プロボクシングのスーパーバンタム級の4団体統一王者の井上尚弥(31、大橋)が米の権威雑誌「ザ・リング」が選ぶパウンド・フォー・パウンド(全階級を通じた最強ランキング)で1位に返り咲いた。2022年の6月以来、2度目の栄誉。リング誌によると8対2の投票だったというが、一方で米メディアの中からは「過去5年にレベルの高いボクサーと戦っていない」「フェザー級への転向を恐れている」などの的外れな疑念の声も起きている。これも“モンスター”が東京ドームで“悪童”ルイス・ネリ(29、メキシコ)を6回TKOに葬った衝撃がいかに大きいかを示す証拠だろう。

 リング誌は8対2で井上を1位、クロフォード2位にした

 待望のPFP1位に返り咲いた。井上と同じく2階級4団体統一王者となっていたテレンス・クロフォード(米国)がずっと1位に君臨していたが、東京ドームでのネリ戦の衝撃TKO勝利が、リング誌のランキングに変動をを与えた。
大橋ジムを通じて井上は「ルイス・ネリとの防衛戦で約2年ぶりに権威あるリング誌のPFP1に返り咲く事ができました。これもいつも応援してくださる皆さんのおかげです。東京ドームでの戦いを経て今後のキャリアを加速させて行くのでまた応援よろしくお願いします」とコメント。
大橋秀行会長も「東京ドームでの歴史に残る1戦を終えて、まだ興奮冷めやらぬ状況でP4P1位になったのは、またまたビックリですがこれも井上尚弥、真吾トレーナーの努力、そして何より皆様の応援のおかげです。ありがとうございます。これからも応援宜しくお願いします」と伝えた。
リング誌は井上をPFP1位に選んだ理由を詳細に説明している。
当初、アンソン・ウェインライト氏が「クロフォードが1Aで井上が1B」と僅差でクロフォードの支持を表明したが、元同誌の編集長で、英国グラスゴーでのエマヌエル・ロドリゲス(プエルトリコ)戦、埼玉スーパーアリーナでのノニト・ドネア(フィリピン)との第1戦の現地取材経験のあるトム・グレイ氏が、「私は井上に投票する。バド(クロフォード)と(世界ランキング3位の)オレクサンドル・ウシク(ウクライナ)は、この10年間で、それぞれ4勝0敗だが、井上は8勝0敗と戦績で上回っている」と反論。
「ネリ戦は彼のトップ3に入るベストパフォーマンスのひとつだ。ダウン後、すぐに立ち直ったのは正気の沙汰ではない。SNSの世界では、井上はダウンしたんだから、そんなに良くないと言うファンもいるだろう。だが、カシアス・クレイ(モハメド・アリ)もソニー・リストンを倒す8か月前に182ポンドのヘンリー・クーパーによってダウンを奪われている。重要なのはダウン後にどう対応するか。井上は、これ以上なくうまく対応している」と主張した。
このグレイ氏の意見が、他のパネリストの心変わりを引き起こしたという。クロフォードを支持するつもりだったマイケル・モンテロ氏も、試合数の違いに注目し、井上がスーパーバンタム級に転級してから倒してきた元WBC&WBO世界同級王者スティーブン・フルトン(米国)、元WBA&IBF世界同級王者マーロン・タパレス(フィリピン)、ネリの3人がリング誌が定める同級ランキングのトップ5に入っていたことを評価した。

 ディエゴ・モリージャ氏も「井上が新しいNo.1になるべきだと信じている。クロフォードは並外れたファイターだが、井上は彼をさらに特別な存在にするパワーと気概を持っている。彼がネリを倒したコンビネーションは、他のファイターならば放つことができなかっただろう。彼は全く違うカテゴリーにいる。ここ数年の彼の記録がそれを物語っている」と評価するなど8人が井上支持に回った。
ただヘビー級の3団体統一王者のウシクが5月18日にサウジアラビアでWBC世界同級王者のタイソン・フィーリー(英国)と4団体統一戦を行い、スペンス戦以来、リングに立っていなかったクロフォードもスーパーウェルター級に階級を上げて8月24日にWBA世界同級王者イスライル・マドリモフ(ウズベキスタン)に挑むため「ウシクは数週間後に1位の座を奪うチャンスがある。8月に試合をするクロフォードもそうだ。でも今のところ井上がキングだ」(マイケル・モンテロ氏)という意見が多くを占めた。試合内容次第では、井上の天下が再び短命に終わる可能性もある。結局、投票結果は、8対2で井上が2年ぶりにPFP1位の栄誉を手にすることになった。
だが、このPFP1位に疑念を投げかける声もあった。
米専門サイト「ボクシングニュース24」は「井上がリング誌のPFPで1位になった、しかし彼の記録は1位にふさわしいのか?」との見出しを取り「クロフォード、ウシク、カネロ(スーパーミドル級の4団体統一王者サウル・アルバレス)よりも、井上をPFP1位に選んだリング誌の決断は、井上が過去過去5年間、レベルの高い相手と戦っていないため疑問視されている」と伝えた。
「しかも井上は安泰なスーパーバンタム級に留まり彼を食い物にするサメと相まみえることになるフェザー級への転級を回避している。井上は本当の挑戦を恐れているのか。井上は実際に誰を倒しているのか」と難癖をつけた。
同サイトは、2019年からの5年間に井上が戦ってきた10人のボクサーを羅列。その対戦相手に文句をつけたが、井上はここまでバンタム級、スーパーバンタム級の王者、最高トップと対戦しており、対戦を回避したような相手は1人もいない。

 またジャーナリストであるガレス・A・デイビス氏が、トーク番組で語った「井上はネリ戦を早く終わらせるため大きなパンチを当てようと無謀に攻めてダウンを喫した」「ネリが目の前の大木を破壊して切り倒した。驚くべきパフォーマンスだった」という部分や、全米での知名度が低いことを指摘した部分をわざわざ切り取って、こう紹介した。
「彼は疑いなくボクシング界最大のスターの1人でこの星で最高のボクシング選手であることは明らかだが、(世界の)スポーツファンの多くは彼を知らない。これは重要な点で彼の27試合中、24試合は日本で行われた。彼はボクシング界ではシークレットな存在ではないが、スポーツ界全体ではシークレットな存在だ。すべての人がF1のルイス・ハミルトンやゴルフのタイガー・ウッズを知っているが、彼を知らないのは残念だ。ただ彼は選手としては彼らのレベルにある」
また米専門サイト「ボクシングニュース24/7」も「多くのボクシングファンは、クロフォードがまだ1位であるべきだと感じている。なぜなら、井上の近年の勝利は記録を水増ししてきたようなありふれたレベルのファイターたちと戦っているのに対して、クロフォードは良い相手と戦ってきたからだ」と否定的な意見を掲載した。
同サイトは「伝えられるところによると、井上はスーパーバンタム級での試合のために140パウンド(63.50キロ)台まで水分を補給している。これはキャッチウェイトのハンディキャップを必要とせずにライト級(61.23キロ)でガーボンタ“タンク”デービス(米国)と戦うのに十分な大きさであることを意味する。もし井上がデービスと戦う気になればファンは彼がリング誌のスタッフを含む一部の人と同じように優れているかどうかを見るだろう」と、とんでもない理論を掲げて、WBA世界ライト級王者のデービスとの対戦を煽った。
さらに「ネリを評価していないので私は井上の最近の勝利に感銘を受けていない。ファンはスーパーバンタム級からわずか4ポンド上にあるフェザー級で彼と同じようなパワーを持つ多くの才能ある男たちに挑戦する姿を見たいと思っている。井上がフェザー級で自分を試すことに興味を示さなかったという事実は、彼が負ける可能性があることを知っているので恐れていることを示唆していると指摘する人もいる。だから彼は安全なスーパーバンタム級に留まり、ネリのように過去に倒されたことがあり彼に何の問題も与えない男と戦うことを望んでいる」と、まったく的外れな理論でモンスターを批判した。
考えてみれば、これらの“とんでも理論”が飛び交うのも、井上のネリ戦がいかに全米へインパクトを与えたのかを示す証拠だろう。
議論が尽くされたリング誌のPFP1位は堂々たる栄誉だ。