プロボクシングのWBOアジアパシフィック・ウエルター級王座防衛戦&OPBF東洋太平洋同級王座決定戦が16日、後楽園ホールで行われ、WBOアジア王者の佐々木尽(22、八王子中屋)が、日本人キラーとして知られる強豪サウスポーのジョー・ノイナイ(28、フィリピン)を5回43秒TKOで下して2冠を達成した。ウエルター級は、返上の可能性があるものの、現時点では3団体統一王者のテレンス・クロフォード(米国)が君臨する高き壁。日本で屈指のハードパンチャーは3人の世界王者の名前をあげて「相性がいい。勝てる」と豪語したが、果たして佐々木は本当に世界を狙える“ロマン砲”なのか、それとも“未完の大器”なのか。

 左肩手術の苦難を乗り越えて復活

 1083人で埋まった“聖地”後楽園を興奮の坩堝に陥れたのは、5ラウンドだった。それまでガードを固め、ただひたすら前に出て強引に左フックを振りまわすシンプルな攻撃を繰り返してきた佐々木が、距離を取り右ストレートを放った。亀状態だったノイナイの防御体勢が緩み、そこに佐々木のド迫力の左フックがドスン。たちまちノイナイの様子がおかしくなると佐々木はコーナーにつめて猛ラッシュ。苦しまぎれにノイナイが逃れようと動いたところに狙いすました右フックが爆発した。ノイナイがよろけたところでレフェリーがストップ。ノイナイは、尻もちをついたまま、しばらく、その場を動けなかった。
「無事に勝ててホッとしている。倒すことしか考えていなくておもしろくない試合になった。でも自分の実力はこんなんじゃない。もっとレベルが高いんで」
コーナーに駆け上がった佐々木は雄叫びを繰り返した。
「ビックリするくらい緊張して体が動かなかった」
試合前のウォーミングアップでは、3分間のミット打ちを途中で切り上げるほどの緊張感に襲われた。昨年7月に米国合宿のスパーリングで痛めた左肩を手術。ブランクを作り、約1年ぶりのリングだった。
「手術をしてもうボクシングができないと思った。やっとこの日が来た。自分にとってボクシングはでかい存在。幸せ過ぎる緊張感、プレッシャーじゃなく、ここでお客さんに見せなきゃ、絶対勝たなきゃいけないという気持ちが強すぎたのかもしれない」
豪放磊落に見えて意外と繊細。
緊張が理由で、当初、考えていたプラン通りに試合を進めることができなかったという。
「アレをやるつもでなく中間距離で戦うつもりだった」
ノイナイは、日本スーパーフェザー級王者の坂晃典(仲里)や元OPBF東洋太平洋フェザー級王者でロンドン五輪銅メダリストの清水聡(大橋)を倒し、元IBF世界スーパーフェザー級王者の尾川堅一(帝拳)とも引き分けた強打のサウスポー。ウエルター級に上がってからは、サイズが足りず迫力はなくなったが、その左のストレートを警戒して、あえて合わされる危険性のあるジャブは使わずにガードを固めて接近戦を挑んだ。
「来い!来い!」と挑発。
わざと連打を打たせ、左アッパーは、そのガードをこじあけて入ってきたが「見えていたしまったく効かなかった」という。
ただ左フックのワンパンチでは倒せなかった。
「対策をしてきていた。うまかった。斜めにパンチを打ってくるので、こちらのフックが上にずれる。だからガッツリヒットはしなかった」
ノイナイのテクニックに威力を殺されたが、丁寧に上下に打ち分けた。会長職を息子の中屋一生に譲り、トレーナー業に専念している中屋廣隆は「ボディが効き弱らせた」と、そのボディ攻撃が勝因につながったと見ていた。

 メスを入れた左肩は万全ではなかった。
試合前には「まだ96%」と語っていた。週に3度行っていたスパーリングを週2に減らして6ラウンド以上のスパーは行わないようにした。
それでも試合ではフルスイングしているかのように見えた。
控室で中屋会長から「ところで肩に痛みはない?」と聞かれた佐々木は「大丈夫です。もう96、97%かな」と、どんな基準かよくわからないが、1%だけを上積みさせていた。
本来サウスポーは苦手でスパーリングではパンチを避けることができず左目に青タンを作った。だが、徐々に克服。
「パンチを打つ際の頭の位置を変えられるようになった。ディフェンスが良くなった」との手応えを感じていた。
この日はガードを固めて距離を潰し、左も右も関係なくするシンプルな戦術で、危険な相手をTKOに仕留めたが、出せなかったスキルが数多くあったという。
リング上で佐々木は3人の世界王者の名前を出した。
「スタニオニス、バリオス、エニスには勝てると思っている」
ウエルター級の4つのベルトのうち3つのベルト保持者、WBA世界ウエルター級王者のエイマンタス・スタニオニス(29、リトアニア)、WBC世界同級暫定王者のマリオ・バリオス(28、米国)、IBF世界同級王者のジャロン・エニス(26、米国)だ。
「特にスタニオニスとバリオスは相性がいい」とまで言う。
8月3日にWBAスーパーウエルター級のタイトルに挑戦するクロフォードは、その後、スーパーミドル級の4団体統一王者サウル“カネロ”アルバレス(メキシコ)とのビッグマッチを目指すため、保持しているウエルター級の王座はすべて返上すると見られている。前出したようにWBAには正規王者、WBCにも暫定王者がいるため、決定戦が行われるのは、WBOだけになるが、佐々木は、WBCで9位、WBA、IBFで6位、WBOでは4位の位置につけている。通常王座決定戦は、1位と2位の間で争われるが3位がクロフォードに敗れた元3団体統一王者のエロール・スペンス(米国)で、おそらく王座決定戦には出ないため、今回の勝利で、また佐々木のランキングがアップした場合、もしかすると、お鉢が回ってくる可能性がないわけではない。

 「手ごたえはある。自分の実力はこれじゃない。(世界へ)いける自信がある」
佐々木はそうも言うが、ディフェンスに隙は多くノイナイの不用意なカウンターを受けるシーンも度々あった。まだ攻撃のバリエーションも足りない。ウエルター級の世界のレベルの高さを考えると、今はまだ世界ランキングに実力が伴っていない。
「待ってろ!世界!」と叫んだ佐々木自身は、何も勘違いしているわけではなく「無理なのはわかっている、この内容だと勝てないとわかっている」と現状を把握している。
中屋会長は、「実力を証明してから世界にいきたい。まずはそのレベルの本物とスパーをさせたい。これまで2度、アメリカで合宿をしたが、1回もいいコンディションでやったことがないのでそこで実力が見える。自力をつけさせたい」と言い、今後、米国合宿に佐々木を送り込む計画を明かした。
そして「井上尚弥選手が信じられないことをやっている。22歳の佐々木は最年少ランカー。あと5年必死でやっていれば、信じられない位置にいくことはあり得ると思う」と続けた。
中屋会長はプロモーターとして現地で地道に顔を売り、かつてゲンナジー・ゴロフキン(カザフスタン)と淵上誠の世界戦をウクライナで実現したことがある。だが、現在日本のボクシング市場は大きく様変わりして、今回の試合をライブ配信したNTTdocomoのLeminoやAmazonプライムビデオなどの大手配信会社が、井上尚弥のようなビッグネームや話題の世界戦に莫大な資金を投入するようになった。大会シリーズを持っている大橋ジムや帝拳ジムの協力を得られれば、日本で佐々木のウエルター級での世界戦が実現する可能性も出てきたのである。中屋会長が期待するのもそこだ。
だが、その前に世界に挑むに値する実力を手にしなければならない。昨年は豊嶋亮太(帝拳)、小原佳太(三迫)という実力派をキャンバスに沈めて着実に成長の姿を見せているが、まだ世界の物差しで見れば物足りない。
それでも19戦17勝(16KO)1敗1分けの戦績が示すように一撃必殺の力を秘めた拳にはファンを魅了するロマンがあふれている。この逸材を“未完の大器”で終わらせてはならない。
「まだまだ強くなる」
髪をライオンのようにゴールドに染めた22歳のイケメンは爽やかに誓った。