アジア杯は優勝候補に挙げられながら準々決勝敗退。2連勝で嫌なムードを断ち切りたい
アジア杯は優勝候補に挙げられながら準々決勝敗退。2連勝で嫌なムードを断ち切りたい

アジア杯でのショッキングな敗戦もまだ記憶に新しい中、再開するW杯アジア2次予選に森保ジャパンが臨む。その相手はグループ中、最も不気味な存在の北朝鮮。しかもホームアンドアウェーの2連戦。両国のサッカーを知る鄭大世(チョン・テセ)氏に見どころを聞いた。

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■対戦成績はほぼ互角。アウェーでは負け越し

準々決勝敗退に終わったアジア杯から約1ヵ月半、森保ジャパンが2026年北中米W杯アジア2次予選、北朝鮮との2連戦(21日・国立、26日・平壌)に臨む。

2次予選は昨年11月にスタートし、日本はミャンマー、シリア相手にいずれも5−0と快勝。今回、北朝鮮に連勝すれば、2試合を残して今年9月から始まる最終予選への進出が決まる。

アジア杯では不安定な戦いを続けたものの、多くの海外組を擁し、FIFAランキングでも日本の18位に対して北朝鮮は114位と、優位は動かないだろう。

だが、ギリギリで開催が決定したアウェーの平壌での2戦目は簡単にはいかないかもしれない。

「僕は今の日本代表は過去最強だと思ってます。問題なく最終予選に進むでしょう。ただ、2次予選で北朝鮮と当たるのはアンラッキー」

元北朝鮮代表FWでJリーグでも長くプレーし、現在は解説者としてもおなじみの鄭大世氏はそう切り出した。

鄭大世(チョン・テセ) 愛知県生まれの在日コリアン3世。川崎F、ボーフム(ドイツ)などに所属し、パワフルなプレースタイルでゴールを量産したストライカー。北朝鮮代表としては2010年南アフリカW杯に出場。22年シーズンをもって現役引退、現在はサッカー中継の解説など日本と韓国でマルチに活動中
鄭大世(チョン・テセ) 愛知県生まれの在日コリアン3世。川崎F、ボーフム(ドイツ)などに所属し、パワフルなプレースタイルでゴールを量産したストライカー。北朝鮮代表としては2010年南アフリカW杯に出場。22年シーズンをもって現役引退、現在はサッカー中継の解説など日本と韓国でマルチに活動中

「歴史的背景もあって、北朝鮮は想像を超えるような気迫で臨んでくると思います。ホーム(国立)では日本が優位でも、アウェー(平壌)はまったく違う戦いになる。

北朝鮮の選手はいい意味でも悪い意味でも純粋。アウェーでは海外の環境に不慣れなせいで、そこまで萎縮するのかってくらいプレーが消極的になるのに、ホームだと一変して野獣のように相手に襲いかかる。

また、弱き者に対して弱く、強き者に対して強いという面もあるし、少なくとも日本や韓国を相手に選手の心が折れることはない。気合いとか根性論で勝てるほど現代サッカーは甘くないですけど、北朝鮮に限ってはそれが当てはまりません。

特にホームでは技術や戦術を超越するすさまじいメンタリティを発揮することがある。ナメてかかったら痛い目に遭いますよ」

FIFAランキングもあまり当てにならないという。

「たくさん試合が組める、経済的に恵まれた国が有利になるようにできていますから」

北朝鮮はW杯2次予選でここまで1勝1敗。実力的には日本が上回っているはずだが......
北朝鮮はW杯2次予選でここまで1勝1敗。実力的には日本が上回っているはずだが......

過去の対戦成績を見ると、19試合で日本の8勝4分け7敗とほぼ互角。ほとんどが僅差での勝負で、敵地での対戦に限れば0勝2分け2敗と負け越している。

W杯予選でいえば、14年ブラジルW杯3次予選での対戦が記憶に新しい。11年9月、ホームでは後半アディショナルタイムの吉田麻也のゴールで1−0と勝利したものの、2ヵ月後のアウェーでは0−1で敗戦。

日本がすでに最終予選進出を決めていた状況ではあったが、退場者を出してひとり少なくなった北朝鮮に完封された。

■完全なるアウェー、金日成スタジアム

今回はその対戦以来、13年ぶりに平壌の金日成スタジアムに乗り込む。当時ピッチに立っていた鄭大世氏は「完全なるアウェー。あの独特の雰囲気の中、いつもどおり戦うのは困難」とする。

「スタジアム内はほぼすべてが北朝鮮のサポーター。スタンドでマスゲームのように人文字がつくられ、試合が始まれば怒号のような声援が響く。僕も現役時代にいろいろな場所でプレーしましたが、あの雰囲気はほかにはないです。

今回も約5万人収容のスタジアムが満員になるでしょう。サポーターも気持ちを高めて臨んでくる。北朝鮮の選手にとっては心強いですし、逆に日本の選手にとっては今までに経験したことのない雰囲気。

13年前に北朝鮮が勝ったとき、選手もサポーターもまるでW杯出場を決めたかのように喜んでいましたけど、それだけ日本戦にかける思いは強い」

22年カタールW杯のアジア2次予選では韓国と同グループに入った北朝鮮。個々の能力で上回る韓国に対し、ホーム平壌では0−0のドローに持ち込んでいる。

韓国のエース、ソン・フンミンは当時、「実力うんぬんの前に、北朝鮮で試合をすること自体が大きな負担。平壌ではインターネットも使えずにストレスがあった」と語っていた。

その点については鄭大世氏もこう続ける。

「スマホは持ち込めないでしょう。また、練習と食事の時間以外はおそらくホテルの部屋に缶詰め状態。しかも、日本代表はいつも高級ホテルに泊まっていますけど、北朝鮮で一番いいホテルといっても、そういう高級ホテルと比べたら古びているし、ベッドも硬い(笑)。ホテルの中には軍服を着た警備の人間もいたりする。そうした状況がプラスになるわけはない」

北朝鮮はコロナ禍の20年以降に遠ざかっていた国際舞台に昨年ようやく復帰。この2次予選ではここまでシリアに0−1で敗れている一方、ミャンマーには敵地で6−1と大勝している。

「詳しいチーム状況はわかりませんが、(ミャンマー戦でハットトリックを決めた)FWチョン・イルガンは僕も一緒にプレーしていました。スイスでのプレー経験がある、いい選手です。

それからFWパク・クァンリョンも(11年に)スイスのバーゼルで欧州チャンピオンズリーグの舞台を経験していて、高さとスピードがある。かつてセリエAのユベントスに所属していたMFハン・グァンソンも、一時は消息不明なんて言われていましたが、メンバーに入っているようです。前線の3人は力がありますよ」

一方で日本代表については、冒頭で述べたように「過去最強」だとしながらも気になることがあるという。

「メンバーを見れば、リバプールやアーセナルなどスゴいクラブの選手ばかり。それなのに僕なんかがどうこう言うのはおこがましいですが、アジア杯での戦いぶりを見て、時代が変わっても、メンバーが変わっても、ロングボールへの対応という昔からの日本の弱点は変わっていないなと。不思議ですよね。

北朝鮮もアジア杯の試合映像を見ているでしょうし、当然狙ってくるはず。日本はサッカーをどこまでもスポーツととらえているというか、『スポーツマンシップにのっとり』に乗っ取られているようにも見えます。

勝負事は相手との駆け引きの上で成り立つので、どれだけ激しく目の前の相手を潰すかという意味で、日本代表の優しさがスポーツの枠からはみ出せない弱点になっているような気がします......あくまで私見ですが」

試合展開はこう予想する。

「(過去の対戦同様に)点差が大きく開くとは思いません。日本としてはとにかくホームの1戦目で早い時間に先制点が欲しいですね。北朝鮮はベタ引きで守ってくるはず。前半を無失点に抑えれば、日本に焦りが出て、そのまま北朝鮮が守り切る可能性もある。そうなるとアウェーの2戦目もさらに難しくなる。

日本の悪いクセは、リスクを冒さずにポゼッションに走ってしまうこと。そうなると(相手の守備に)穴はなかなか開かない。ゴールを奪うためにはリスクを恐れずに積極的にプレーすることが必要でしょう」

日本は三笘 薫をはじめ招集できなかった選手も多い。そんな中で鄭大世氏が注目選手として名前を挙げるのはFW上田綺世だ。

「北朝鮮が引いてくる以上、クロスボールを中央でどう合わせるかが重要。上田の出来がカギになる。決定力うんぬんを言う人もいますが、今の日本代表のFWで最もチャンスに顔を出しているのは上田だと思うし、ポジショニング、シュート技術は一番です」

振り返れば、13年前のW杯予選での対戦時には、日本代表が平壌の空港に到着した際、入国審査がいっこうに進まず4、5時間も待たされたほか、アルベルト・ザッケローニ監督(当時)が持ち込んだわさびまで没収されるなど、アウェーの洗礼を受けたことも大きく報道された。今回もピッチ外の問題が起こるのか、そこも気になるところ。

「あのときは先に埼玉スタジアムで試合をしたのですが、僕も空港でチョコレートを没収されましたし、荷物チェックで何時間も待ち、バス移動のルートも遠回りだったりしました。今回は日本にも北朝鮮にもそういうことは起こってほしくないですね」

取材・文/栗原正夫 写真/共同通信社 新華社/アフロ