭啓矢、左足なら下田北斗やバスケス・バイロンもキッカーに名を連ねる。長身選手とキッカーを用意し、黒田監督とスタッフがセットプレーを入念にデザインする。

 2対1で勝利したFC東京戦では、CKから先制点をあげた。

 左CKをファーサイドへ持っていき、ナ・サンホがワンタッチボレーで蹴り込んだ。長身選手を中央へ集めた背後で、韓国人FWをフリーにするデザインがゴールにつながった。

 25分の2点目も、チームの強みを存分に発揮したものだった。ドレシェヴィッチが右CBのポジションから前方へフィードすると、右SB望月がゴールラインぎりぎりでクロスを入れる。ニアサイドへ飛び込んだオ・セフンが、ダイビングヘッドを突き刺した。

 黒田監督が振り返る。

「望月は攻守にわたってスピードを生かすことができる。自分の道が空いたときには、恐ろしいぐらいのスピードを出す。彼が走り出すタイミングも、フィードをしたイボの精度も良かった。セフンにはマイボールになった時点で、100パーセントでゴール前へ入っていけ、躊躇するなと言っている。意図しているものが噛み合った得点でした」

 この日はチャン・ミンギュがメンバー外だった。藤尾と平河はU-23日本代表として、パリ五輪アジア最終予選を兼ねたU-23アジアカップに挑んでいる。開幕からスタメンに定着していたボランチ柴戸海は、累積警告で出場停止だった。

 さらに言えば、昨シーズンのJ2優勝に貢献したブラジル人FWエリキが、昨年8月から長期の戦線離脱を強いられている。主力級の不在で勝利をつかんだことについて、黒田監督は「残された選手たちで勝点3を取れたことは、すごく価値があると思います」とチームのパフォーマンスを評価したが、指揮官のチーム作りが呼び込んだ勝利だろう。一貫性のある戦術をピッチに立った選手がやり切ることで、町田は勝点を積み上げているのだ。

合言葉は「連敗だけは絶対にできない」

 J2で26勝9分7敗の成績を残した昨シーズン、町田は一度も連敗をしなかった。リーグ戦を戦い抜くための必要条件が、黒田監督の就任によってチームの意志となった。ヴィッセル神戸戦の敗戦を受けて迎えたFC東京戦後、指揮官は言葉に力を込めて語った。

「連敗だけは絶対にできないというのは、我々の合言葉です。去年も連敗せずにJ2優勝を手繰り寄せた経験から、連敗すると一気に崖から転がり落ちる。転がったら早いぞ、と。上に食らいついていく目標を掲げてスタートした以上、そこに対して執念を持ってしっかり全うしてほしい、と選手たちに話していました」

 町田のサッカーから、スペクタクルを感じることはない。それでも、対戦相手を肉体的にも精神的にも追い詰めるサッカーは、このチームの立ち位置を特別なものにしている。平凡なプレーを非凡なレベルで徹底する彼らに、スランプはないのだ。

文=戸塚啓

photograph by Etsuo Hara/Getty Images