世界経済フォーラム(WEF)が発表しているジェンダーギャップ指数の順位、2023年の日本は146カ国中125位、主要先進国(G7)の中で最下位となっている。特に、女性の経済参画の低さが際立っていて、雇用や収入の面で男女差が大きく開いているのが現状だ。

そのような状況を打破すべく、女性のリスキリングやキャリアチェンジを応援しているのが、女性のためのコーディングブートキャンプ「Ms.Engineer」。未経験から最短6カ月でエンジニアを目指せるオンラインプログラミングスクールだ。

今回は「女性にエンジニアという新キャリアを」を掲げて事業を行っているMs.Engineer株式会社 代表取締役 CEOのやまざきひとみさんに、スクールを始めたきっかけや、女性がキャリアアップを目指すうえで必要なスキルや心構え、そして女性起業家として大事にしていることについてインタビューを行った。

■女性エンジニアを増やし、目指すは社会課題の解決
――まずは、Ms.Engineer立ち上げの経緯についてお聞かせください。
【やまざきひとみ】Ms.Engineerはちょうど3年ほど前に「事業をやりたいな」と考えていたときに出てきたアイデアです。2020〜2021年くらいのコロナ禍真っ只中のころ、女性の失業率が男性よりも高いというニュースを見て大きなショックを受けました。日本は女性の就労環境があまりよくなく非正規雇用率も高いので、社会が不安定になると女性のほうから不安定な状況になってしまうことを痛感しました。

【やまざきひとみ】また、私のパートナーがエンジニアをしていてコロナ禍以降にリモートワークが解禁されたのですが、彼は以前以上に楽しそうに仕事をするようになり、かつ業務も増えて収入も上がりました。そのような姿を見ていて「この職種は女性に向いているのでは?」と感じました。そして、昨今のエンジニア不足の状況と女性の就労環境の悪さが矛盾していると思い、女性のエンジニア育成の事業を思いついたんです。

――ありがとうございます。次にMs.Engineerの具体的なサービス内容や特徴について教えてください。
【やまざきひとみ】Ms.Engineerは、日本唯一の女性向けコーディングキャンプを提供するサービスです。通常の日本のプログラミング教育とは異なり、欧米スタイルのハンズオンなアプローチを取り入れているのが特徴です。弊社では授業、演習、開発プロジェクトを通じて実践的でハードなプログラムを提供し、女性エンジニアの育成に取り組んでいます。

【やまざきひとみ】Ms.Engineerを始める人の9割は全くのプログラミング未経験者なのですが、未経験エンジニアの中ではかなりレベルの高い人を輩出できています。卒業生の内定率も90%以上で、内定者の95%が事業会社に入社をしています。いわゆる経験者でも難関と言われるような企業に、未経験にも関わらず内定が決まるという事例が多く出ていますね。また、未経験転職にもかかわらず年収が100万円上がった方もいます。

――未経験からでも難関企業に入社できる実力がつくのはすごいですね。本当にレベルの高いプログラムなのだと思います。
【やまざきひとみ】そうですね。確かにレベルが高くて厳しいプログラムではあると思います。ただ、技術は一度集中して身につけてしまえば一生物ですが、中途半端に勉強すればするほどしんどくなってしまうので、半年間集中して戦えるレベルの技術を身につけられるのは費用対効果としてすごくいいのではないかと思います。「5年間勉強しろ!」とか「東大に行け!」とか言っているわけではないですからね。

【やまざきひとみ】やっぱり、社会に出て新しいスキルを身につけることは大事ですし、しかもニーズがあってお金を稼げるようなスキルを身につけるのであれば、短期集中でやり切ってしまうのがいいやり方のひとつだと思います。中途半端に空き時間で30分くらい勉強しようといったものよりかは、思い切ってやっちゃったほうがリスキリングの効果として本当に高いことを、事業を通して実感しています。

■Ms.Engineerを受講するメリットとは?
――今後、受講を考えたい人に向けて、Ms.Engineerのメリットについてお話をお聞かせください。
【やまざきひとみ】現代人はすごく忙しいので隙間時間に自分で勉強するとストレスのほうが高くなると思うんです。弊社のプログラムでも、ブートキャンプに入る前に事前学習として自分のペースで勉強する必要が1〜2カ月ほどあります。当然、実際の講座よりもこっちのほうが内容は簡単なのですが、私も勉強をしていて「自律学習は大変だな」とストレスになっていました。

【やまざきひとみ】とにかく毎日が忙しいので、勉強をしない理由が押し寄せてくるんです。子どもの世話や家事、仕事を優先しないといけない、とかですね。自律学習では勉強時間の確保に苦労しましたが、ブートキャンプは遅刻欠席が原則NGで、平日夜間コースだと、平日夜2日と土曜日の午前中、週の勉強時間が大体10時間ぐらいは確保されるプログラムになっているので、始まってしまえば楽なんですよね。

――確かに、サボる理由はどれだけでも出せますもんね。
【やまざきひとみ】そうなんです。リスキリングを成功させるコツは、とにかく学習時間を確保することにあると思っています。そのうえで、家事や仕事などのコストをできるだけかけないことがすごく重要ですので、始めてしまえばもう勉強せざるを得ない状況を作れるのが大きなメリットですね。人生の中の半年という学習時間を確保しやすいプログラムであることはすごく推せるポイントかなと思います。

【やまざきひとみ】また、キャンプが始まってしまえば卒業率は100%になります。やっぱり、頑張る仲間と一緒に学習するとか、毎回出欠を取るといったプレッシャーがあるとか、そういった状況になると続けやすいのだと思います。授業もインタラクティブ性を重視しているので、何度も当てられたりしますしね。自律学習は挫折率が高いと世界的にも証明されているのですが、弊社の場合は挫折率が低いということが自慢です。

――適度なプレッシャー状態を保ったまま学習できるのはいいですね。
【やまざきひとみ】そうですね。あと、学ぶ言語自体も一般的なプログラミングスクールだと1言語ベースとして学ぶことが多いのですが、うちの場合は多言語開発といって言語がいろいろあるんです。入社する会社によって書く言語が違ったり、そもそもプログラミング言語は流行があって進化したりするのですが、どのような言語でも書けるようになることをプログラムの目標にしています。ですので、多言語が書けるレベルに到達できるのも一般的なスクールとの大きな違いですね。

【やまざきひとみ】また、プログラムの半分は授業と演習、レクチャーなのですが、もう半分は開発プロジェクトとしてチームを組んでずっと開発を行うので、かなり実践に近い経験ができるところもほかとの大きな違いだと思います。プログラミング教育だけというより、仕事に近い環境でエンジニアを養成することを意識しているので、答えを手取り足取り教えてあげるというよりはコーチング形式での教育に力を入れています。そのため、質問してもヒントだけが返ってくるなど、基本的に問いの立て方が問われる形で教えています。

――プログラミングのスキルと仕事の素養が一緒に鍛えられていくのですね。
【やまざきひとみ】そうですね。卒業生の方がよく言われるのは「技術以上に学ぶことがある」ということですね。チーム開発するスキルや問いの立て方、問題解決の方法といったソフトなスキルが身についていて、エンジニアとして現場に入ったときに使える人材だということを逆算して身につけなければいけない、そのような能力を定義してスクールを運営しています。

――参加者の年齢層、属性などについても教えていただけますか?
【やまざきひとみ】実はあまり偏りがなくて、いわゆる普通の女性という方がほとんどです。地域としては北海道から沖縄まで生徒さんがいるのですが、これまでの働いてきたキャリアに不安を持っている方が多いですね。年代で言えば中央値で言うと30代前半くらいですが、50代の方や学生の方もいます。生徒さんの多くは非常に真面目で堅実な方ばかりなので、外部から来られた方はすごくびっくりされますね。

■スキルアップで重要なのは、短期集中の自己投資
――女性がキャリア形成をしていくためのプラスアルファのスキルを獲得するうえで、どのような心がけが大事だと思いますか?
【やまざきひとみ】Ms.Engineerの生徒さんに関して言えば、未経験エンジニアという土俵はみなさん変わりません。ですので、弊社のプログラムを通してハードシングスを自分で設定し、短期間でそれを乗り越えるといった経験をできること自体が、採用する側の企業からするとバリューになると思っています。ただ専門知識があるだけなのと、実際に問題解決をしてきたのでは大きな違いですからね。

【やまざきひとみ】リスキリングは座学で何時間か勉強すればスキルが身につくものではありません。ですが、本気で取り組めば一度の転職で年収が100万円上がることもあります。生涯年収でいえば何倍ものレバレッジがかかっているので、すごく効率的な自己投資なんですよね。おそらく新NISAを始めるよりも合理的かつ効果的だと思います。そして、日々の働く楽しさみたいなものも得られるので、短期間でハードに自己投資できる環境を作り出すことが大事だと考えています。

【やまざきひとみ】一歩を踏み出すのは難しいことではあるのですが、とにかく自分の意思で決めることが大事だということを、さまざまな方と話していて痛感しています。決意が固まれば早いですし、最後まで進む方が多いのですが、受講するかどうかを決めるまでに1年という時間がかかる方もいらっしゃいます。

――自律型の学習は決めるのも簡単だし、撤退もすぐできてしまいますものね。
【やまざきひとみ】そうなんです。日々決断の連続なので、やめる理由を作るのも簡単なんです。ところが、他人との約束にしてしまえば守る人がすごく多い。もちろん、学習自体についていけなくてしんどくなるといったことは誰にでも起こり得るので、メンタリングの体制などもしっかりと作っています。そのあたりも仕組みで解決している部分が大きいですね。

――これからテクノロジー系のスキルを身につけたいと考えている人に、アドバイスがあれば教えてください。
【やまざきひとみ】いままでエンジニアは特別な人がなるものだから「自分とは関係ない」と考えていた人も多いと思います。ですが、現在は昔よりも技術が進歩してリスキリングのコスト自体が下がってきています。ですので、理系でゼロから理解している人がする仕事というよりは、むしろ技術をどうつかってプロダクトを活かしていくかが重要になっています。昔みたいに特別な人だけがなる職種ではなくなってきていますね。

【やまざきひとみ】ただ、ある程度以上の技術を身につけることはすごく重要です。感覚で理解してできる世界ではないので、理論的に理解して活用していけるようになることが大事です。もっとも、その勉強自体もバリバリ理系の人じゃないとできないということはありません。最近では生成AIが急激に進化していますし、リスキリングの環境も劇的に変化しています。たとえば、どこかでミスをしていたとき、AIに聞いたら一瞬で解決できますからね。

――生成AIのおかげで、誰でも学習しやすい環境が整いつつあることは追い風ですね。
【やまざきひとみ】誰でもきちんと勉強すればエンジニアになれる、そんな世界になっているのはすごいことだと思います。ですので、特別な人じゃなくてもエンジニアになれるんだということを証明していくことが事業のテーマでもあります。最初は「自分にはムリ」というイメージを持たれる方も多いのですが、一度挑戦すると楽しいですし、やりがいも感じていただけています。だからこそ、もっといろいろな人に可能性があることを伝えていきたいですね。

【やまざきひとみ】エンジニアって「理系じゃないと向いていないんじゃないか」という先入観があると思うのですが、むしろものづくりが好きな人やコミュニケーションを円滑にできる人が向いていたりするんですよね。数学が得意な人が向いているというより、数学みたいなものを簡単に処理するための技術でもあるので、事務作業を効率的に処理しようと工夫する人とか、マクロを組むのが上手という人のほうが、実は相性がよかったりするのがおもしろいところです。

■女性エンジニアを増やして、日本をよりよい国に
――これからキャリアを築いていきたいという女性に向けて、メッセージやアドバイスがあればお聞かせください。
【やまざきひとみ】今後の日本社会では、労働人口の減少で誰もが働き続けなければいけない運命のなか、社会の仕組み的に女性が働くことに幸せを感じられるようになるためには、もう少し時間がかかると思っています。そのような状況ですが、日本にはジェンダーや格差の壁をぶち破る手段がまだ残されていて、そのうちの手段のひとつがエンジニアだと私は考えています。

【やまざきひとみ】私の場合はスタートアップに在籍したり、起業したりという手段を取りました。最近のスタートアップでは女性起業家がすごく多くて、事業の話を聞いてくれる投資家や仕事に協力してくれる人もたくさんいるという状況です。ですので、自分を必要としてくれる環境や成長環境に身を置くといったことを意識して、自分の才能をさらに開花させることを目指していくことがキャリアアップのためには大事だと思います。

【やまざきひとみ】あと、事業をしていて感じるのは、女性が自分自身の評価や市場価値を適切に計測できていないことですね。インポスター症候群と呼ばれる、自分の成功や成果を過小評価するという傾向は統計的にも女性のほうが多いと言われていて、自分の設定年収を3割低く設定するというデータもあります。ですが、それは多くの人がかかっているインポスター症候群かもしれないということを知るだけで、設定価値やできることの幅、可能性を広げることができると思います。そうした“呪い”を解いてあげることも意識しています。

――やまざきさんが仕事において大切にしていること、リーダーとして大切にしていることを教えてください?
【やまざきひとみ】仕事においては、「精力の節約」を重視しています。ウィンストン・チャーチルの名言に「精力の節約だ。座っていられるのなら、決して立たない。横になっていられるのなら、決して座らない」という言葉があります。座ってできる仕事は座ってする、寝ていてできる仕事は寝てするという私なりの解釈で、これをすごく大事にしています。10年ほど前にサイバーエージェントにいたころは、女性である私が男性と体力勝負をすると負けてしまうので、勝つために「資本を節約する」ということを意識して効率的に仕事をすることを覚えました。

【やまざきひとみ】会社員時代には“みんなが残っているから残業する”とか“仕事がないのにパソコンで何かしている”といった仕事をしているフリを徹底的に排除して、居心地のいい場所で仕事をしたり、さっさと帰ったりしていました。このような経験を踏まえ、リーダーとして働きやすい環境づくりをしていて、フルリモート週休3日制を導入したりしています。社員みんなが役割をきちんと果たしてパフォーマンスを最大にしてくれるなら、出社する必要がないと考えているのです。無駄なことにコストを使わないことを重要視していますね。

――すごくいいお話を聞かせていただきありがとうございます。最後に、Ms.Engineerの今後の野望について教えてください。
【やまざきひとみ】Ms.Engineerの野望としては、“日本のノリを変える”ことを掲げています。実は女性のエンジニアを輩出することはすごく合理的な選択肢のひとつなんですよ。というのも、たとえば女性管理職の比率を増やすとなった際、管理職の席数が決まっているので席の取り合いになり、男女の対立構造、コンフリクトが生まれる要因となります。ですが、エンジニアはそもそも足りていないので、女性エンジニアが増えても男性の雇用に影響がないんです。

【やまざきひとみ】女性の技術力が上がれば日本の技術力推進も目指せますし、労働人口の約半分が安定的な収入を得て幸せになれます。男女同士の雇用やポストの取り合いといった対立構造があるなかで女性活躍を目指していかなければいけないという矛盾を、合理的に解決できる唯一の手段だと思っています。ですので、技術力の高い女性エンジニアが増えて社会で活躍することによって、日本のノリが変わるのではないかと考えています。

――“日本のノリを変える”、素敵な言葉ですね。では、やまざきさん自身の野望についても教えていただけますか?
【やまざきひとみ】私自身はバリキャリなイメージで見られることが多いのですが、女子校・女子大出身ですし、特別学歴が高いというわけでもありません。どちらかというと“雑草出身”です。格差の固定が進みつつある現代社会ですが、それでも女性が起業して一定の成功を収めることのできる日本は、まだまだ特別な人でなくても挑戦できるようなグラデーションがあると思っています。

【やまざきひとみ】私はけっこう楽観主義者でして(笑)。日本っていい国だし、もっともっとよくしていけるだろうと思っているんです。それを個人として証明していける存在になることができればいいなと思います。成功哲学を語るには、まだ道半ばどころか道0.2歩くらいの感じなんですけど(笑)、人生を振り返たときに「普通の人でもいろいろな乗り越え方があるよ」といった成功哲学を語れるくらいの登り方をしたいですね。

この記事のひときわ#やくにたつ
・社会の矛盾解決にビジネスチャンスが眠っている
・リスキリングで大切なのは短期間集中の学習
・勝つために「資本を節約する」

取材=浅野祐介、文=福井求、撮影=藤巻祐介