先日、大阪で喫茶店を巡る番組のロケをした時、あるおじいさんがマスターを務める喫茶店に大きなスーツケース片手に20代前半の青年が入ってきた。「あーうちの孫や。来たんねー」とうれしそうなおじいさん。どうやら青年はマスターのお孫さん。この4月から東京の会社に就職、喫茶店の取材日と上京日が重なったようで、おじいさんへのお別れのあいさつに少し立ち寄ったのだ。

ほんの少しの時間だったが、孫の門出に立ち会えたマスターの誇らしげな目は、「新幹線の時間だから」と青年が店をあとにする頃には、すっかりうら寂しげに変わっていた。当の青年の目はマスターの目の変化に気づくこともないくらいにギラギラとしていて、自分の興奮と向き合うのに精いっぱいという感じだった。人生で1度しかすることのない、あの何とも言えない若者の目を見られて、なんだか得した気分だ。

僕が目をギラつかせながら兵庫県姫路市から上京したのは2012年4月。とにかく親から独立して一人前になりたくて上京。本当に一人で食べていけるのか、行政の手続きを自分でできるのか、あらゆることが不安だったけれど、気がついたらもう12年もの間一人暮らしをしているベテランだ。今ではむしろ、家族と生活することのほうが難しいくらい。

上京していく青年を見て、上京したての自分を思い出していると、何だか12年前の自分に一人暮らしを快適にするためのアドバイスをしたくなってきた。総務省の発表によると、地方から東京圏(東京都、神奈川県、千葉県、埼玉県)への人口流出は、15~29歳の若者で年間約10万人規模。基本的に“自分の場合は”という前提ではあるが、もしも今年の10万人の誰かの参考になれば幸いだ。

まずしたいアドバイスが「実家で使っていた必需品だからって、一人暮らしでも必需品とは限らない!」ということだ。実家にいた感覚で「当たり前に必要だろ」と思って不要なものを買ってしまうのだ。僕の場合、絶対いるだろうと思って買って捨てたものは以下の通り。

〈1〉掃除機
最近はハンディータイプの扱いやすいものも多いが、狭い一人暮らしの部屋には不向き。そもそも朝起きて急いで支度して出かけ、夜に帰るような生活パターンになるので、大きな音の出る掃除機は使えない。人の出入りの多い実家と違って掃除も毎日する必要がなく、週に1回くらい気づいた時にクイックルワイパーしておくだけで十分。掃除機が必要なカーペットも一人暮らしには不向きだ。どうしても欲しい場合はミニカーペットにしてコロコロの粘着クリーナーで掃除すべし。

〈2〉炊飯器
お米を研がない、炊かない、洗い物を増やさない。コメ1合で2人前、毎回半合だけ炊くのはもったいないし、一度に多めに炊いて冷凍保存なんて面倒なことは続かない。一人暮らしのお米は、「サトウのごはん」などの電子レンジで調理するタイプ一択。この12年で炊飯器は2回しか使わなかった。

〈3〉ゴミ箱
プラスチック用と可燃用が分かれた立派なゴミ箱を買ったが、ゴミ袋の入れ替えが面倒なのと臭いが籠もるのが気になって処分。一人暮らしは、実家の個人部屋と比べ物にならないぐらいゴミが出るので、毎日袋の入れ替え作業が発生する。いつでもゴミを出せる集積場があるなら、ゴミ袋を床にじか置きし、毎朝出かける時に結んでゴミ出し。おしゃれより利便性と衛生面を重視。

〈4〉アイロンとアイロン台
実家ではアイロン台は出しっぱなしでいつでも使えるようになっていたが、ワンルームマンションでは使うたびに出し入れするのが面倒。狭い部屋で服を広げてまともにアイロンなんてできないと気づいて処分。シワ取りスプレーなどで十分。気合いを入れる日のために、ハンガーに吊るしたまま使えるミニスチームアイロンもあるがほとんど使っていない。

〈5〉電気ポット
毎日何杯も紅茶やコーヒーを飲み、インスタントのスープもよく飲むので、実家では電気ポットのヘビーユーザーだった。なので、深く考えず当然のように購入した。ただ、東京はそこかしこにコーヒーを買える店があるので、外出先で飲むような生活スタイルに変化。ポット内の衛生状態も気になり処分。一人暮らしは電気ケトルで十分。

〈6〉食器類
一人暮らしをするとなったら、調理器具や食器を一式そろえるイメージはどこで植え付けられたのだろう。引っ越してすぐにIKEAで一通りそろえたが、後悔している。なぜなら食器やコップ類は嫌でも増えていくものだからだ。誰かにお土産でもらったり、結婚式の引き出物にもらったり、今ではコップは15個くらいある。そもそも一人暮らしで一番苦痛なのは皿洗い。このつらさに気づいてからは紙皿と割り箸を常備。総菜類はもちろん容器のまま食べるし、飲み物もペットボトル。食べ終わったら全部ゴミ袋へ。一人暮らしはノン洗い物生活に限る。

〈7〉パソコン用のデスク
限りある空間のワンルームマンションでなぜデスクを置こうと思ったのか、今思うと不思議。パソコンや細かな作業は、ソファとかその辺でごろっとしながらでもできる。無駄にイスを置くスペースも必要になる。

「困らないようにそろえる」感覚を「困ったら買う」の感覚にしておくのが大事だろう。20代前半の懐事情にとっては大きな出費だったと思う。無駄な出費シリーズで言えばもう1つのパターン「謎のおしゃれ生活に憧れる」もある。僕の場合は以下のようなものだ。

〈8〉ウォーターサーバー
営業が来たり、やたらとチラシが入ったり、場合によってはSNSの広告で目にしたりするあれだ。田舎者からするとあれが家にあるなんて、おしゃれそのもの。「レンタル料無料」とか「災害時も安心」といったうたい文句に乗せられて、月に5000円程度でおいしいお水を飲めるならと導入したことがある。いつでも冷水も温水も出て快適だが、よく考えたら高い。それに定期的に届く水が飲み切れず、うっかりスキップし忘れると狭い部屋に大量の水のストックが。サーバーの中の衛生面も気になり撤去。おしゃれが楽しいのは最初の2か月だけ。今は通販でペットボトルの水を買っている。

〈9〉ダンベル
YouTubeで芸能人のモーニングルーチン動画を見ていると、自分も筋トレしたりヨガマット敷いて健康的でスマートな朝を迎えたいと思う時期が必ず来るが、あれは多分うそだ。気合を入れて買えば買うほど邪魔になる。必ず、絶対にだ! だいたい、家は休むところで、運動するところじゃない。

〈10〉超音波式加湿器
おしゃれな加湿器を置いてアロマオイルでも垂らして、モクモクと蒸気が上がるアレ。憧れるのは分かる。だが、よく家電屋さんで売っているおしゃれなのは「超音波式」と言って水道水を霧状にして噴出するタイプ。熱で蒸発するわけではないので、部屋中にカルキが飛んで壁が白くなるし、加湿器の中もカルキがすぐ石灰化してお手入れが嫌になる。とはいえ、部屋の乾燥は風邪予防の大敵。一人暮らしは洗濯物の部屋干しで十分湿度が上がるのでおすすめ。

〈11〉ベランダのイスやスリッパ
時々外の空気を吸うのにベランダにイスを置いてみたり、ベランダ用のスリッパを置いてみたり、なんていうのは浅はかな考えだ。ベランダで外の空気なんか吸わない! ベランダのイスやスリッパはすぐに汚れてボロボロになるので見るのも嫌になる。今の僕のベランダは盆栽置き場と観葉植物の水やり場だ。それだけだ。

〈12〉ソファベッド
部屋を少しでも広くするためにベッドを置かず、ベッドにもソファにも変わるソファベッドを導入したことがある。開いたり畳んだりするのが面倒で結局ずっとソファのまま使用。ソファのまま寝ていたので、睡眠の質は下がるわ、腰は痛めるわ、で最悪だった。

こうしてみると随分いらないものばかり買ってきたなと思う。もっと細かなものを言い出せばキリがないが、生活の失敗や知恵について、もう少しだけ言いたい。

「洗濯機の説明書はちゃんと読んでおけ!」
柔軟剤というのは後から入れないと意味がないんだ、柔軟剤入れに入れなきゃ意味がないんだと知ったのは一人暮らし5年目。それまではドラム式洗濯機に服を入れて、洗剤と柔軟剤を一緒に入れていた。5年分の柔軟剤は無駄になっていた。

「ファブリーズをどこにでも振りかけるな!」
友達が家に来る時や気分をリフレッシュさせたい時など、部屋中隅から隅までファブリーズを振りかけていたが、あれは基本布にかけるものだ。そうとは知らず、布用のファブリーズを部屋中にかけて床はベタベタにするわ、挙げ句の果てにエアコンからもいい香りをさせようと運転中のエアコンに向けてかけて壊すわ、えらい目にあったことがある。何事も使い方を確認するべきだ。

「電気代を節約するな!」
もちろん、電力会社が節電を呼びかけている時は、できる限り協力する必要がある。だが、単純に生活費を抑えるための節電は、生活の質を大きく落とす。やっぱり部屋では薄着でいる方がリラックスできるから暖房は付けておくべきだし、ジメジメした季節は浴室乾燥で洗濯物をきっちり乾かさないと服をダメにする。一軒家で節電するのに比べ、ワンルームマンションで節電によって浮くお金は微々たるものなのでハッキリ言って無駄。電気くらいストレスなく使えるのは一人暮らしの特権。

そして、20代の自分に一番言いたいのはこれだ。

「最初のマンションは2年更新のタイミングで引っ越せ!」

というのも、僕は上京して初めて住んだ家賃5万円のマンションに8年も居続けてしまったのだ。単純に引っ越すのが面倒だったのだが、今となっては一番後悔していることだ。引っ越しなんて体力があって、一人暮らししている若い時ほどしやすいことはない。住む場所が変われば気分も変わり、新しい街を知ることで話題が増え、新たな出会いもある。

家賃が上がれば収入が上がるっていう都市伝説も僕は本当なのではないかと身をもって感じている。今住んでいるところは当時と比べられないくらい賃料が上がったが、次はもっと高いところに引っ越そうと思えている今の自分が誇らしいくらいだ。

いずれにしても、失敗を積み重ねてひとりで知恵をつけながら生きている自分を、この機会に褒めようと思う。(タレント 小原ブラス)