セルビア代表のドラガン・ストイコビッチ監督を右腕として支える日本人コーチがいる。“ピクシー”と名古屋でも共闘し、2010年のリーグ優勝に貢献した喜熨斗勝史だ。

 そんな喜熨斗氏がヨーロッパのトップレベルで感じたすべてを明かす連載「喜熨斗勝史の欧州戦記」。今回は開幕が迫ったEURO2024への準備や、レジェンドばかりの各国代表監督との交流の様子などを語ってくれた。

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 今年6月に開催されるEURO2024(ドイツ)まで残り2か月。22年ワールドカップ・カタール大会も凄い雰囲気の中で試合ができましたが、日本人は過去ひとりも参加したことない大会。それがどういうことなのか、どういうものなのか、今は想像もできないです。

 ですが4月7日から3日間、2024年EURO参加国が一堂に会したデュッセルドルフでのワークショップに参加して“戦いはすでに始まっている”と感じました。今回はそんな貴重な3日間について、主に話をしていきたいと思います。

 その前に、3月の国際Aマッチウイークでセルビア代表はロシア代表、キプロス代表と親善試合を行ないました。この2試合では久々の招集選手を含めて5人ほど新しくトライ。

 ロシア戦は前半21分でDFミラン・ガイッチ(CSKAモスクワ)が一発退場したこともあって0−4で敗れ、キプロス戦は主要メンバーを起用して1−0の勝利を収めました。選手個々のレベルやできることが確認できたし、チームとしてもアクを出すことができた。有意義な2試合だったと思っています。

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 そこからの1週間...いや代表キャンプ中からテクニカル分析とタクティカル分析、EURO予選を含めた自チームの問題点の抽出、対戦チームの分析などに多くの時間を割いてきました。実はパナシナイコスやPAOK、AEKの練習視察やスタッフミーティングのためにギリシャに滞在していたのですが、ほぼホテルと各クラブ練習場の往復で、自由時間は世界遺産のアクロポリスに行った5時間ぐらい。そんな濃密な1週間を経て、ミスター(ドラガン・ストイコヴィッチ監督)らとともにデュッセルドルフへ向かいました。

 このワークショップでの主な仕事パートはふたつ。ひとつは私がまとめた資料をもとに、ミスターとのミーティングです。テクニカルな話し合いを何度も行ない、EUROに向けた準備もできたと感じています。

 もうひとつは各国代表の監督やコーチ陣とのミーティングです。ご存じの方もいらっしゃるかもしれませんが、6月1日までは各クラブに拘束力があり、代表チームへの合流は同2日からと定められています。シーズンの疲労度を考慮しないといけないし、かつFWルカ・ヨビッチが所属するACミランはシーズン終了後の6月1日にローマとの親善試合のためにオーストラリア遠征が組み込まれています。

 各国コーチ陣とは「現代のナショナルチームは準備期間がとにかく少ない。その中で如何に戦術を落とし込めるか、コンディションを整えるのか」について意見交換しました。日本代表も同様ですが、各国代表はタイトなスケジュールの中でのマネジメントを求められています。

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 そして各国監督とのコミュニケーション。当初、私は完全に部外者扱いでした。そりゃそうですよね。この場に日本人がいるというのは通常あり得ない状況。周囲からは「誰だ、お前?」のような目で見られ、IDを提示して納得してくれる感じでした。

 でも受け入れてもらった後は色々な方と話せました。その中のひとりがイングランド代表のガレス・サウスゲート監督。朝食会場で一緒になり、1時間ほど話しました。我々のEURO1次リーグ初戦の相手ですので全てはさらけ出せませんし、プレッシャーを掛けないといけない部分もありましたが(笑)、流石だなと感銘を受けました。

 彼は「指導者としてスキルアップするためには色んな文化の人間、人種と話すことが大事なんだ」と熱弁されていました。プレミア・リーグではマンチェスターCでグアルディオラ監督(スペイン人)、リバプールでクロップ監督(ドイツ人)、アーセナルではアルテタ監督(スペイン人)が結果を残していますが「彼らから刺激を受けている」と。これは日本サッカーにも必要な要素だと思いますし、より多くの日本人指導者が欧州や海外リーグの舞台に立って欲しいと願います。
 
 サウスゲート監督以外ではトルコ代表のヴィンチェンツォ・モンテッラ監督、フランス代表のディディエ・デシャン監督、イタリア代表のルチアーノ・スパレッティ監督と話す機会がありました。

 モンテッラ監督は現役時代、ローマで中田英寿と同僚。私が平塚(現・湘南)でコーチをしていた時にヒデがいたのでそれを話すと「彼のような優秀な選手を育ててくれてありがとう」と感謝されました。むしろ私自身が教わったと伝えると「それが日本人のメンタリティーだ。俺の好きなところなんだ」と親日ぶりを見せてくれました。

 デシャン監督は私がユベントス研修をした際に現役選手として在籍していて、当時の話に花を咲かせました。スパレッティ監督とはカズ(三浦知良)の話題になって、まだ現役を続けていることに「本当?」と驚いていましたね。ディナーパーティー出席者はサッカーシーンではお馴染みの顔ばかりで“この人たちと戦うんだな”と大きな刺激を受けました。

 4年に一度の欧州最大の祭典。私にとってはセルビア代表コーチとして集大成と位置づける大会です。この幸せな唯一無二の時間を最大限に楽しむために、細心の準備を進めていきます。

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PROFILE
喜熨斗勝史
きのし・かつひと/1964年10月6日生まれ、東京都出身。日本体育大卒業後に教員を経て、東京大学大学院に入学した勤勉家。プロキャリアはないが関東社会人リーグでプレーした経験がある。東京都高体連の地区選抜のコーチや監督を歴任したのち、1995年にベルマーレ平塚でプロの指導者キャリアをスタート。その後は様々なクラブでコーチやフィジカルコーチを歴任し、2004年からは三浦知良とパーソナルトレーナー契約を結んだ。08年に名古屋のフィジカルコーチに就任。ストイコビッチ監督の右腕として10年にはクラブ初のリーグ優勝に貢献した。その後は“ピクシー”が広州富力(中国)の指揮官に就任した15年夏には、ヘッドコーチとして入閣するなど、計11年半ほどストイコビッチ監督を支え続けている。
指導歴
95年6月〜96年:平塚ユースフィジカルコーチ
97年〜99年:平塚フィジカルコーチ
99年〜02年:C大阪フィジカルコーチ
02年:浦和フィジカルコーチ
03年:大宮フィジカルコーチ
04年:尚美学園大ヘッドコーチ/東京YMCA社会体育保育専門学校監督/三浦知良パーソナルコーチ
05年:横浜FCコーチ
06年〜08年:横浜FCフィジカルコーチ(チーフフィジカルディレクター)
08年〜14年:名古屋フィジカルコーチ
14年〜15年8月:名古屋コーチ
15年8月〜:広州富力トップチームコーチ兼ユースアカデミーテクニカルディレクター
19年11月〜12月:広州富力トップチーム監督代行
21年3月〜: セルビア代表アシスタントコーチ