Apple MusicやSpotifyといった音楽サブスクリプションサービスが日本に本格上陸してから早10年近くが経過し、リスナーだけでなく、音楽ビジネスの観点からも欠かせないものへとなった。一方で、その利益分配システムにより、アーティスト間の格差が広まったとも指摘されている。2020年までSpotifyに勤務し、現在は音楽専業のデータ分析・デジタルプロモーション会社arneの代表を務める松島功氏に、サブスク時代の光と闇について話を聞いた。

有料会員が増えれば、アーティストへの還元も増える


2月27日に公開された日本レコード協会のデータによれば、2023年の音楽配信売上は1165億円(ダウンロード含む)で、オーディオレコード(CD/アナログディスク他)と音楽ビデオを合計した音楽ソフト生産金額は2207億円。音楽ソフト・音楽配信の売上合計は3372億円となり、3年連続のプラス成長となった。

注目すべきは、CDシングル/アルバムの生産金額が1391億円となっている点だ。音楽配信はいま、CD販売とほぼ変わらないレベルにまで市場が広がり、全国民的に普及したといえるだろう。


日本レコード協会が発表した音楽配信売上の推移(出典:一般社団法人日本レコード協会 プレスリリースより)


では、サブスクが主となった音楽ビジネスはどのような状況にあり、どんな問題があるのか?

「大まかに捉えると、以前までの音楽ビジネスの主戦場はCDであり、売れた分の収益をレコード会社がアーティストに、出版会社が作詞家・作曲家に分配するというシステムでした。一方で、サブスク配信はより複雑かつわかりづらくなっています。配信サービスごとに1再生あたりの利率が違いますし、リスナーが有料会員として聴いているのか、無料会員のまま聴いているのかでも違ってきます」(松島氏)


株式会社arneの代表取締役・松島功氏


たしかにSpotifyやYouTube Musicでは無料で聞いていると途中で広告が入ることがあるが、松島氏はこのように説明する。

「無料会員の場合は、リスニング中に広告が流れることで楽曲を聴ける仕組みになっています。実は、無料会員がリスニングしている分は“広告収入”ということでサービス運営元に入り、それがアーティスト側に分配される仕組みなので、アーティストへ還元される金額(再生単価)は当然低くなってしまいます」(松島氏)

配信サービスからアーティストへと渡る収益のおおもとは、有料プランに登録している利用者数に大きく依存しているわけだが、有料会員/無料会員の比率は世界的に見ても半々ほどだそうだ。

つまり年々成長を続けているストリーミング配信においては、SpotifyやApple Musicといった配信サービスの有料会員が増えることで、アーティストらに還元される金額が増える。ほかに、有料プランの値段を値上げすることも一つの案であると、松島氏は語った。


“アーティスト格差”は広まっているのか?


海外の音楽メディアなどは「メジャーアーティストとインディーアーティストとの収益差があまりにも大きい」と、サブスク時代における“格差”を指摘してきた。この点について、松島氏はどう捉えているのだろうか。

「現在の音楽サブスクビジネスの問題のひとつは、収益の分配方式があまりにも複雑ということ。多くのサブスクでは、再生数や配信楽曲数が多いアーティストに対して多めに分配されるシステムが採用されています。なので、いま自分が繰り返し聴いている"推しアーティスト"がいたとしても、その人たちに自分が再生した再生数に応じたロイヤリティが渡るわけではないんです」(松島氏)

このシステムについては長らく議論の的になってきたが、少しずつ変化の兆しが現れているという。

「この状況に対して、リスナーが実際によく聴いているアーティストに多く分配するようなシステムへと変えていく流れもあります。これを『アーティスト・セントリック・ビジネス・モデル』というのですが、たとえばフランスの音楽配信サービス『Deezer』は、この考えをもとに昨年ユニバーサル・ミュージックとの間で契約を結び、実際にスタートしています」(松島氏)


フランスの音楽サブスクリプションサービス「Deezer」


配信サービスによる利益分配システムが見直されなければ、アーティストやレーベルへの還元が変わることはない。こればかりは、いちリスナーにはなすすべのない部分である。では音楽アーティストやメジャーレーベルは、以前ほど稼げなくなってしまったのだろうか?

「実はそうでもなくて、なかにはレーベルと契約内容を話し合い、CDよりもストリーミングの印税率を上げているアーティストもいます。特にこの5〜10年にデビューしたアーティストにとってはサブスクが主戦場ですので、当然、印税率は高く設定しているでしょう。この部分はアーティストによって大きく異なりますが、一概に"稼げなくなった"とは言い切れないですね」(松島氏)

ではアーティストはサブスクを通して、どれほどの収益を生み出しているのだろうか? 松島氏は「配信サービスによって利率や再生単価が大きく異なるが、国内での再生でいうと、だいたい『再生回数×0.7円』で規模感がわかる」という。

「ひとつ例をあげると、『W/X/Y』が大ヒットとなったTani Yuukiさん。同曲はTuneCore(※1)を通して配信されていて、事務所と本人の契約内容は当然わからないですが、Billboard JAPAN発表の累計再生回数でも6億回。売り上げとしても、非常に大きなものになっているんじゃないかなと」(松島氏)

(※1)TuneCore,inc.が運営する、Apple MusicやSpotifyなどへの配信を代行する音楽ディストリビューションサービス。楽曲収益がアーティスト側へと全額還元されるので、日本でもっとも支持を集めている


夢を諦めなくてもいい環境になった


“メジャーレーベルと契約してCDを販売すること”が音楽アーティストのスタートラインと思われていた時代・価値観は、ここ数十年のあいだに徐々に変化してきた。サブスクや配信代行サービスの台頭によって、そういった変化が一気にあらわになったといえる。

「家族との生活やプライベートを重視しながら音楽活動をしている人は多くいますし、アーティストの在り方は日に日に多様化しています。今なら配信代行サービスは誰しもが登録できますし、ちょっとしたキッカケで自身の曲が知られるチャンスがある。サブスクと配信代行サービスは、これまで見つけられなかった音楽アーティストを可視化したんだと思います」(松島氏)

特にインディーミュージシャンの裾野を広げ、長く活躍しやすい環境が構築されつつある。なにより、何気なく音楽を作った人にとっても新たに参加しやすい状況だともいえよう。

「昔であれば『結婚したから音楽活動をやめよう』という人も多々いたはずですが、いまなら自分の生活やペースを保ちながら活動しやすくなっています。サブスクによって誰でも自分の楽曲を配信できるようになったことを考えれば、『夢を諦めることなく、音楽を続けられる時代になった』といえるかもしれません」(松島氏)



インタビュー・文/草野虹