全国に5つある国公立芸術大学のひとつ、金沢美術工芸大学。全国各地の出身者が通うこの大学には、能登地震で被災した生徒やその影響を受けた生徒もいる。3月1日、同校の令和5年度の卒業式および大学修了式が行われた。“カナビ”こと金沢美術工芸大学の卒業式といえば、卒業生が“仮装する”のが恒例で、大学の締めくくりとして自分自身が作品となることで話題を呼んでいる。コロナや震災をくぐり抜けた学生たちの門出を祝いたい。

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コロナ禍、震災…困難を経て卒業式



振り返れば今年の卒業生は入学当初から災難つづきだった。卒業生代表で「どんな困難も報われるときがくる」と桃太郎の仮装姿で答辞を述べた石井佑宇馬さん(23)はいう。



卒業生代表として答辞を述べた石井佑宇馬さん


「僕たちは緊急事態宣言さなかの(2020年)入学だったので、入学式はできませんでした。入学してからも7月までは金沢市内にあるキャンパスに入ることも許されなかったんです。しばらくはリモート授業が続いて、同級生が誰かもわからない中での大学生活のスタートでした。そして卒業直前の今年1月には能登地震が起こりました」

石井さんは福島県のいわき市出身。東日本大震災発生当時の住居地は沿岸部や避難区域ではなかったが、震災後の1か月は栃木で避難生活をしたという。

「あのとき、僕は小学4年生。今回の能登地震発生で大変な避難生活の記憶がよみがえりました。また、後輩がまさに能登半島出身でご実家には2メートルほどの津波が押し寄せ、車は流されたそうです。
大変な思いをして実家から金沢に戻ってきたのを見ていたので、地震はどこにいても起きるし、いつ何時、自分も含め身近な人間も被害に遭う可能性があると感じました。でも、こうして卒業式を迎えることができてうれしいです」

カナビ恒例となった、この卒業式の歴史について、同校の山崎剛学長はその経緯を説明する。

「本校では毎年、学園祭で仮装パレードを行っていますが、50年ほど前の卒業生で後に高校の美術教師になった方が桃太郎の仮装をして卒業式に出たことを皮切りに、徐々に卒業生で仮装する方が増えていきました。
今では仮装しないとむしろ恥ずかしいというくらいまで、伝統行事になっています。何か流行りのアニメや漫画を模した仮装ではなく、社会的なウケを狙わず、自分の好きなものを模したり、風刺のような表現をする卒業生が多いですね」

卒業式が開催された新キャンパスのホールには学部生と院生169人が集い、それぞれ思い思いの仮装で、色とりどりの衣装を身にまとった。同校の卒業生で漫画家の東村アキコさんは、書店員や漫画ファンらが選ぶ「マンガ大賞2015」大賞を受賞した漫画『かくかくしかじか』で自身の卒業式での様子も描いた。


卒業生・東村アキコのした仮装とは…


東村さんは、自身の卒業式当時の思い出を懐かしそうに振り返る。


「金沢美術工芸大学の仮装卒業式は昔から伝統的にやってるんですが、
私の時代もすごくて、私自身は手作りの全身うさぎの着ぐるみで出ました。
同級生は天井まで届きそうなロケットの中に入ったり
髪を爆発させてパジャマに炊飯器を抱えて火事から逃げてきた人を模したり、
ズボンの下で竹馬に乗って身長が2メートル60センチくらいになっている人も。
卒業写真を撮る時にはグラグラしないように学長の肩に手を乗せていました。
もうめちゃくちゃですよね。でも、その伝統が今も受け継がれてて嬉しいです」


漫画『かくかくしかじか』より ©︎東村アキコ/集英社


東村さんの漫画にも登場していたように、この日の卒業式にも地元のテレビ局が取材に来ていた。昨年も取材していたという民放テレビ局のリポーターはいう。

「昨年はW杯・日本代表の三笘薫選手が話題となった、ライン上をギリギリでアシストしたときの写真を模した“三苫の1㎜”を表現した学生が特に話題となっていました。今年は能登地震で工場が被災し、出荷が一時停止してしまっていた水産加工品メーカー・スギヨの“ビタミンちくわ”になりきって『ビタちくをまた食べたいです』といっている学生が印象的でした。これぞカナビの仮装で、いわゆるコミケのコスプレイヤーやハロウィンの仮装との違いを感じながら毎年眺めています」


能登半島の七尾市で製造されている「ビタミンちくわ」の仮装(写真左)


「本当は普通に袴を着たかったけど、カナビで袴を着るのは痛いんで(笑)。母に聞いたら、私の“みう”という名前の由来はファッションブランドの“MIU MIU”(ミュウミュウ)からきてるそうなんです。美大の高い学費を払ってくれた親への感謝の思いを込めて、MIU MIUの香水の仮装を作りました。作成時間ですか? 1日です(笑)」


卒業式開催前の教室で準備をしていた、みうさん(23)


大学への感謝と仲間への思いで迎えた晴れの舞台


また、会場でもひときわ目立っていた「北九州市のド派手な成人式」の仮装をしていた3人組の二宮海さん(25)、山岸眞弥さん(29)、石田愛莉さん(24)にも話を聞いた。


写真左から二宮海さん、山岸眞弥さん、石田愛莉さん


「限られた時間と材料で、3人が大学で培ってきた造形力で制作しました! 自分は熊本出身で、美術系の高校に通ってるときにも熊本地震で被災しました。マグニチュード6強あった地域に住んでいて、発生後1週間くらいは車中泊で過ごす日々でした。なかでも、製作中だった高校の卒業作品が壊れたことが悲しかったです。
能登地震は実家にいたから被災しませんでしたが、やはりあのときを思い出して胸が苦しくなりました。でも、こうして晴れの舞台を迎えられてよかったです!」

「押忍! 2年間作品とメンチを切り合ってきたあの熱い思いを、この日のリーゼントにすべて込めました! 襟足の長さと衣装の派手さはカナビへの感謝の大きさです! 私は金沢市出身ですが、地震の影響は比較的少ないほうでした。メイン会場が被災して立ち入れなくなって開催が危ぶまれた21世紀美術館での卒業・修了展も無事行なうことができてホッとしています」(山岸眞弥さん・29)

「自分は岡山出身なので地震のときは帰省していて、被災はしませんでした。同期の作品など幸いにも卒業制作に被害がなく、無事に修了展を行なうことができてうれしかったです。今回の仮装は、とにかく派手にメデてえ感じでやりたくて。『俺が主人公だ!』という北九州の新成人の皆さまの心意気を胸に制作しました」(石田愛莉・24)

「手で考え、心でつくる」をモットーに創造力を高めながら過ごした4年間。その最後は自分自身が作品となって幕を閉じる。入学式はコロナ禍で中止となり、卒業式も震災の影響で開催が危ぶまれた。そうした困難をくぐり抜けての無事の開催には、学生たちのさまざまな思いが交錯し、はじける卒業式となった。


《後編》へつづく

《後編》〈金沢・仮装卒業式〉「全長3メートルの縦笛」「設計エラー画面」「Hondaのエンジン」…それぞれの想いを込めた卒業制作に身を包んで臨んだカナビ卒業式に溢れた笑顔


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取材・文/河合桃子 撮影/集英社オンライン編集部