アメリカの大手ホテルチェーン、「マリオット・インターナショナル」「ヒルトン・ワールドワイド」「ハイアット・ホテルズ」3社の2023年7-9月期がそろって増収となった。これは明らかに旅行・宿泊需要の回復を印象づけている。特に中国を中心としたアジア圏での回復が顕著だ。

中国エリアの客室稼働率は前年と比較して15%増加


特徴的なのは、3社ともにコロナ禍となる2019年よりも営業利益率を高めていることだ。宿泊業界にとって最悪な出来事が起こったにも関わらず、以前より稼ぐ力を高めているのはなぜだろうか。

ホテル業界のトップ、マリオットの2023年7-9月の売上高は前年同期間比11.6%増の59億2800万ドル、営業利益は同14.7%増の10億9900万ドルだった。


※Financial Reports & Proxyより(筆者作成)


中国エリアの客室稼働率は、前年同期間と比較して14.5%も上昇し、72.5%となった。稼働率はすべてのエリアで昨年を上回っている。ただし、完全回復しているわけではない。どのエリアも2019年の水準には達していないのだ。

特に高単価のアメリカとヨーロッパが弱含んでいる。アメリカは7.6ポイント、ヨーロッパは5.2ポイント低い数字だ。


※Financial Reports & Proxyより(筆者作成)


2023年7-9月のアメリカにおける客室稼働率は前年同期間比でわずか1.3%、ヨーロッパも3.2%の増加にとどまった。全エリアの稼働率は5.7%伸びている。となると、この2つのエリアが停滞しているのは明らかだ。

アメリカやヨーロッパでは急速なインフレが進行した。その影響で、消費者がホテルの宿泊や旅行を控えている可能性が高い。なお、マリオットの2023年、アメリカでの1室あたりの販売単価は239.4ドルで、2019年と比較して6%程度しか上がっていない。客室単価はほとんど変わっておらず、宿泊料が高くなってマリオットを使わないというよりも、旅行の機運そのものが一時的に失われているのだろう。


マリオットとヒルトンの利益率が高い理由


稼働率は2019年の水準に戻り切っておらず、客室単価もわずかな増加に留まっている。それにも関わらず、3社は営業利益率を高めている。2019年と2022年の営業利益率の比較したデータがある。

マリオットは8.6%から16.7%、ヒルトンは17.5%から23.9%、ハイアットは4.5%から5.2%に上昇している。


※各社QUARTERLY RESULTSより(筆者作成)


なお、日本が世界の誇る帝国ホテルの営業利益率は3.2%ほど。インバウンド需要が盛り上がっていた2018年〜2019年も営業利益率は8%台だった。マリオットとヒルトンは稼ぐ力が比較にならないほど高まっている。

マリオット・ヒルトンの2社とハイアットは、同じホテルチェーンでも営業利益率が大きく乖離している。これはビジネスモデルの違いによるものだ。


米カリフォルニア州サンタクララのハイアット・リージェンシーホテル

マリオットとヒルトンはMC(マネジメントコントラクト)方式が主体。これは土地や建物を所有するオーナーが、運営会社に経営を委託する方式だ。オーナーはホテル運営に必要なスタッフや什器などを揃え、マリオットやヒルトンは総支配人などの幹部人材を派遣。予約システムやホテルのブランドを付与する。

これと似た方式にフランチャイズがあるが、オペレーションノウハウやブランドの付与はあるものの、経営や現場を支える幹部社員は派遣されない。

マリオットやヒルトンはホテルを所有せず、現場オペレーションに必要なスタッフを抱える必要がないため、利益率が高いのだ。これをホテルの所有と運営の分離と呼ぶ。2社がホテルの巨大チェーンに成長できたのは、ホテルの所有に伴う投資が必要なかったためだ。
その一方で、ハイアットはその分離がしきれていない。

こうしたビジネスモデルの違いは数字に表れている。マリオットは総資産に占める固定資産の割合は6.2%。対して、ハイアットは19.3%だ。資産を所有してホテルを運営すると、固定費が重くなって利益が出づらいという特徴がある。


コロナ禍を機に進んだ大量のレイオフ



ホテルの運営方法の違いがわかると、コロナ禍を機に3社が利益率を高めた理由がわかる。
MC型のマリオットとヒルトンは、コストの大部分を償還費が占めている。これはホテル運営に必要な経費をマリオットやヒルトンが一時的に負担するものだ。コロナ禍前と後とで、この償還費の比率が変化している。


米カリフォルニア州サンマテオのマリオット・サンフランシスコ・エアポート



マリオットの売上高に占める償還費の割合は、2019年が77.0%、2023年が71.5%だった。5.5ポイント下がっている。ヒルトンも60.3%から58.2%に下がった。

コロナ禍で進んだのが、人員削減だ。マリオットは2020年に本社の社員673人を削減、ヒルトンも2100人の人員削減を行った。レイオフ効果が効いているのだろう。

コロナ禍による解雇は一時的なものだと見られていた。しかし、2023年に入って売上高が2019年を上回るようになっても、ホテル経営に必要な人員を大幅に抑えることができたようだ。逆境をバネにして稼ぐ力を高めたのだ。


資産の売却とM&Aで持たざる経営を進めるハイアット


ハイアットも1300人のレイオフを進めた。しかし、ホテルの運営スタッフを多く抱えている以上、利益率を高めるのにも限界がある。ハイアットはコロナ禍を機に持たざる経営への姿勢を強めている。

まず、20億ドル相当のホテル資産を売却する取り組みを始めた。

今年12月22日にも「パーク・ハイアット・チューリッヒ」をアメリカの投資ファンドに売却する方向で交渉を進めていると報じられた。売却額は660億円と言われている。

スイスにあるパーク・ハイアット・チューリッヒ

ハイアットは手持ちの資産の売却によって一時的に収益性が上がる。それをテコに強気のM&Aを行った。2021年にアップル・レジャー・グループを買収したのだ。

この会社は10か国で3万3000室以上のホテルを運営している。ハイアットのCEOマーク・ホプラマジアン氏は、「アセットライト経営されたアップル・レジャー・グループの買収により、ハイアットは非常に魅力的で独立したリゾート運営プラットフォームを取り込むことができるので大変うれしく思います。」とコメントしている。

正にその通りで、この会社の総資産に占める固定資産は1.5%程度しかない。ハイアットが向かう方向と合致するものだ。

コロナ禍はホテル業界の常識を塗り替えた。稼ぐ力を高めた3社の勢力図争いに注目したい。

取材・文/不破聡 写真/Shutterstock