【Profile】サム・ライミ/1959年10月23日生まれ、ミシガン州出身。『死霊のはらわた』(1981年)で長編映画デビュー
『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』(2022年)でMCUに初参戦し、また9年ぶりに長編映画の演出を務めたことで話題を呼んだサム・ライミ。低予算製作ながら好評を博し、シリーズ化もされた長編デビュー作『死霊のはらわた』(1981年)以来、彼の作品はファンの熱狂的な支持を受けている。本稿では改めて、そんな鬼才の魅力を紹介していこうと思う。
   


『死霊のはらわた』(1981年)
『死霊のはらわた』が高評価されたのはホラーとして完成度が高いのはもちろんだが、それを支えた独特の映像表現を見逃すわけにはいかない。たとえば、キャラクターを追いかける魔物目線のビジュアルや、人物をとらえたカメラの回転。それがときにスピード感を上げて迫り、物語をアップテンポなものにしているのだから、観ているこちらも目が離せなくなる。カメラの動きが醸し出すスピード感は、小説を読むというより、コミックのページをめくっている感覚に近い。これはすべてのライミ作品に共通する要素で、『スパイダーマン』シリーズ(2002年、2004年、2007年)のようなコミック原作作品との相性の良さは、このときからすでに見てとれた。
   


『スパイダーマン』(2002年)
ライミのコミック的な映像は、ときに主人公の体内へも猛スピードで入っていく。『ダークマン』(1991年)では怒りのアドレナリンが分泌される主人公の目から、『スパイダーマン3』(2007年)ではサンドマンの顔面から、そして『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』ではワンダの頭部から体内へと入り込み、そこで生じる著しい異変を表現。『スパイダーマン』には主人公ピーターの体内で、クモの遺伝子が彼のそれに組み込まれる描写もあった。また、なんらかの打撃を受けた肉体が豪快に吹っ飛ぶ描写が多いのもライミ作品の特色だ。西部劇『クイック&デッド』(1995年)の早撃ち対決シーンでは、撃たれた男のカラダに開いた風穴から撃った相手が見えるという、まさしく漫画的な描写もある。
   


『スペル』(2009年)
肉体の中でも眼球は多くのライミ作品で頻繁にクローズアップされる。キャラクターの顔の一部としてはもちろんだが、『死霊のはらわた』シリーズではしばしばクリーチャーとなってキャラクターに襲いかかるし、『スペル』(2009年)ではヒロインが食べているケーキの中から目玉の怪物が出てきたり、妖婆の顔から眼球が飛び出したりなどの奇抜な描写もコミック的、もっといえばアニメーション的だ。いずれにしても、ライミ作品のビジュアルが遊び心にあふれているのは間違いない。
ほかにも、ライミ作品にはコミック的な描写は多く、『死霊のはらわた』で鹿の剥製の首が動き出して主人公をあざ笑ったり、『死霊のはらわたII』では主人公の姿をした小人たちが主人公の尻にいたずらしたりなど、笑える描写に事欠かない。ライミは子どもの頃から、1930年代から映画やテレビで作られていたコメディシリーズ『三ばか大将』の大ファンだったというが、その影響の表われともいえるだろう。
   


『シンプル・プラン』(1998年)
このような作風なのでライミ作品の多くはSFやホラー、ファンタジーなどの非現実的な空想世界を題材にしているが、もっともシリアスで現実的な作品『シンプル・プラン』(1998年)にも、彼のセンスは生きている。大金を手に入れるも、欲を出して状況を悪化させる3人組。その姿には『死霊のはらわた』や『死霊のはらわたII』で主人公が悪霊にどんどんいたぶられていくことにも似た、ブラックユーモアが感じられる。
   


『ドント・ブリーズ』(2016年)
最近のライミは監督よりもプロデュース作品が多く、自身のプロダクション、ゴーストハウスでリメイク版『死霊のはらわた』(2013年)や『ドント・ブリーズ』(2016年)、『クロール 凶暴領域』(2019年)などのスリラーを製作。監督として映画を作る機会は以前に比べて少なくなったが、人気ファンタジー作家パトリック・ロスファス原作の『キングキラー・クロニクル』シリーズの映画化プロジェクトに取りかかったという嬉しいニュースも聞こえてくる。どんなライミワールドを見せてくれるのか、楽しみに待とう。
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文=相馬学 text:Manabu Souma
Photo by AFLO