仏像大好き芸人みほとけが、日本各地で出会った仏像の中から悩み抜いた仏像48尊をイラストとともに紹介する書籍『みほとけの推しほとけ』。48尊の中でも最愛だと語るのは京都・六波羅蜜寺の空也上人像である。インフラ整備や、行き倒れた人の葬送などを行い、市井のヒーローとして人気となった空也上人のエピソードを一部抜粋して紹介する。

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生き様を物語る六つの小さい仏が尊い

私の初恋にして最愛の仏像、空也上人(くうやしょうにん)像について語らせていただきます。狭い意味でいうと空也上人像は「お坊さんの像」なので仏様をかたどった仏像ではありません。

しかし一般的には広い意味で仏教に関連する像として「仏像」と捉えます。

空也上人は平安時代の中期に活躍した僧侶。六波羅蜜寺の空也上人の肖像彫刻は、後の鎌倉時代に運慶の四男康勝が彫りました。僧侶の彫刻としては珍しく、立って歩く姿。しかも口から小さい仏像が六つピュ〜ッと出ています。

これが彼のチャームポイントですね。町の人へ「南無阿弥陀仏」と唱えて歩き回ったシーンを、言葉1文字ずつを仏様にして表現しているものです。また、鹿の角がついた杖、首から下げた鉦を右手で持つ撞木で叩こうとしているポーズも個性的。

裸足に近いような足元、ボロボロの衣、切なげな表情など細部の表現がとてもリアルに彫られているのが特徴です。歴史の教科書やメディアで一度は見たことありますよね?

では、こんな姿で表される空也上人とは、一体どんな人物だったのか……。彼は荒ぶ町に現れ民衆救済に生涯をかけた、市井のヒーローなんです!

時は平安時代、903年、空也さんの出自ははっきりしていませんが、一説には醍醐天皇の子どもか?なんらかの高貴な生まれでは?ともいわれています。若い頃から在家の修行者として全国を歩いて、亡骸を見つければ集めて油をかけて燃やし、念仏を唱えて弔う、という集団に属しました。20代には尾張国の国分寺で出家をして、また全国の山々に修行、そして布教の旅。四国のある島では観音菩薩にも出会ったそうです。

すごい。東は東北、西は中国・四国地方を歩いて巡るんだから、すごい移動距離です。もちろん都のお寺でも修行をしています。京都の神護寺や奈良の興福寺ではよく勉強なさったそうです。

「ナムアミダブツ」

空也さんが30代で京都に戻る頃、京都を中心にひどい疫病が流行します。地震もあって、天候も悪かった。すると平安京を取り巻く京都では、庶民が一気に貧しくなり、飢えや病気になって、道々で亡くなっていくのが当たり前のような町になってしまいました。みんなが明日も生きていられるか、不安に苛まれた恐ろしい時代だったのです。

そこで空也さんは立ち上がります。まず、社会的な事業を実践しました。井戸を掘り、新鮮で清潔な水を供給し、汚染された井戸は閉じました。続いて遺体を火葬。

それまで道端で腐敗していた亡骸を生活圏から除のけることで、病原菌による伝染を防ぎました。全国を歩いた修行の賜物か、当時すでに「清潔」「病原菌」「感染」みたいな衛生観念をお持ちだったみたいですごいです。

続いて体と心に栄養を与えました。体への栄養として梅昆布茶を煎じて与えました。飲み水もままならない人にとって清潔で、ミネラルの含まれるお茶はどれほどの恵みだったでしょう。托鉢をして少しでも食べ物が手に入ったら病人に分け与えました。

心への栄養として、自ら観音像を彫って手押し車に乗せ、お念仏を唱えて町中を歩きました。そう、お念仏です。「ナムアミダブツ」と念仏を唱えることで救われる、という非常にシンプルな教えを実践しながら広めたのです。

当時はまだ仏教は貴族のもので、庶民にとっては馴染みのない難しい教え。「死んだらどうなるの」という恐怖と日々戦う人のために、空也上人自らが彫った十一面観音を車に乗せて歩いたので、誰でもお像に手を合わせられました。しかも、カンカンカン、と胸につけた鉦を鳴らし、とても簡単なフレーズで極楽浄土の救済を教えてくれる!人々は絶望せずにぐっすり眠れる日が増えたんじゃないでしょうか。

自らを「空也」と名乗って、自分を捨て切って献身的に町を歩いている姿が、六波羅蜜寺の空也上人像なのです!私は、この文章を書いている今、もう泣きそうです。なんて尊いお坊さんなんですか!

そして、康勝作の空也上人像は、リアリティと細部のこだわり、全体のすごみによって、そんな空也の生き様を全てで伝えてくれるようなのです。

恋愛ドラマの始まり

私が初めて空也上人像と出会ったのは、高校の修学旅行の時でした(恋愛ドラマの始まりみたいな書き方になってしまって、スミマセン)。歴史の資料集に載っていた写真を見て「面白い仏像を見に行くぞ〜」くらいのテンションだったのに、いざ空也上人像を見上げた瞬間、稲妻に打たれたような気持ちになりました。

「なんてかっこいいんだ!」。空也上人像のあまりの必死さに胸を打たれたのでした。懸命に何かを唱えている痩せこけた頰と、ぽうっと虚空を見つめる目線、渋い、渋すぎる。見上げる角度を変えると、目の中の水晶がライトを反射してキラリと光るではないですか!泣いているのか?苦しいのか?

小さい仏像が口から出てきている様子が何より尊く意味の深いところ。頰が持ち上がって大きな声を出しているようです。首の筋まで動きが連動し、顎を上げた様子は「念仏が届いてほしい……」という切実で必死な気概が伝わってきます!六つの仏様が口から出ているのに違和感がない。説得力があります。

体もめっちゃ「く」の字に曲げて、立ち上がったばっかり、みたいなシワシワの衣。

さらに目線を下ろした時びっくりしたのが脚です。まるでマラソンランナー。砂埃がまとわりついているかのようなざらつき、雪駄はぼろぼろで足の指がはみ出るほど擦り切れている。まるで後づけされたような雪駄も、踵と一緒に一つの木から彫り出しているというから、彫刻のリアリティに目が離せなくなりました。こんな感動を、ものの数分で体にくらったわけですから、とんでもないことですよ。

この像を造ったのは運慶の四男康勝。なぜ300年近く経ってから空也像が彫られたのかははっきりしていません。父運慶は仏像に現実感を吹き込んだ天才です。康勝は、その運慶の一門の中で若い頃から鍛えられ、この空也像も割と若い段階で彫ったのは間違いないそうです。若い康勝が父に挑もうとする執念すら感じられます。

私の考察を語ってみると……、同じく鎌倉時代の空也上人像は全国に数点あるから、空也上人に対する信仰が盛り上がっていたのか?(でもみんな康勝の像より後)高僧の人物彫刻が増えた時代だったからか?父運慶の六波羅蜜寺地蔵菩薩の制作に影響されて自身の腕試しとして挑戦したのか?もしくは康勝が私と同じで強火の空也オタクだったか?(これが本当かも)

空也上人のすごいところは、これだけ新しいことをして影響力があったのに、宗派を作らなかったことです。空也上人の没後1年目には『空也誄』という人生エピソードが詰まった書物が編纂されますが、それ以外はない。だから、康勝の空也上人像なしに空也上人の生き様をこうも生き生きと理解するのは、無理だったと思います。康勝さん、あなたすごいよ。ありがとう。

何度訪れても感動しちゃうのも空也上人像のいいところ。また会えて良かったなという安堵する時も、励まされて私はもっと頑張らなきゃと思う時や、今までの自分を省みる時も。きっと「空也(からなり)」、空っぽだからこそ、どんな人とも繫がりあえる余地があって、拝む人のいろいろな心に寄り添ってくれるんだと思います。

今、世界中の皆さんは日夜多くの問題に直面しています。災害、疫病の蔓延、政治の混乱、戦が絶えない、という現代。1050年前の空也上人が人々のために祈った時代と状況が重なります。きっと、今の皆さんの心にも、響くものがあると思います。六波羅蜜寺を一度訪れていただきたいと強く願います。南無〜。


イラスト/書籍『みほとけの推しほとけ』より
写真/shutterstock

#1 みほとけさんインタビュー
#2 宇宙を統括する東大寺の大仏
#3 燃やされそうになった仏像の奇跡のストーリー

みほとけの推しほとけ(笠間書院)

みほとけ
これさえ唱えれば救われる…仏像大好き芸人みほとけの初恋にして最愛の「推し」、空也上人のありがたいお言葉_4
3月13日発売
1980円
240ページ
ISBN:978-4305710086
読んだら、絶対会いに行きたくなる!

年間1000体以上、これまで10000体以上拝み倒した、「お寺・仏像研究家」の芸人みほとけが、独自の目線で、仏像の魅力を語ります!

日本各地で出会った仏像から、悩みに悩んで選び抜いたオススメの仏像48尊を、本人作のイラストとともに紹介。

仏像の特徴や造立の経緯から、お寺の歴史、仏師などゆかりの深い人物のエピソード、周辺地域の様子まで、率直すぎるリアクションを織り交ぜながらわかりやすく解説。それぞれの仏像の個性と楽しみ方がよくわかります。さらに知識が深まる「おまけメモ」付き。仏像のことを、きっと誰かに話したくなるはずです。

●どこをどう見たらいいか、わからない!
●何がすごいの?
●全部同じに見える……
●どんなご利益があるの?
●そもそも仏像って何?

「仏像を見るってちょっと難しい……」「仏教や仏像のことをよく知らない……」という人でも、知識ゼロから仏像がわかる・楽しめる、仏像超入門本です。

【目 次】
第1章 やっぱり最高!有名すぎるほとけ 誰もが認める国民的アイドル、仏像界のセンター 興福寺 阿修羅像など
第2章 癒しと色気の美ほとけ 僧侶人気ナンバーワン! 密教美の集大成 観心寺 如意輪観音など
第3章 ハートを射抜くイケメンほとけ 鋭さと切なさと心強さと 室生寺 釈迦如来坐像など
第4章 ビジュアルが強いほとけ でかい! こわい! でもやさしい 観世音寺 馬頭観音菩薩立像など
第5章 かわいい愛されほとけ まんまるまるく まるくまんまる 山梨県身延町 木喰仏など
第6章 アクロバティックなほとけ 阿弥陀様を讃えるエンターテイナー集団 平等院 雲中供養菩薩像など
第7章 大地が生んだほとけ 東北の大横綱 勝常寺 薬師如来坐像など
第8章 歴史ロマンあふれるほとけ 風が運ぶ慈悲 涙をためたうるうるアイズ 建長寺 地蔵菩薩坐像など
第9章 ご当地スターほとけ 東北の山に潜む〝完全体〟の奇跡 大徳寺 横山不動尊など
第10章 ほとけになった素敵な人 初恋にして最愛の「推し」 六波羅蜜寺 空也上人像など