土星に代表されるように、太陽系の天体の幾つかは環を持っています。当初、環は4つの巨大惑星、すなわち木星・土星・天王星・海王星でのみ知られていたため、天体が環を持つにはある程度の大きさが必要であると考えられてきました。しかし、2014年に小惑星カリクローで環が発見されたのを皮切りに、現在ではキロンとハウメア、そしてクワオアーでも環が発見されています (※1) 。

※1…ただし、キロンの環の存在には議論があり、存在しないという否定的な意見もあります。このため、クワオアーの環は太陽系内で7番目ないし8番目に発見された環となります。

クワオアーの環は2023年2月の論文で発表されたばかりであり、2018年から2021年にかけて得られた観測データの分析で判明しました。

小さな天体の環は極めて細く暗いため、望遠鏡で直接観測を行うことはできず、環を見つけるには「星食」を観測する必要があります。小惑星が恒星の手前を横切ると、地球からは恒星が小惑星に隠されることで、一時的に消えたように見えます。これが星食と呼ばれる現象です。環を持たない天体が横切る場合に恒星が消えるのは1回だけですが、環を持つ天体の場合は本体が横切る前後に環が横切るため、恒星は消えたり現れたりを何度か繰り返すことになります。恒星が消えたように見えたタイミングや継続時間を厳密に測ることで、環から天体までの距離、環の幅や本数といった情報を得ることができるのです。

ただし、星食は滅多に起こる現象ではありません。通常は事前に環の存在を知る手段が存在しないことから、ある天体に環が見つかるかどうかは偶然に左右されます。

【▲ 図1: クワオアーとその環による星食を観測した天文台の位置。 (Image Credit: C. L. Pereira, et.al.) 】

【▲ 図1: クワオアーとその環による星食を観測した天文台の位置(Credit: C. L. Pereira, et.al.)】

クワオアーの環の初発見を報告した研究者を含む国際研究チームは、2022年8月9日に起きた星食の観測データの分析を行いました。すでに環の存在が示唆されていたため、この観測はクワオアー本体だけでなく環の存在の有無を事前に想定して行える珍しい機会となりました。

この時の星食では、クワオアーが「Gaia DR3 4098214367441486592」というカタログ名の恒星の手前を横切る様子をハワイと北アメリカ大陸で観測できることが予測されたため、アメリカ、カナダ、メキシコの各天文台が観測に参加しました。その結果、クワオアーの詳しい形状の測定と、新たな環の発見に成功しました。

【▲ 図2: 星食により推定されたクワオアー本体の形状。単純な球体やラグビーボール型ではなく、3軸不等楕円体と呼ばれるより複雑な形状である可能性が高いことが分かった。 (Image Credit: C. L. Pereira, et.al.) 】

【▲ 図2: 星食により推定されたクワオアー本体の形状。単純な球体やラグビーボール型ではなく、3軸不等楕円体と呼ばれるより複雑な形状である可能性が高いことが分かった(Credit: C. L. Pereira, et.al.)】

まず、クワオアーの本体の形状が詳しく判明しました。最も長い部分での半径は約579.5kmであると推定されましたが、その形状は単純な球体やラグビーボール型(回転楕円体)ではなく、より複雑な「3軸不等楕円体」と呼ばれる形状(3軸に沿って測定した半径がすべて違う楕円体、言ってみれば「湯たんぽ」のような形状)であることが推定されました。これまでは平均半径約555.0kmのラグビーボール型であると推定されていたことを考えると、これは大きな違いです。

【▲ 図3: Gaia DR3 4098214367441486592の明るさの変化。クワオアー本体や環が手前を横切ることによって明るさが変化している。今回の観測で2本目の環 (Q2R) が発見された。また、1本目の環 (Q1R) による明るさの変化が左右非対称なことから、片側に濃い部分が偏っていると推定された。 (Image Credit: C. L. Pereira, et.al.) 】

【▲ 図3: Gaia DR3 4098214367441486592の明るさの変化。クワオアー本体や環が手前を横切ることによって明るさが変化している。今回の観測で2本目の環 (Q2R) が発見された。また、1本目の環 (Q1R) による明るさの変化が左右非対称なことから、片側に濃い部分が偏っていると推定された(Credit: C. L. Pereira, et.al.)】

また、2023年2月に発見が発表された環 (Q1R) は、今回の観測でかなり正確な大きさと詳細な構造が判明しました。環の半径は4057±6kmで、環には濃い部分と薄い部分があり、おそらく環の一部分だけが弧状に濃くなっていることを示唆しています。

さらに今回、新たに2本目の環 (Q2R) が発見されました。2本目の環の半径は2520±20kmで、最初に見つかった1本目の環よりも内側にあり、幅も1本目より細いことが判明しました。また、今回の観測では1本目の環と異なり、孤のような明確な構造がないこともあわせて判明しました。

クワオアーの2本の環はいずれも「ロシュ限界」の外側にあります。これは他の天体の環とは大きく異なる特徴です。ロシュ限界とは、ある天体を公転する衛星の大きさを制限する値です。主星の周りを公転する天体は、主星から潮汐力を受けます。潮汐力の強さは公転する天体の直径が大きいほど・主星に近いほど大きくなります。そのため、主星にあまりに近く、ある程度の大きさを持つ天体は潮汐力で砕けてしまうため、存在できないことになります。この限界となる距離をロシュ限界と呼びます (※2) 。

※2…巨大惑星には、ロシュ限界の内側を公転する衛星もあります。ロシュ限界で実際に天体が砕けるかどうかは天体の大きさや密度にも依存するため、小さく低密度な衛星はロシュ限界の内側でも存在することができると考えられています。

これまでに知られているクワオアー以外の環は、全てロシュ限界の内側や境界部に存在するため、環は潮汐力によって衛星になれない物質の集合体であると見なされていました。裏を返せば、ロシュ限界の外側では物質が集まって衛星が形成されるため、環は存在しないということになります。しかし、クワオアーで発見された環は2本ともロシュ限界のはるか外側にあるため、この理論に反する存在となります。

【▲ 図4: 今回見つかった2本の環は、いずれもロシュ限界より外側にあり、クワオアーの自転周期またはウェイウォットの公転周期との軌道共鳴関係にあると考えられている。 (Image Credit: C. L. Pereira, et.al. / 日本語文字は筆者加筆) 】

【▲ 図4: 今回見つかった2本の環は、いずれもロシュ限界より外側にあり、クワオアーの自転周期またはウェイウォットの公転周期との軌道共鳴関係にあると考えられている(Credit: C. L. Pereira, et.al. / 日本語文字は筆者加筆)】

従来の理論に従えば、ロシュ限界のはるか外側にあるクワオアーの環は100年足らずで1つの塊、つまり衛星になると推定されます。クワオアーの環が衛星を形成することなく環のままで存在するには、何かひと塊になるのを避ける物理現象が必要です。

研究チームは、クワオアー本体の自転周期や、衛星ウェイウォットの存在がカギであると考えています。1本目の環の公転周期はクワオアーの自転周期の3倍であり、ウェイウォットの公転周期の6分の1です。2本目の環の公転周期はクワオアーの自転周期の1.4倍ですが、これは5:7という整数比で表すことができます。

このように、環や天体などの公転周期が他の軌道要素と整数比になる関係を「軌道共鳴」と呼びます。軌道共鳴の関係にある公転周期は安定していますが、それ以外の公転周期は不安定なので、公転周期に制約が生じます。

クワオアーの環の場合、環を構成する物質は軌道共鳴によってかき乱されることで1つの塊になるのを妨げられていると同時に、散逸して環が消滅することも妨げられていると考えられます。また、1本目の環に見られる孤のような構造も、軌道共鳴によって物質が偏った場所に集められていると考えることで説明が付きます。

また、ロシュ限界の外側に環が発見されたことで、環の形成に関する理論そのものも見直しが迫られています。今回クワオアーに2本目の環が発見されたことで、ロシュ限界の外側にある環は珍しくない可能性が示されました。クワオアーの環の性質を更に観測することで、環の性質や形成に関する理論が大幅に書き換えられたり、すでに発見されている環にまつわる謎が解明されたりするかもしれません。

 

Source

C. L. Pereira, et.al. “The two rings of (50000) Quaoar”. (Astronomy & Astrophysics)

文/彩恵りり