子供の頃の記憶をたどって懐かしい故郷を訪れた主人公のアダムが、まるでタイムスリップしたかのように、死別した両親との再会を果たす‥‥。2023年11月末に惜しくも逝去した山田太一の長編小説「異人たちとの夏」を原作とし、アンドリュー・ヘイ監督が再映画化した『異人たち』が4月19日(金)に公開された。

本作は、英国インディペンデント映画賞で作品賞をはじめとする最多7冠に輝き、第77回英国アカデミー賞や第81回ゴールデングローブ賞においても数多くの賞を受賞。そして、本国イギリスでは、初登場2位。その後も4週連続トップ10を維持するスマッシュヒット作となった。

本作の特別スポット映像のナレーションを務め、「素晴らしい作品に出会ったなと。もう涙で目がいっぱいで。映画観終わったあと、泣いちゃって喋れませんでした」と語るタレントのLiLiCoさんによる、『異人たち』への熱い想いをコラムでお届けします。

わたしは空が好きだ

出掛けるときに必ず見上げる。今日の空のご機嫌はいかが?と。その理由は小さいときから大人たちに”亡くなった人はみんな星になって空から見守ってくれてるのよ”と言われたからだと思う。だから、大切な人を亡くした方にはつい、星になってあなたをいつも見てるよ、とわたしは言ってしまう。

アンドリュー・ヘイ監督が再映画化した映画『異人たち』。本作の大きなテーマのひとつが空だとわたしは考えている。空の向こう側には無限に広がる宇宙もあって、その果てがどうなってるのか、ほかに命はあるのか、誰にもわからない。だからこそミステリアスでちょっと怖くて、でも可能性に満ちている。

劇中では何度も空が綺麗に映し出されている。それに目を向けるかどうかでこの映画の感動のポイントも変化する。ふたりの主人公たちがとてもミステリアスなのでどうしてもそこに目が行ってしまうけれど、彼らを様々なシチュエーションのなかでいつも包み込んでくれるのは美しい空。もちろん、それ以外にもいろんなところに伏線が散りばめられていて、何度も観たくなる興味深い作りになっている。そして観る度に違うところで感情が動くことに気づく。

冒頭は静か

マンションにいるアダムはひとりだからもちろん静かで、とても悲しい目をしてる。脚本家としてスランプに陥っている。説明もない、彼の心の声を表すナレーションも一切ない。彼のお部屋の中での行動でどんな人なのか、読み取れるのだ。そこに突然同じ建物の別の階に住んでいるハリーが尋ねて来る。初対面でふたりの間に流れる目に見えない力を感じ、これからこのふたりは恋に落ちるだけではなく、永遠に忘れることのない何かがゆっくり爆発するのだろうとこのシーンから感じとれる。

静かな場面がつづくのにたくさんの感情が大きな音を立てて飛び交う。何かを抱えながら生きて来たのは間違いない。彼らは一体どんな人物かを早く知りたくなる。お母さん、お父さんというワードが登場するが、正直言って最初は物語をいまいち理解出来なかった。わたしは何かを見逃してしまったのかと少しだけ迷った。このシチュエーションはどういう意味か、と。

たわいも無い話で微笑み合い、そして少しディープな話になると両親の心配や理解してもらえないこともある。学校でいじめられていたとアダムが素直に話したときに、お父さんが “俺も同じクラスだったらきっといじめてた” と言ったときにわたしの心臓がギュッと縮んだ感覚になった。人の醜い感情もそのままに。いじめられていたことを言ってくれれば守ってあげたのに、でもなく、相談にのってあげたのに、でもなく、お父さんの性格がもろストレートに現れる大切な場面です。そして大人だからこそ父親に話せたこともなんだか悲しい。

でも後に父親が放つ言葉。大人になったアダムに会えて更に好きになった‥‥この言葉の通り、わたしは大人になった自分を両親に誇りに思ってほしい。日頃はあまり考えない気持ちかもしれないけど、みんなどこかで思っているはず。失敗もいっぱいしましたけど、なんとかここまで来ましたよ、お父さんお母さん見てる?ってね。

素晴らしい選曲

『異人たち』は、登場人物が少なく、しっかりとひとりずつに目が行く。共感や理解ではなく、この人たちが存在していたことが大事。ラストシーンはいまも脳裏に焼き付いてます。やはりわたしが小さいときから言われていたことがここに来て証明されたとずっと緊張していた全身のわたしの筋肉が一瞬にして緩み、同時に今までも流れていた涙の量が増えた。涙腺崩壊。親に会いたい。親は子の”ありがとう”が聞きたい。そして子は親の”ごめんなさい”を聞きたい。これは全世界共通。子育ては難しい。同じ家族はいない。みんな違っていい。でもそんなことがわたしの中でくるくる回っていた。

そして感情というよりも、素晴らしい選択をしたなぁと思ったのは選曲。全てを大きく包み込んでくれるのは80年代のヒットチャートを賑わせたペット・ショップ・ボーイズ「ALWAYS ON MY MIND」とフランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドの「THE POWER OF LOVE」。わたしは当時からこの曲がすごく好きだった。ペット・ショップ・ボーイズの声も少し鼻に掛かった感じで独特、しかも優しい。40年前にあれだけ聞いてたはずなのに今回初めて歌詞の意味が心を突き刺さりました。劇中でクリスマスツリーを飾る両親が口ずさむこの曲があれからわたしの頭の中で繰り返し再生される。

音楽って不思議と自分がハッピーなときってメロディが響く。でも本当に心が開いたとき、感情が入り乱れ、人として成長したときに歌詞が響く。この『異人たち』のお陰でやっと歌詞の意味をわたしは静かに読み取り、そして今更ながら今作を見てから脳裏にこびりついている。

両親を亡くした方なら痛く感動するだろう。でももし健在であれば、今日からの接し方が少し変わるかもしれない。両親のあなたに対する本当の気持ちって聞いたことありますか?小っ恥ずかしい面もありますが、伝えたかったことを言わずにお別れをするより、大切に時間を感じながら生きていてほしい。人って時間がたくさんあると思っているけど、そんな大切な時間は突然ある日なんの前触れなく終わります。そんなとき後悔してもなにも変えられません。あの話をすれば良かったと誰もが思う。もちろん大切な友人に対しても。

どんなに近い関係でも、例え両親をどんなに介護してもお別れが来たらもっと何か出来たはずと思ってしまう。1本の映画から”人生の大切なもの”そして”家族愛”更に”お節介は命を救える”を教えていただけるのは幸せなこと。感じて生きてほしい。そうすると1日がもっと充実しますし、小さな幸せに気づきます。

自然と空を見上げる日が来るのです。

文 / LiLico

プロフィール LiLiCo(りりこ)

映画コメンテーター/タレント
1970年スウェーデン・ストックホルム生まれ。18歳で来日、1989年から芸能活動スタート。TBS「王様のブランチ」に映画コメンテーターとして出演、J-WAVE「ALL GOOD FRIDAY」など出演番組も多数。アニメ「サウスパーク」日本語吹き替え版では声優としてカートマン役を担当、ほかナレーション、俳優などマルチに活躍。ファッションにも意欲的に取り組み、服やジュエリーのデザイン、プロデュースも手掛ける。

作品情報 映画『異人たち』

ロンドンのタワーマンションで暮らすアダムは、12歳の時に交通事故で両親を亡くした40代の脚本家。それ以来、孤独な人生を歩んできた彼は、在りし日の両親の思い出に基づく脚本に取り組んでいる。そして幼少期を過ごした郊外の家を訪ねると、そこには30年前に他界した父と母が当時のままの姿で住んでいた。その後、アダムは足繁く実家に通って心満たされるひとときに浸る一方、同じマンションの住人である謎めいた青年ハリーと恋に落ちていく。しかし、その夢のような愛おしい日々は永遠には続かなかった‥‥。

監督:アンドリュー・ヘイ

原作:「異人たちとの夏」山田太一著(新潮社刊)

出演:アンドリュー・スコット、ポール・メスカル、ジェイミー・ベル、クレア・フォイ

配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン 

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