ニートのように実家暮らしをする元エリート会社員の優子。65歳の父親が再婚相手として連れてきたのは、20歳の女の子だった……。兵庫県尼崎を舞台にした映画『あまろっく』で主演を務める江口のりこさん。父親役の笑福亭鶴瓶さんのこと、ご自身の家族について、そして俳優としてのいまの心境を聞きました。

目の前にいる鶴瓶さんとのやり取りをしっかりと大事に、楽しんで

いつでも飄々としているようで、時折見せるチャーミングな笑顔に引き込まれる……。不思議な魅力を放つ江口のりこさん。最新主演作の『あまろっく』では元エリート会社員の女性・優子を演じます。

「尼崎に住む家族の話で、実際にそこで暮らすようにしながら街を撮るとお聞きして、お芝居でもちゃんと日常を描かないといけない、そんな思いがありました。でも台本にはそうしたリアルさとはかけ離れた、ファンタジーのような要素もあって。それをどう演じるかは、わかりやすいお話であるぶん、更に難しくなります。現実はそんなに‟わかりやすいもの”ではないですから」

優子の父、竜太郎には笑福亭鶴瓶さん。能天気に遊び暮らしているようで、なぜか周囲からは好かれていて信頼も厚い町工場の社長。そんな竜太郎を、人懐こい笑顔で、すべてアドリブなのでは!? と思わせるナチュラルさで演じています。実際のところ、鶴瓶さんはアドリブが多いそうで、共演者にとっては緊張感もあるのでは……?

「鶴瓶さんは現場で、その日にセリフを覚えていらっしゃいました。そしてお芝居をすると、リハーサルとは違うことを言うときもあって、それが面白い。こちらも台本に書かれたセリフを言うのは前提ですが、目の前にいる鶴瓶さんとのやり取りをしっかりと大事に、楽しんでやろう!という気持ちになりましたね。お芝居って本来そうあるべきでしょうし、そうしたやりとりが、余計にリアルに見えるのかもしれないですね」

優子は理不尽なリストラで失職して実家に戻り、ニートのような生活に。ところがある日、父親が突然に再婚を宣言。結婚相手として連れてきたのが20歳の早希。演じるのは中条あやみさんです。

「たとえば早紀が優子に向ける眼差しだったり優しさ。それに対して私自身が抱く感情をそのまま出していけば、お芝居が進んでいくんじゃないか。演じながら、そんな思いがありました。鶴瓶さんや中条さんと一緒にお芝居をしながら、優子という役を見つけていった感じがします」。

俳優は、チームで動く仕事

鶴瓶さん演じる竜太郎は頼りになるのかならないのかよくわからない、でもどこか憎めないかわいらしさのあるお父さん。「人生に起きることはなんでも楽しまな」というのが口癖です。「そうできたらいいなと思いますけれども、なかなか難しいですよね」と江口さん。ではご自身のお父様、家族は、どんな人だったのでしょう? 両親、ふたりの兄、双子の姉、妹の7人家族という大所帯で、「会話が多い家庭で、いつもみんなしゃべってました(笑)」と振り返ります。

「父は人に使われるのが苦手で、仕事に就いてもすぐに辞めちゃうような性格でしたが、もちろんそれでいいと思っているわけではなくて。子どもたちを食べさせていかなきゃいけないので、いつでも心のなかに葛藤があるようでした。私はもう、そんな父が大好きで」

そんな江口さんですが、中学を卒業して19歳のときに、現在も所属する劇団(劇団東京乾電池)のオーディションを受け、研究生に合格しました。

「小学校3〜4年生のころに転校したのですが、それ以前に住んでいた街がすごく好きで。引っ越してきたとき、なんでここに住むの!? と思ってしまって。友だちには恵まれたんですけど、義務教育が終わる中学を卒業したら街を出よう! と小学校高学年のときに既に決めていました」

20代になったときには「自分を大事にすること。やりたいことをやる、それだけです」と語っていたとか。

「‟やりたいことをやる”なんて20代らしいなと思いますけど、根本はいまでも変わらないかもしれません。今の私だと、やりたいことって……って考えてしまいます。俳優というのは、オファーをいただかないと、俳優です!なんて言えません。お話をいただけなければ職業もなにもない、無職です。そのなかでやはり、チームで動く仕事でもあって。みんなでつくっていることを忘れないように。こうしたインタビューの場でも、責任がありますからね。なんでもかんでも言いたいことを言うんじゃないぞ!と自分に自分で言い聞かせています(笑)」

この映画が完成し、改めてそんなことを考えたという江口さん。

「自分が出演した映画やドラマってなかなか冷静には観ることができなくて……。でも登場する俳優さんの誰もがチャーミングに映っていて、映画って本当に、ひとりひとりの力でつくるものなのだなあって思ったんですよね」

放っておいたら、時間は勝手に流れる

言葉に嘘がない。自分の言葉で話しているときもどんな役を演じていても、そんなことを自然と信じさせてくれるような江口さん。特別、無理をしているようには見えないのに、どうしてそんなことが可能なのでしょう?

「いや〜、めちゃくちゃ無理してますよ。こうして取材を受けている今日も一日、全部無理してます(笑)。初対面の人とこうして1対1で話すなんて、考えてみれば変な話ですよね。でも嫌だ!と言っても仕事ですから、それはやるというだけのことで。ただ、周りの人に恵まれているなって思うんです。たとえば、私は劇団の座長である柄本明さんからお芝居を教えていただいたのですが、その柄本さんは今も現役バリバリ。私なんかが、疲れたとかしんどいなんて言ってる場合じゃないでしょう!と。そう思わせてもらえることもラッキーなことだなと思うんです」

現在40代の江口さん。この先、50代に向けてどう見据えているのでしょうか。

「フットワーク軽くあっちこっち、遠くへ遊びに行きたいです。『ソロ活女子のススメ』みたい? 本当にそう。仕事から離れた時間をたくさん持ち、それでいて仕事でも楽しいことを増やしていけたら。ちょっと休みたい……と思っているだけかもしれないですけど(笑)」

確かにここ数年は映画にドラマに舞台に、出演作が途切れることがありません。

「仕事はもちろん好きですが、それ以外にも好きなことをする時間が欲しい。ずっとそう思っていましたが、お仕事をいただくと、やっぱりやっちゃうわけです。そんなこんなで何年も月日が流れて。そうか、来年で44歳か!と。放っておいたら、時間って勝手に流れるんだってことに気づきました 。それで、ちょっと止めていい? ストップ!と一回時間を止めて(笑)」

行きたい場所は、『ソロ活女子のススメ』のような近場の温泉でのんびり、ということではないそうで……。

「もっと遠いところ、海外です。場所はもう、自分のなかでは決まっています。行ったことのない、その街への憧れがあって。ただただ街を見ておいしいものを食べたりしたいんですよね」

一方、俳優としては、「いい演出家、いい監督と出会いたい」という思いが強いと言います。

「演じるのは私ですけれど、私だけの力はなんてことない。自分で掘り下げるのは限界がありますし、自分だけで考えてやっていることって面白くもなんともなくて。誰かに導いていただくことで、自分でも知らなかったやり方を見つけることができたりする。それは楽しいです。いい演出家、監督はこういう人、と言葉で説明するのは難しいのですが、そういう方と出会うことができたら。それは俳優として、とても幸せなことだと思っているんですよね」。

PROFILE:
1980年生まれ、兵庫県出身。2002年に三池崇史監督の『桃源郷の人々』で映画デビュー。2004年タナダユキ監督の『月とチェリー』で映画初主演。最近の主な出演作に、映画『事故物件 怖い間取り』『ツユクサ』『波紋』『アンダーカレント』、ドラマ『ソロ活女子のススメ』シリーズほか、『テレビ報道記者〜ニュースをつないだ女たち』『万博の太陽』など。『もしも徳川家康が総理大臣になったら』(7月26日公開)、『愛に乱暴』(8月公開)などの映画が公開待機中。


江口のりこさん、中条あやみさんW主演
映画『あまろっく』

理不尽なリストラで失職、故郷の兵庫県尼崎市に戻った、39歳の近松優子。ある日、町工場を営む能天気な父の竜太郎が、再婚相手として20歳の早希を連れてくる――。笑いと涙のご実家コメディ。
●監督・原案・企画:中村和宏 
●出演:江口のりこ 中条あやみ / 笑福亭鶴瓶
松尾諭 中村ゆり 中林大樹 駿河太郎 高畑淳子(特別出演) 佐川満男 ほか
● 配給:ハピネットファントム・スタジオ
●4月12日〜兵庫県先行、4月19日〜新宿ピカデリーほか全国公開
©2024 映画「あまろっく」製作委員会

撮影/白井裕介 スタイリスト/清水奈緒美 ヘアメイク/ 廣瀬瑠美 取材・文/浅見祥子
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