「民俗芸能=古い」はもう古い!デジタル技術×民俗芸能「京のかがやき」歴史旅ショーを南座で開催

文化を次世代に伝承していく新しい試みを京都府がはじめるといいます。
お祭りで披露される民俗芸能はそれぞれの地域で大切にされ現代に伝わってきました。そんな各地で磨き上げられた芸能の原石を現代の技術を使って光り輝く宝石にと、選りすぐりの5団体がデジタル×民俗芸能を披露します。

歴史と絡ませタイムスリップしたようなストーリー展開、普段のお祭りにはない舞台装置や音と光のエンターテインメントショーが2024年からはじまります。
さらには京都出身の俳優・佐々木蔵之介さんがナレーションをするというとても贅沢な舞台です。

場所は登録有形文化財の南座。ここは一見、「歌舞伎を中心とした伝統芸能のお堅い古臭い場所」に感じますが、実はとてもかぶいていて、スーパー歌舞伎やプロジェクションマッピングなど新しいことも発信している場所です。この「京のかがやき」でも伝統×現代のデジタルを活用した舞台が見られるのではと期待が増します。

歴史深い京都の地からどんな新しい表現方法が展開されるのか――。いよいよ新世代への幕が開きます。

投影した絵の後ろに演者の姿が透けて見える商業演劇のような演出も

「大住隼人舞」神様の兄弟喧嘩と溺れもがく様子が踊りに!?

神招(かみおぎ)の舞は神と繋がる宝綱を右手に持ち、神様をお迎えする

奈良時代の初めごろ、平城宮の警備や宮中での舞で朝廷に奉仕した「大住隼人」は九州南部地方から移住してきた人たちです。​
この舞の所作は「日本書紀」の海幸彦と山幸彦のお話に基づいており、中でも蹴り上げるような所作は溺れないように水をかきわけている状態を表しています。

背景は当時の様子が投影され、より奈良時代を感じる演出に

今回の出演に関して隼人舞保存会の岩本さんにお話しをお伺いしました。

――舞台に出演した子どもたちの感想はいかがでしたでしょうか。
保存会・岩本さん「子どもたちは、舞台袖に帰ってくると、本当に全員興奮しており、目をキラキラ輝かせながら『あー!楽しかった!これまでで一番良い舞ができた!ほんまに楽しかった!隼人舞やってて良かった!』と口々に喜びを発していました」

普段はテントの下で舞を披露。周りは地元民で埋め尽くされる。

――保存会として観客のいる舞台に出演した感想を教えてください。
保存会・岩本さん「今回の催し・発表の場が、府内各地の伝統芸能の発展に大きく役立つと思いました。各地で継承されている方々には、これまでにない大きな舞台で自分たちの芸能を披露できる機会です。知らなかった方々に広く知っていただくこともできました。継承していく方々にとっても、大舞台での経験が自信になります。また地元に帰って披露する際にも、南座の舞台で得た感覚を活かすことができます。

子どもたちにとっては、これまで普通の地域の芸能であったものが南座で演じることができるという憧れの対象になるでしょう。役員や裏方さんにとっても、これまでの継承だけでなく『見ていただく』ということを考え実践する経験になりました。京都の観光資源としても、比較的安価で南座での鑑賞の機会を得られます。本当に色々良いことがあったと思います」

現地では最後に本物の炎で「松明の舞」が奉納される

お話を伺ってみて、このように南座という立派な舞台に立つことは、やりがいや、やる気に繋がるということ。そして文化が継承されていくということや、楽しく続けられることは地域にとっても幸せな機会になるのだということを感じました。

以前、現地で見たのとは新たな魅力を披露してくれた大住隼人舞。京田辺市大住の月読神社・天津神社で毎年10月14日の夜に行われる奉納舞をまた見に行きたくなりました。

さて次は和知太鼓。どんな演奏が聞けるのかとワクワクします。

暗転の中、佐々木蔵之介さんのナレーションがはじまりました。京都観光大使でもある蔵之介さんですが、ご実家は銘酒「聚楽第」などで有名な佐々木酒造。日本最古の酒造の神を祀る梅宮大社の御神酒として販売もされています。

そんな地域をよく知る蔵之介さんが、それぞれの歴史背景や民俗芸能のナレーションをしていると思うと、より心にしみます。

源頼光の鬼退治「和知太鼓」で武運と士気をあげる

和知太鼓がはじまったのは平安時代のころ。源頼光が大江山の鬼退治へと出発したところ雷雨に見舞われ、雨宿りしたのが京丹波町藤森神社でした。村人たちは頼光の武運長久を祈り、その祈りを込めて打ち鳴らされたのが和知太鼓の起源といわれています。

伝統芸能を舞台で発表すると通常はこんな感じ

この和知太鼓で今までの演出との違いがわかりやすいなと感じた場面がありました。それが上記の写真です。一般的な照明を当てた発表会形式の感じになります。(これはこれでもちろんカッコいいです)

デジタル技術と光の演出をした和知太鼓

今度はこちらの写真をご覧ください。デジタルとの融合ではこのように雄大な大江山を背に舞い、大きな太鼓を打ち鳴らす姿を見ることができます。これは舞台装置や照明機材がないとなかなかできない演出です。京都の中でもこんなに緩急のついた演出ができる場所は限られると感じました。

「宇治田楽まつり」狂言や能の元になった田楽を現代に復活

田楽は元々、農耕の儀式や重労働を労うものだったのが、平安時代には芸能化し、宇治にも芸能集団(座)があったと記録に残っています。宇治は源氏物語などの文化の舞台としても有名な土地です。古くは田楽が栄えていましたが、後に狂言や能が盛んになり、田楽は衰退してしまいました。

近年、宇治田楽まつり実行委員会が市民主体で田楽を復興し、市民の手により宇治田楽を創作しました。

舞台を見ると、まず人数の多さに圧倒されます。そして何よりも華やかで楽しそう!平安時代の人々が熱狂したのもわかります。

最初の演目「田楽躍(でんがくやく)」は構成を変え、次に「惣躍り-急-(そうおどり きゅう)」が披露されました。

今度は花道で「惣躍り-翔-(そうおどり しょう)」を演じ、客席をあおります。実行委員会の方々は舞台を楽しんでもらおうと装束も色々と準備したというだけあって、どこを見ようかと目移りします。見たことのない楽器など、平安時代の大道芸といった雰囲気を楽しめました。

「宇治田楽まつり」は毎年10月に宇治市で開催され、現地では他に王舞(おうのまい)、龍舞(りゅうまい)、獅子舞など、さらに多くの演目が披露されます。

「福知山踊り」福知山城築城の歌ドッコイセが認知症予防にもなる踊りに

「福知山踊り」は安土桃山時代、1580年ごろに始まった踊りです。
当時、信長の命により明智光秀が丹波を安定させました。福知山城を築く際に石材や木材を運ぶ労働者たちが「ドッコイセ、ドッコイセー」と歌い始め、この歌が後に江戸時代の慶応年間になって踊りに発展し、優雅で質朴な踊りが生まれたといわれています。

福知山を背景に、舞台の花道から登場した踊り手たちの編み笠姿はなんとも優雅。背景は山から福知山城に変わります。舞台の様子は昼から夜に変わり、普段はなかなか見られない夜の姿も見ることができました。

この福知山音頭のキャッチコピーは「伝統ある日本一難しい盆踊り」。なんと振り付けは16もの手数があり、かなり複雑。2006年には脳の活性化や踊れるという達成感から認知症予防の効果があるという結果が出たそうです。そう聞くとちょっとやってみようかな…という気持ちになりますね。

福知山踊振興会による福知山踊りが、次に披露されるのは8月の「福知山ドッコイセまつり」。現地に行って健康長寿を願って一緒に踊ってみたいです。

夜空との福知山踊りのコラボがなんとも美しい

花街発祥「宮津おどり」財布が空になるほど楽しい踊りは3つの曲のマッシュアップ

日本三景の一つとして名高い場所「天橋立」。この天橋立からほど近い宮津にある新浜の花街では、北前船の船乗りや商人たちと芸妓たちが連日連夜にわたり賑やかな交流を繰り広げていました。江戸時代に花街で踊りはじめられたのが宮津おどりです。

日本三景「天橋立」をバックにお座敷舞の宮津おどりを披露

地唄の宮津節では「二度と行くまい丹後の宮津。縞の財布が空となる」と歌われ、祇園に次ぐ格式のあるお座敷だったそうです。

宮津おどりの曲は、①歌詞が10番以上ある「宮津節」、②武士らしい力強い振りが特徴の「宮津盆おどり松坂」、③賑やかなリズムの「あいやえおどり」など、3つの曲が組み合わさっています。元は10番もある曲ということは、夜通し楽しく歌い踊っていたのでしょう、当時の様子が垣間見える踊りです。毎年8月のお盆には、市民や観光客も一緒になってこの「宮津おどり」を踊るそうです。

お盆の燈籠流しの光景と宮津おどり

それぞれに魅力的な5つの団体による京都タイムスリップの旅もあっという間に終盤へ。
最後に出演者全員による総踊りがはじまります。

舞台を埋め尽くす演者さんたちに観客からは割れんばかりの拍手が送られます。今まで見たことのない素晴らしい舞台をありがとう!そんな気持ちで筆者も手を叩きました。

民俗芸能にデジタル演出で新たな「かがやき」を――京都府のねらいとは?

興奮冷めやらぬ中、この「京のかがやき」について京都府文化政策室の小泉さんにお話しをうかがいました。

――今回、民俗芸能に現代的な演出を施した公演を企画・開催した意図をお聞かせください。

小泉さん「通常でも魅力的である民俗芸能ですが、特に若い層の関心が少ないのが実情です。そこで新たな関係層を築こうと現代演出を加え、誰もが知る南座での公演を実施いたしました。

南座で実施することで、今回出演する団体や地元で、『自分たちの“芸能”は京都を代表する舞台である南座で披露できる素晴らしいものなんだ』と芸能の魅力を再認識してもらい、また地元の若い方には南座に立つことをきっかけとして後継者育成にも繋がればと思い、今回の公演の実施に行きつきました」

――歴史と絡ませたストーリー仕立てにするのがとても斬新です。この着想を得たきっかけをお聞かせください。

小泉さん「府内にある民俗芸能を多くの方に知ってもらうためには、歴史的背景や地域の雰囲気などを理解してもらうことが“必要”であると考えたため、観衆の方に深く聞いてもらう手段として、歴史“旅”をテーマに一つの線につながったストーリーにしました。

また、今回ターゲットに観光客も視野に入れていたため、市内だけではなく府内全域にも京都の魅力があることを民俗芸能を通じて知ってもらい、そして実際に地域で行われる『お祭りや民俗芸能』に足を運んでもらい、その地域のファンになってもらいたいと考えたからです」

筆者も確かに現地に見に行きたいなと感じました。それぞれの地域のレジャーや食事も楽しんでみたい!民俗芸能から地域を知るきっかけになる舞台でした。

――いわば庶民の芸能である民俗芸能を、伝統文化・芸術として評価される「歌舞伎」の殿堂・南座で開催することにも何か思い入れがあるのでしょうか。

小泉さん「これまで歌舞伎などの古典芸能と比べると、民俗芸能は少し魅力がないように思われていました。しかし伝統文化・芸術の“聖地”とされる南座で京のかがやきを開催することで、民俗芸能も負けていないことや、実際にステージに立ってもらうことで、観衆や保存会の方にもPRをしたいと、今回“南座”を会場に選定いたしました。」

――スペシャルナビゲーター役に佐々木蔵之介さんを起用した理由をお教えください。

小泉さん「佐々木蔵之介さんは京都の観光大使を務められ、また京都の文化活動の普及に積極的な活動をされています。今回の舞台内容と蔵之介さんの活動内容がマッチしたため、依頼をさせていただきました。

また、京都を舞台にした大河ドラマ『光る君へ』に出演されており、今回の“歴史旅”のテーマを考えると、観衆の方に歴史ストーリーを伝える役は蔵之介さんしかいないと考えたためです」

蔵之介さんの心に染み入るナレーション、とっても嬉しいキャスティングで感激しました。

来年はいったいどんな民俗芸能が見られるのでしょうか。それぞれの地域の背景や歴史も知るきっかけになる「京のかがやき」。キラキラと地域に輝く民俗芸能の魅力を教えてくれる舞台の次回が楽しみでなりません。