学生が学業に専念しながら安心して就職活動に取り組める環境をつくるためにと、政府から企業に対して、2024年卒業の学生の採用選考活動を6月1日以降に、内定は10月1日以降に出すことを要請。これに伴い、これから内定を獲得する学生が出てくるが、同様に2024年4月の入社までの間に不本意にも内定を取り消されてしまう学生もいるだろう。本記事では、「内定」の正しい意味と効力、また、どのようなケースであれば内定の取消しがなされるのか、もしくは違法となるのかについて、弁護士の林孝匡氏が解説する。

内定は正式な契約である


まず結論から申し上げると、就職の「内定」を企業側が簡単に取り消すことはできません。なぜなら内定とは法律上「契約」だからです。正式名称を「就労始期付解約権留保付労働契約」といいます。

日本では会社が労働者を解雇することが非常に難しく(労働契約法16条)、内定取消しは解雇とほぼ同程度の難しさとされているのです。

内定という語感からは、まるで正式な社員ではないかのよう印象を受けるかもしれないのですが、正式な「契約」なのです。内定=契約なので、会社が一方的に取り消せるケースは大幅に制限されています。ちなみに最高裁では、以下の場合だけ内定を取り消せると判示しています。

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採用内定当時、知ることができず、また知ることが期待できないような事実であって、これを理由として採用内定を取り消すことが解約権留保の趣旨、目的に照らして、客観的に合理的に認められ社会通念上相当して是認することができる場合(大日本印刷事件:最高裁 S54.7.20)
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この最高裁の判示は抽象的なので、具体的な判例として新卒と転職の2つの裁判例を見ていきましょう。



内定取消しが違法だと判断された裁判例


新卒の判例
大学卒業の1ヶ月半前(2月12日)に、会社から「グルーミーな印象だから」という理由で内定を取り消された学生の事件があります。グルーミーとは「暗い、陰気な」という意味です。最高裁はグルーミーであることは会社が当初から把握していたことであり、それを理由として内定を取り消すことはできない、と判断しました(大日本印刷事件:最高裁 S54.7.20)。

ちなみに内定取消が違法と判断されると、会社は【内定取消しの日〜判決確定日までの給料】を支払わなければなりません。これをバックペイといいます。上記の事件では、判決まで10年を有したため、裁判所は会社に対して約10年分の給料支払いを命じています。

転職の場合
中途採用された方が内定を取り消されました。会社が内定を取り消した理由は、その人の悪い噂を聞いたからというものです。悪い噂とは、前の会社での勤務態度の問題、取引先とトラブルがある、退職に至る経緯が不明瞭、などです。

裁判所は、上記は噂の域を出ないとして内定取消は違法と判断しました(オプトエレクトロニクス事件:東京地裁 H16 .6 .23)

逆に言うと、仮に勤務態度に重要な問題があったとしても内定という契約を結んでしまった後ではやすやすとは取り消せないということ。本来、企業の人事部も内定を出すことに慎重にならざるを得ないのです。


内定者研修に参加しなくても、内定を取り消すことはできない


続いて、内定を得たあとの研修についてです。入社前になんらかの研修が行われる会社がほとんどだと思います。そして内定者のほとんどの方が研修に参加されるでしょう。しかし、法律上の原則として、入社前の研修に参加する義務はないのです。

したがって、会社が「内定者研修に参加しなかったから」という理由で内定を取り消すことはできません。参加義務がないことは裁判所も明言しています(宣伝会議事件:東京地裁 H17.1.28)。裁判所は「入社前の研修は、自由参加」「会社は参加を強制できない」「参加しない者にペナルティを与えてはならない」と判断しています。そして、内定を取り消した会社に慰謝料79万円の支払いを命じました。

ただし、だからと言って内定者研修をサボりまくってしまうのは、もちろん控えたほうがいいでしょう。ペナルティが課されないからと言って、これからお世話になる先輩社員の心象を悪くしたまま入社式を迎えるメリットはありません。

また、内定前の「内々定」も法律上一定の保護を受ける場合があります。裁判例を1つ紹介します。

その方は内々定もらっていた大学4年生、内定式が10/2に迫っていたのですが、その2日前の9/30に、会社が内々定の取消しを通知してきたのです。内々定をもらえたことで、就職活動をやめ、複数の他社からの内々定も断っていたので、突然の内々定の取消しで窮地に立たされました。

裁判所は会社の対応によって、労働契約が確実に締結されるであろうという学生の期待が、法的保護に値する程度に高まっていたと判断することが相当として内々定の取消しは違法と判断しました。そして慰謝料50万円の支払いを命じました(コーセーアールイー事件:福岡高裁 H23.3.10)



会社は「経済情勢が悪化しやむなく取り消した」と反論しましたが、裁判所は「経済情勢の悪化は内々定の前から存在していた」として会社の反論を容れませんでした。

内々定段階でも、会社が行ってきた対応次第では、裁判所が「就職活動している方の期待が法的保護に値するレベルにまで高まった」と判断するケースがあります。



内定取消しが合法(妥当)とされた裁判例


少し古い判例となりますが、今でも気をつけるべき事案です。

この判例では内定者は内定をもらったあとに無届でデモに参加しました。そのときに現行犯として逮捕されたのです(大阪市公安条例等違反)。結果は起訴猶予処分だったのですが、会社は職場の秩序が混乱して、業務の遂行が阻害されるおそれがあるとして、内定を取消しました。

裁判所は、違法行為を積極的に敢行した従業員を雇用することは相当でなく、会社が従業員としての適格性を欠くという判断での内定取消しは違法ではないとしました。(日本電信電話公社事件:大阪高裁 S48.10.29)

犯罪の軽重にもよりますが、犯罪行為が発覚すると内定取消しが妥当と判断される可能性があるでしょう。ほかにも、重大な経歴詐称をすれば内定取消しはもちろん認められると考えられます。

ちなみに、2020年は2月ころから新型コロナウイルスが蔓延したことで、4月入社予定の学生の内定取消しが急増しました。これは、経済活動がほぼストップしてしまったことから企業の売上が激減し、新卒の方の給与を支払う余力がなくなったことが原因です。

新型コロナのような未曾有の事態であれば内定取消しが合法になるケースもあると思いますが、上述した内々定取消しの裁判例のように、単なる経済情勢の悪化を理由に内定取消しが合法になるケースは少ないと考えます。



最後にアドバイスを。

来年の4月にかけて、万が一内定取消しの通知を受けた場合は労働局に申し入れてみましょう。相談料や、解決依頼も無料で相談にのってもらえますよ。

悪質な会社の場合、労働局からの呼び出しを無視することもあるので、そんなときは社外の労働組合か弁護士に相談することをおすすめします。




文/林孝匡
写真/shutterstock