2024年3月14日から国会で審議入りした「共同親権」導入を含む民法改正案。議論の大前提となる日本と海外の制度の実態を外務省資料に基づいて指摘する。

外務省によるハーグ条約締結国の報告書が示す意外な事実

離婚後の両親が共に親権を持つ共同親権。3月14日、共同親権導入を含む民法改正案がついに国会で審議入りした。導入に肯定的な声には「離婚後も2人の親が協力して子育てできる共同親権はグローバルスタンダードであり、日本の現行制度は遅れている」という趣旨の意見が多く見られる。

本記事では、この実態を客観的事実である外務省公開情報に基づいて確認していきたい。

外務省ウェブサイトにはハーグ条約(国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約)関連資料として、「親権・監護権に関する各締約国の法令について」と題して19か国の状況を丹念に調査した報告書が掲載されている。(*19カ国の構成(外務省掲載順):オーストラリア、ブラジル、カナダ、フランス、ドイツ、イタリア、メキシコ、ニュージーランド、ペルー、フィリピン、韓国、ロシア、シンガポール、スペイン、スリランカ、スウェーデン、タイ、英国、米国)

しかし、これらの資料を読み込むと、19か国の中に共同親権を採用している国は実は一つも存在しないことが分かる。それどころか日本で用いられている「親権」と同義の概念はほとんど登場すらしない。

 強いて言えば、州ごとに法令が異なる米国ではルイジアナ州が「親権」(Parental authority)という言葉を用いている。該当箇所(ルイジアナ民法典235条)の原文および和訳を以下に例示する。

《Art. 235. Parental authority terminates upon the child’s attaining the age of majority, upon the child’s emancipation, or upon termination of the marriage of the parents of the child.

第 235 条:子の成人年齢到達、成年擬制(emancipation)、又は子の父母の婚姻の解消により父母の親権は終了する。》

【出典:ルイジアナ民法典 *日本語訳は外務省「親権・監護権に関するルイジアナ州(米国)法令の調査報告書 条文解説」(P17) を引用】

だが、これは極めて稀な例外である。

「親の権利」から「子の利益」へと進む世界の潮流

では、なぜ「共同親権は海外で一般的」という誤った認識が日本で広まったのか。大きな原因は、離婚後に両親が共有する概念の範囲が欧米では時代とともに「親の権利」から「子の利益」へと進化したことにある。概念の進化を4段階で整理すると以下のようになる。

親権(Parental Authority):日本で共有の議論対象となっている概念に相当。この概念にとどまる日本は欧米から見れば遅れている

監護(Joint Custody):親の「権利」ではなく、子供を守る意味合いを強化した概念

責任(Shared Parental Responsibility):「監護」では立場が強い親が立場が弱い子を守る考え方のため、親の「責任」の意味合いを強化した概念。あくまでも権利ではなく、責任をシェアする考え方。

養育(Parenting):「責任」よりもさらに中立的な概念

要するに、日本はいまだに「親の権利」を強く意識した「親権」の共有を議論しているのだ。一方、欧米を始めとする諸外国では「子の利益」を尊重する方向で共有すべき概念が「監護」→「責任」→「養育」へと進化している。「共同親権は海外で一般的」という認識は、こうした潮流の変化を見落としたことによる誤解といえる。(*詳細は筆者のtheLetter「共同親権・面会交流に潜むミスリード」(2024年3月3日) 参照)

文/犬飼淳