中国が「世界の工場」の座に就いて久しいが、この表現はもはや相応しくない。工場といえば外部で用意された設計図に従い製造する現場のこと、翻って現在の中国企業は製品開発力もあれば企画力もあり、一気通貫で製品を世に送り出す能力を備えているからだ。コンシューマエレクトロニクス製品は言わずもがな、たとえば最新スペックのBluetoothイヤホンは中国企業が先陣を切ることが多く、SoCなど部品まで中国企業の設計だったりする。

今回取り上げるテーマは「開発拠点」。先日Makuakeで応援購入プロジェクトが開始された「VITURE(ヴィチュアー) One」は、高画質×高音質プライベートシアターを標榜するグラス型モバイルディスプレイ。開発元のVITUREは2021年米カリフォルニアでの設立なれど、開発・製造は中国というファブレス企業だ。このユニークな製品を紹介しつつ、ファブレス開発の現場を覗いてみたい。

■「VITURE One」はAR/VRデバイスにあらず

グラス型ディスプレイというと、ARとかVRといったカテゴリで括ってしまいがちだが、ここに紹介する「VITURE One」はさにあらず。マイクロOLEDで投写した映像を専用メガネで愉しむという利用スタイルは、いわゆるAR/VRヘッドセットとよく似ているものの、特定のサービス/プラットフォームに縛られることはなく、そもそも仮想空間とは直接関係ない。USB-CやHDMIで入力した映像/音声であれば再生でき、電源はPCなど接続先から調達できるから(USB-C接続の場合)、“モバイルディスプレイ” という表現のほうが適切だ。

典型的な使いかたは「PCの外部ディスプレイ」。DP(DisplayPort) Alt Mode対応機であれば、VITURE Oneのケーブルを挿し込むだけでいい。それだけでフルHD(1,920×1,080ピクセル)ディスプレイとして認識されるから、YouTubeやNetflixを見るもよし、写真のスライドショーを眺めるもよし。ディスプレイ以外に視線を移すことが多い業務用としては使いにくいものの、映画やゲームのような凝視型コンテンツにはもってこいだ。

DP Alt Mode対応機であれば接続できるので、GalaxyやXperiaといった一部のAndroidスマートフォンやiPad Proでも利用できる。メガネ型だから寝そべりながらの視聴もOK、リビングの大型テレビが家族に占領されているから自分の部屋でネット動画を大画面で楽しみたい、といった使い方にも柔軟に対応できる。

■「メガネの二重掛け」は必要なし

DP Alt Modeに対応したグラス型ディスプレイは他にも存在するが、VITURE Oneには現時点で独擅場といっていい特徴がある。それは「視度調整機能」と「Switch対応」。ざっくりまとめると、「程度の軽い近視ならメガネなしに大画面でSwitchを楽しめる」ことが可能なのだ。イカしたあのゲームも、伝説となりそうなあのRPG最新作も、ソファーやベッドに寝そべりながら、天井を向いた状態で遊べてしまう。これは画期的だ。

視度調整は、本体天面にあるダイヤルで行う。対応するディオプトリー(レンズの屈折力に関する単位)は0.00Dから-5.00D、裸眼で右が0.3/左が0.5、しかも老眼が進行中という筆者の視力でも、メガネで矯正することなく解像感のある映像を実感できた。グラス型ディスプレイに興味があるけれど “メガネの二重掛け” はイヤだ、という向きには魅力的なフィーチャーに映るはずだ。

もうひとつの目玉はSwitch対応。内部的にはDP Alt Mode対応といわれるSwitchだが、実際にはUSB-Cケーブルでつないでも何も出力されない。しかしVITURE Oneでは、オプションのモバイルドック(Switch専用Type-Cポートがある)を介すことでSwitchの画と音を映すことが可能になるのだ。Switchドックは不要、Switch純正の電源ケーブルも不要、HDMIケーブルすら必要ないから、場所を選ばずSwitchを大画面で楽しめる。

このモバイルドックはなかなか画期的だ。なんらかの方法で(DP Alt Mode対応ディスプレイである)VITURE Oneを出力先デバイスとして認識させるだけでなく、SwitchとVIRTURE Oneの両方に給電する。HDMIポートを1基装備しているから、FireTV Stickのようなデバイスも利用できる。ややサイズ感のあるモバイルバッテリーという佇まいだが、SwitchドックやHDMIケーブルなど一式を持ち運ぶことに比べればなんのその、“ポータブル&大画面のSwitch環境” が気軽に実現できてしまう。

音も意外なほどいい。眼鏡のツルに組み込まれた極小スピーカーだけに、大迫力の重低音とまではいかないものの、俳優のセリフはしっかり聞き取れるし、爆発音などの帯域が広い効果音も納得できるレベル。『星のカービィ』などSwitchのゲームでしばらく遊んだが、聞こえにくい帯域は特に感じなかった。家人に装着させて音漏れもチェックしたが、ある程度聞こえるものの気にならない。夜更けでも、ふすま1枚隔てれば目くじらを立てられないレベルだ。

■WeChatで聞いてみた

SwitchをUSB-Cケーブル1本で接続できるディスプレイは、オンライン専売モデルを中心にいくつか見かけるが、モバイルバッテリーにSwitch対応(?)機能を組み込むというアプローチはかなり斬新。視度調整機能も実用的で、メガネの二重掛けというゲームで遊ぶにはストレスな行為を回避できるから、これまでグラス型ディスプレイを忌み嫌っていた層にもアピールすることだろう。

それにしてもこのVITUREという企業、商品企画力もさることながら開発力がある。伝手を頼り開発チームにWeChatでコンタクトをとること成功したので、視度調整機能はどのように実現されているのかなど、気になった点をいくつかぶつけてみた。

-- 本製品の特徴のひとつに「視度調整機能」があります。どのような仕組みで実現しているのですか?

VITURE:VITURE Oneでは、肉眼の約8m先に仮想映像を投影します。度付きメガネで近視の人がモノを見ることができるのは、対象物を自分に近づけるような効果があるからですが、そこで私たちは光学系を工夫することで仮想スクリーンを手前に近づける機構を開発しました。なにより大変だったのは、光学系の可動部を作ること……かなり高精度だからです。見た目はシンプルなダイヤルですが、実は技術的な工夫を凝らしたものなのですよ。

-- スピーカーの音質を向上させるために、特別な設計を施していますか?

VITURE:スピーカーモジュールとプロセッシングチップ、サウンドアルゴリズムにはHarmanの技術を採用しています。この3つは音質を左右する大切な要素ですから、高い技術力を持つHarmanと協業できたことを光栄に思っています。そして可能な限り豊かでクリアなサウンドを実現するために、キャビティデザインを慎重に設計し、テストを重ねました。

-- 音漏れ対策は、具体的には何をしていますか?

VITURE:リバースサウンドフィールドと呼ばれる技術で、振動板の反対側にメッシュ素材が2つ配置されています。これにより逆音場が形成され、耳に届く方向以外の音漏れを相殺するわけです。言い換えれば、耳への指向性のあるサウンドビームを形成しているのですね。なお、我々が実施したテストでは、この技術を採用していないサウンドシステムと比較して、30cmの距離で約12dbの音圧減少が確認されました。

どのようにモバイルドックでSwitch対応を実現したかという質問には答えてもらえなかったが、やり取りの中でVITUREの開発拠点は北京にあると判明。コンシューマエレクトロニクスと聞くと、つい深センや東莞に結びつけてしまいがちだが、HUAWEIやBOEなど北京を本拠地とする企業は多く、開発拠点に至っては上海や青島など複数の都市にまたがることも。部品供給面において深セン/東莞の存在はやはり大きいとのことだが、ことファブレス企業にとって物理的な距離など取るに足りないことなのかもしれない。

本連載は「深セン」を前面に押し出しているが、VITURE Oneのようなユニークな製品であれば北京でも上海でも成都でも大歓迎。渡航しやすくなってきたこともあり、そろそろ現地取材を敢行したいと考えている。ぜひご期待いただきたい。