プロボクシングの日本スーパーバンタム級11位の辰吉寿以輝(27、大阪帝拳)が18日、エディオンアリーナ大阪(第2競技場)でプロ50戦のチャイワット・ブアトクラトック(32、タイ)とノンタイトルのスーパーバンタム級8回戦で対戦し3−0の判定勝利を収めた。この先を見据えたサウスポーとのマッチメイクだったが、バッティングなどで両目の上をカットする血みどろの勝利。父で元WBC世界バンタム級王者の辰吉丈一郎(54)は「へたくそやな」「(タイトル戦で)上の相手に勝つのは絶対無理」と辛口評価。陣営は次戦でOPBF東洋太平洋同級王者の中嶋一輝(30、大橋)への挑戦を熱望している。

 「倒せなくてダメダメでした」

 血みどろだった。辰吉は3ラウンドにバッティングで左目上、7ラウンドにはパンチで右目上をカットして血が止まらなくなった。対するチャイワットも右目上をカット。辰吉の左右のボディ攻撃で蓄積したダメージも激しかった。
最終ラウンド。
「倒せよ!」
赤コーナーの吉井寛会長は大声を出して辰吉を送り出した。
ジャブからの右ストレートに左フック。そして対サウスポーに練ってきた右のボディストレートでロープに詰めるが、左のカウンターの反撃を食らって攻めきれない。この試合で、終始、浴びることになったサウスポーが得意とするパンチだ。
それでも至近距離で連打を打ち込み、壮絶な殴り合いの中で試合終了のゴング。
KOを逃れたタイ人は、左手をあげ、辰吉は、一瞬、自分のコーナーを見失った後に無表情のまま何のアクションも示さず自陣に戻った。3人のジャッジは77―75、78―74、79―73の大差で辰吉を支持した。
辰吉に笑顔はない。
リング上でマイクを向けられ「結果は勝ちですけど、やっぱり倒して勝ちたかった。手応えは全然ない。KOが続いたのに最後に倒せずにすいませんでした」と、KO決着を期待したファンに頭を下げた。
序盤からワンツーでプレスをかけ、被弾を避けるために頭をさげて突っ込むように打つ右のボディストレートは有効だった。だが、無理に前へ出ず足を使い「倒されない」というアウエーの戦いを徹底してきたプロ50戦の歴戦のタイ人が、その打ち終わりを狙ってくる左のパンチをモロに浴び続けた。
陣営からは「ガード!」「動け」の声がひっきりなしにとんだが、サウスポーに対して正面に立ち、動きが少なく被弾する。試合途中には、その父の姿にショックを受けたのか、リングサイドで妻と共に観戦していた愛娘の莉羽ちゃんが泣きだして“退場”するほどだった。
それでも6ラウンドには、左のボディアッパーから左フックでタイ人の足を止め、7ラウンドにも、その左の上下に右のフックを打ちおろすと、チャイワットのヒザが沈み、キャンバスを横切るほどバタバタと大きくロープへ下がったが止めの一撃を打ち込むことができなかった。
「ダメダメでした。ボデイは効いていたと思うし、最後は相手もふらふらしてたんですけどね。ただやりにくさはあった。ほんまはもっと攻めるつもりだったんですが、手が長くてどこから飛んでくるかもわからない、独特のリズムと間だった。こっちが相手のパンチが届かないと思っていたところでパンチがきた」
サウスポーはプロ17戦目にして2戦目。4年前の今村和寛(本田フィットネス)戦も目をカットしての負傷引き分けだった。サウスポーへのテストマッチで、また課題を露呈してしまったが、「サウスポーに苦手意識はない」と反論した。
最前列で見守った父の辰吉丈一郎の評価は、いつもにもまして手厳しかった。
「へたくそやなあと思った。勝ちは勝ちかもしれんけど内容としては意味がない」
ボクシング界の“レジェンド”はサウスポー対策が不十分だったことをジェスチャーを交えながら詳しく説明した。

 「サウスポーとやり慣れていないからしょうがないかもしれないが、(寿以輝のような)オーソドックスが(普通に戦ったら打つ際に頭の位置は)右側へずれる。サウスポーのど正面になる。それをやってしまったから、打たれるし頭もぶつかる。ガードもせんし動かんしな。相手にとっては、こんなやりやすい相手はなかったんとちゃうかな。ずっと左足が相手の右足の内側にあるもん。あれじゃボディも当たらん。左回りは、していたけれど無意味。ジャブを打つとき、必ず左足を相手の右足の外に置けと教えたつもりやったけど聞いてくれんかったな」
右構えのボクサーが左構えのボクサーと戦う際、左足を相手の右足の外に置かねばならないのが鉄則。辰吉は。その基本と共に「サウスポーに対しては前に出ないとあかん。ジャブでプレッシャーをかけろ」とも伝えていたが、それができていなかったことを嘆いた。
「あんな相手に判定よ。1ラウンドで倒せよ。もたつくからやん。オレの本音で言わせてもらうと、相手も倒れたかったんや(笑)。でも、あのボディじゃ倒れるに倒れんのよ」
父は、終始辛口だったが、実は、現役時代のカリスマもサウスポーを苦手としてきた。
ダニエル・サラゴサ(メキシコ)には、2度戦って勝てなかったし、ポーリー・アヤラ(米国)とは、寿以輝と同じくバッティングで流血して負傷判定で辛くも逃げ切っている。
「どうせなんか言うてんでしょ?」
父の“小言”を予想していた寿以輝は、試合後の控室に“浪速のジョー”が現れると「サウスポー苦手やったやん。アヤラも負傷判定やったし」と突っ込んだ。
サウスポーを苦手とするのは辰吉家の遺伝子なのかもしれないが、父は「サウスポーは好きよ」と強がり、息子も「苦手意識はない」と言う。そこも似ている。やはり親子だ。
「アヤラはパンチを出すときの頭の位置が通常のサウスポーと逆やったんや。サラゴサは、え?と思うほど、タイミングが遅れる。2段モーション。普通のサウスポーとちゃうから」
辰吉は昔話を昨日の話のようにしたが、寿以輝も同じようにチャイワットを「普通のサウスポーとは違った」と振り返っている。
対サウスポーへの課題は残したがポイントでは圧勝した。次に待ちに待ったタイトル戦へと進む資格は手にした。
吉井会長は残した課題を指摘しつつも「次へ向けて最低限の条件はパスしてくれた」と、試合後に縫った両目の傷が完治することを条件にタイトル戦の交渉に乗り出す考えを明かした。
ターゲットは、ズバリ、サウスポーの東洋王者中嶋だ。中嶋との対戦経験のあるチャイワットをテストマッチに選んだのも、この東洋王者への挑戦を想定してのものだった。

 スーパーバンタム級の4団体統一王者の井上尚弥を擁し、世界王者を3人も抱えて勢いに乗る大橋ジム所属の中嶋は、18戦15勝(12KO)2敗1分けの戦績を誇るハードパンチャーだ。バンタム、スーパーバンタム級の東洋太平洋の2階級制覇王者で、WBOアジアパシフィックスーパーバンタム級のベルトも手にしている。昨年6月には、元IBF世界同級王者で井上尚弥の次戦相手としても名前が挙がっているTJ・ドヘニー(アイルランド)に4回TKO負けを喫して王座から陥落したが、この2月の東洋太平洋の同級王座決定戦で、変則の試合巧者である中川麦茶(一力)を後半は、ほぼワンサイドの判定で下して再びベルトを獲得した。
大橋陣営は、中嶋の初防衛戦を計画中だが、V2戦で辰吉を迎え撃つ用意はある。
辰吉は、その強豪のサウスポー王者に勝てるのか。
辰吉は、「もうテストマッチの必要はない。(タイトル戦が決まれば)やるならやる。でも自分からやりたいとは、今日の内容では言えない」と多くを語らなかった。
試合後、両者と対戦経験のあるチャイワットに意見を問う。
チャイワットは、「パンチが強かった。特に左右のボディが効いた。KO負けしなくて良かった」と素直に完敗を認めた上で、「両者が対戦すれば辰吉が勝つだろう」と断言した。
「パンチは辰吉の方が強い。タフさは中嶋が上。ただ中嶋は顎が弱いだろう。辰吉の方が強いと思う」
チャイワットは2年前に中嶋と対戦して左フックと左右フックで2度ダウンを奪ったが、最後の8ラウンドにロープを背負い防戦一方となったところでレフェリーにTKO負けを宣告された。すぐさま抗議したが受け入れられなかった。
だが、父の辰吉丈一郎は否定的だ。
「タイトル戦?サウスポーが多いんやろう?(勝つのは)絶対無理や。今のままじゃ無理。サウスポー対策を考えなあかん。バランスよ。立ち位置よ。やっていくしかない」
息子を愛するがゆえの辰吉流の檄。
寿以輝も何が必要かをわかっている。
「天才肌じゃないんで。こういう試合から勉強したい」
井上尚弥が世界に衝撃を与えた5月6日の東京ドーム決戦はAmazonプライムの配信で見た。
「凄いなあと思って見ていました。刺激ですか?僕はあまり他人には関心がないんで。東京ドーム?やりたい(と言う希望)はないが、いずれは(あそこで)やります」
まずはその入場切符を手にしなければならない。
(文責・本郷陽一/RONSPO、スポーツタイムズ通信社)