バスの運転手不足による既存路線の廃止・減便が問題になっているが、運転手の時間外労働を規制する「2024年問題」がさらに追い討ちをかけている。そんななか、バスに代わる交通手段として注目を集めているのが次世代型路面電車「LRT」だ。交通政策に詳しい桜美林大学・戸崎肇教授に聞いた。

高齢化、人口減少によりバス業界は運転手不足


「日本バス協会」が全国のバス会社778社へ聞き取りしたところ、2023年度では全国でおよそ12万1000人の運転手が必要だが、実際は11万1000人となり、1万人も不足することが判明している。そこに2024年4月より始まる自動車運転業務従事者の時間外労働時間が年間960時間に制限される規制が追い討ちをかける。

これは労働環境が劣悪なドライバーの待遇を改善するための規制だが、運送・物流業者の売上・利益減、荷物が届くスピードの鈍化、ドライバーの収入減などが早くも懸念されている。運転手の労働時間に大きな制限をかけられるとなると、もちろんバス業界への打撃も少なくないだろう。

ただでさえ運転手が不足している現状と2024年問題が絡み合うことで、ますます路線バスの廃止や減便が検討され、公共交通が貧弱な地域に壊滅的な影響をもたらす可能性が高い。

そんな悲鳴を上げる地方交通だが、解決策のひとつとして注目されているのが、最新の技術が詰め込まれた路面電車「LRT」(Light Rail Transit)だ。



開業3か月で100万人利用、新規路面電車「宇都宮ライトレール」


LRTとは、普通鉄道の車両よりも小柄・低床であり、乗降の容易性、定時性、速達性、快適性がより改良された次世代型の路面電車のことだ。2006年、富山県富山市で日本初の本格的LRTとしてスタートした「富山ライトレール」を皮切りに、既存の路面電車をLRTへと移行した自治体もちらほら出ている。

また、2023年8月26日に新規開業したことで注目を集めたのが、栃木県宇都宮市から隣の芳賀町までの約15kmを結ぶ「宇都宮ライトレール」だ。宇都宮駅東側はバス網が衰退し、自家用車での移動が主で、交通弱者の移動が困難となっていたため、そもそも地域住民たちからの期待が大きかった。

開業から3か月にも満たない昨年11月15日時点で累計利用者数が100万人を突破し、早くも地域のインフラとして機能し始めている。


乗車人数が多く、正確な時間で運行可能


いったいなぜ、LRTがバス運転手不足を解決する鍵になり得るのだろうか。

「LRTはバスに比べて輸送容量が大きいですから、利用者をLRTに移行させることによりバスの本数を減らすことができ、結果としてバスの運転手不足を補うことが可能になる。基本的に専用の線路を敷くことになるため、渋滞などの影響を受けずに定時での運行がしやすく、より正確な時間で運行できてバスの代替手段にしやすいメリットがあります。

運行エリアを上手く調整すれば、バスや普通鉄道などとお互いの運行エリアをカバーし合うことができます。バス会社も不採算だった集客エリアをLRTに任せることにより、自社にとってどの路線が有益になるのか見直しやすくなります。どの路線の本数を増やすのか、減らすのか、再編することで運転手の負担を少なくする効果も期待できるんです」(戸崎氏・以下、同)



LRTの稼働により、バスの本数を減らすことができ、バスの運転に割く人員を調整できるというわけだ。運転手不足による路線の廃止、減便で悩むバス会社もLRTによって、運転手の労働時間を少なくできる、と余裕が生まれてくる可能性もある。

「これまで地方住民の足を主に支えていたのはバスでした。しかし現在の地方自治体では、居住施設や地域サービスを一定の場所に集中させる『コンパクトシティ構想』が盛んです。

そのため、これからの時代は、バスよりも一度の運行で多くの利用者を輸送できる、かつ一定のエリアに路線を集約させて運行できる効率的な交通システムのほうが望ましい。そこで利用者が集中するコンパクトなエリアで運行可能で、よりスリム化した路線になり得るLRTは大注目株なんです。

近年では人口20万〜50万人規模の中堅都市で、人通りが多く渋滞も起こりやすい駅前、街の中心部での導入に向けた議論が活発化してきています」



さらには高齢化の進む日本社会にメリットのある交通システムだという。

「低床車両であるため老若男女誰でも利用しやすい、静音性に優れており地域住民への実害も少ない、といった人や環境に優しいという一面もLRTならではのメリット。そして車社会の地域では、渋滞を緩和するという効果も見込めます。

運転手不足だけではなく、高齢化による運転免許の返納などの事情により、交通弱者の増加が予想される地方では、前向きに導入を議論したほうがよい交通システムでしょう」


問題点はバス会社との競合やマイカー依存社会


LRTはたしかにバスの運転手不足を解消する手段になり得るものの、同時に発生するのがバス会社との競合問題だという。

「LRTを展開していくうえでは、(既存の)バス会社との集客エリアの棲み分けを図り、双方にメリットがあるというコンセンサスを得なくてはいけません。従来のバス事業の多くは、収益性の高い地域の利益によって、収益性の低い辺境地域の営業を支えていきました。しかし、駅前などの収益性の高い地域にLRTが入るとなると、バス会社からの反発は必至です。

ですが、バス会社側も廃線、減便が続いており、危機感を抱いているので、お互いにどのエリアを担当するか、という議論を重ねていってもらいたいです。“このエリアにLRTを展開すれば便利だ”という短絡的な話ではなく、公共交通事業者全体の共通問題として議論を進める必要があります」



ほかにも、地形的な問題や潜在的な需要などの理由により、地域によっては導入を断念せざるを得ない場合もあるという。

「明治期以降、日本では路面電車の整備が進みましたが、1960年代以降はマイカーが普及し、大都市では地下鉄、中堅都市ではバスへと公共交通機関の主役が変わっていき、路面電車は年々数を減らしていました。今では車中心の交通網が敷かれていますし、わざわざLRTの新路線を作るとなると莫大な予算が必要になってしまう。

欧米では行政主導のもと、マイカーよりも公共交通を中心に置いた戦略が取られた結果、LRTが台頭し始めました。ロンドンなどの大都市においても渋滞時にはLRTを優先し、自動車に対して追加料金を支払わせる、といった措置も取られているぐらい公共交通中心の考え方になっています。

したがって、日本でLRTを導入するためには車社会の緩和、もしくは脱却を目指し、LRTが機能しやすい“まちづくり”構想を粘り強く訴える必要があるでしょう」


大局的な“まちづくり”という視点で考えるべき


ある意味、バスは車社会が繁栄した結果、発達した交通システムといえるのかもしれない。しかし、現在は公共交通機関としてのバスそのものが、もはや成り立たなくなりつつある。日本は今一度、路面電車に立ち返る時期に入っているのだろうか。

「将来的にバスの運転手不足が顕著になるなかで、今が転換期だと思って国内全体で議論していくべきだと思います。既存の地域サービス施設や商店街、大型商業施設への接続、そのほかの交通サービスと連携することによりLRTは、バスと同等になるぐらい便利な交通サービスになり得る可能性を大いに秘めています。したがってLRTの導入は“交通政策”という視点だけではなく、もっと大局的な“まちづくり”という視点で考えるべき事業だと考えています」



とりわけ、LRT運営においては行政の力が必要不可欠だと、戸崎氏は重ねて強調する。

「交通網が脆弱な地域においては、徹底したマーケットリサーチをもとに行政が主導していき、どのエリアで路線を敷くかを決定すべき。LRTは採算が取りにくいという事情から、欧米では公的に運営されているケースがほとんど。

なので、需要は大きいけれど採算が取りづらい場合は、行政がバックアップしなくてはいけません。一定の利用客を見込めないと地域住民の負担と赤字は増すばかりですので、行政主導のもと、地域住民の要望を汲み、バス会社との連携を図って、地域にあったLRT計画を立たてていく必要があるでしょう」

取材・文/文月/A4studio