関西を中心に活躍するピアニスト西岡沙樹が「ノクターン」と「即興曲」全曲による珠玉のオール・フォーレ・プログラムを引っ提げて、『フォーレ、移ろう色彩』と題したコンサートを5月30日(火)にザ・フェニックスホールで行う。
来年2024年は、フォーレ没後100年のアニバーサリーイヤー。「レクイエム」や「パヴァーヌ」、「シチリアーノ」といった管弦楽曲が例年になくオーケストラで奏でられ、美しい室内楽曲や歌曲などが競ってコンサートで採り上げられることが予想される。そんなブームに先駆けてフォーレ三昧のコンサートを開催する西岡沙樹に、フォーレの音楽の魅力や今回のリサイタルに込めた思いを聞いてみた。

西岡沙樹にあんなコトやこんなコトを聞いてみた 撮影=H.ISOJIMA

西岡沙樹にあんなコトやこんなコトを聞いてみた 撮影=H.ISOJIMA

ーーフォーレだけのコンサート、しかも「ノクターン」全13曲と、「即興曲」全5曲のプログラムという事で、西岡さんの強いこだわりを感じます。

ここまでフォーレに特化した形のコンサートを開催するのは初めてです。プログラムの後半だけフォーレというコンサートはありましたが、今回は思い切った挑戦です。今回取り上げる「ノクターン」全13曲は、第1番が30歳の作品で、最後の第13番は亡くなる3年前の76歳の作品。一人の作曲家の作風の変遷を音楽と共にたどる、意義深いコンサートです。公演タイトルが​『フォーレ、移ろう色彩』となっているように、フォーレの音楽の魅力である繊細なハーモニーの移ろいと共に、フォーレの人生の移ろいにも思いを致し、美しく心地良い音楽の世界にたっぷりと浸って頂こうと思ってプログラムを考えました。​

ーー「ノクターン」の間に、「即興曲」全5曲が散りばめられています。

「ノクターン」がとても濃密な音楽となっていますので、お客様に途中で空気を変え、軽やかな感じを与えたいと思い、即興曲を挟みました。「ノクターン」が第1番から作曲順に並んでいるので、即興曲も作曲順を守りながらも、調性を意識して並べてみました。「即興曲」の第3番までと、フォーレの作品の中でも評価の高い「ノクターン第6番」を弾き終えた所で前半が終了し、休憩が入ります。

「プログラムはノクターンの間に、即興曲が散りばめられています」 (c)Tomoko Taira

「プログラムはノクターンの間に、即興曲が散りばめられています」 (c)Tomoko Taira

ーー来年がフォーレ没後100年のアニバーサリーイヤーという事を考えて、このタイミングでコンサートを開催されるのでしょうか​。

今回、ザ・フェニックスホールのエヴォリューション・シリーズに選出いただいたことで、フォーレ三昧の思い切ったコンサートが実現しました。来年になるとオーケストラや室内楽団をはじめ、クラシック音楽に関わる全ての演奏家がフォーレの魅力的な作品を取り上げられること予想されます。フォーレが話題になる前に、このコンサートを行うことに意味があるのではないでしょうか。ブームの最中に「西岡さんのピアノで聴いたあのフォーレ!」と言っていただけると嬉しいです(笑)。​

あいおいニッセイ同和損保ザ・フェニックスホールの外観 写真提供=あいおいニッセイ同和損保ザ・フェニックスホール

あいおいニッセイ同和損保ザ・フェニックスホールの外観 写真提供=あいおいニッセイ同和損保ザ・フェニックスホール

フェニックス・エヴォリューション・シリーズとは、あいおいニッセイ同和損保の芸術文化支援活動の一つ 写真提供=あいおいニッセイ同和損保ザ・フェニックスホール

フェニックス・エヴォリューション・シリーズとは、あいおいニッセイ同和損保の芸術文化支援活動の一つ 写真提供=あいおいニッセイ同和損保ザ・フェニックスホール

ーーフォーレにこだわって演奏するピアニストをあまり思い付きません。西岡沙樹のフォーレ弾き宣言! といったところでしょうか。

特定の作曲家のイメージが付くことは、ピアニストにとってどうなのかとも思いましたが、ずっと迷い、もがいて来た事を思えば「フォーレが得意な西岡沙樹!」といったイメージを持っていただけるのなら、ありがたいことです。私にとってもっとも自然体で接することの出来るフォーレの作品をライフワークとして自身の主軸に置くことに、何ら躊躇いはありません。フォーレの作品を演奏活動の中心に据えて、その後フォーレに繋がりがあり、私が得意としているリストやアルベニス、ラヴェルやサン=サーンスといったフランス音楽全般の作曲家(もちろんバロックから現代作曲家まで!)の作品を絡めて展開して行ければいいですね。

「フォーレの作品をライフワークとして、演奏活動を行ってまいります」 (c)Shigeto Imura

「フォーレの作品をライフワークとして、演奏活動を行ってまいります」 (c)Shigeto Imura

ーーピアノを習い始められたのはいくつの時ですか。パリ国立高等音楽院に留学されるまでの経緯も併せて教えてください。

ピアノは3歳からです。小学校の時には、ピアノと同じくらい水泳も頑張っていましたが、最終的にピアノが残りました。その頃からクラウディオ・ソアレス先生に就いていますが、キッカケは地元奈良の楽器店に先生が教えに来られて、レッスンに空きが出来たので受けてみないかと知り合いに勧められたことでした。その時のレッスンの内容が興味深く、刺激的だったので、この先生に師事したいと思いました。その後、芸術とスポーツの盛んな四天王寺高等学校から、京都市立芸術大学へ進学し、大学卒業後にパリ国立高等音楽院ピアノ科修士課程に合格し、2018年までパリにいました。

「フォーレが学長を務めたパリ国立高等音楽院で音楽を学びました」

「フォーレが学長を務めたパリ国立高等音楽院で音楽を学びました」

ーーフランス音楽、中でもフォーレに惹かれたのはいつですか?

中学1年の時にコンクールを受けていたのですが、他の子がフォーレの「ヴァルス=カプリス第1番」を弾いていたのを耳にして、「何この曲? 弾きたい!」と衝撃を受けました。すぐに先生に言って、弾かせてもらいました。フランス音楽でもドビュッシーの組曲『子供の領分』「ゴリーウォーグのケークウォーク」なんかは既に弾いていましたが、ピンと来たのはフォーレでしたね。2015年にフランスで受けた国際コンクールの課題曲が「即興曲第5番」。またフォーレが学長を務めたパリ国立高等音楽院の入試課題曲が「ノクターン第13番」と、フォーレは自分に縁のある作曲家だと意識するようになりました。

「フォーレは自分に縁のある作曲家だと意識するようになりました」

「フォーレは自分に縁のある作曲家だと意識するようになりました」

ーーフォーレを演奏する上で、参考にしているピアニストは誰ですか。

ジャン=フィリップ・コラールですね。無駄をすべて削ぎ落とした彼の演奏が好きです。実は、コンクールで審査員をしていた彼の前で2度演奏したことがありました。感情を込めて弾いたのですが、一言「そんなのいらないから」と言われてしまいました(笑)。

「無駄を全て削ぎ落としたジャン=フィリップ・コラールの演奏が好きです」

「無駄を全て削ぎ落としたジャン=フィリップ・コラールの演奏が好きです」

ーー今回のコンサートで、ここを聴いて欲しいという所を教えてください。

予想通りに展開しないフォーレ独特の曖昧な響きや繊細なハーモニーを意識して、コンサートのタイトルに『移ろう色彩』と付けました。境界線がはっきりわかれていない、揺らぎのような響きがフォーレの音楽魅力です。フワッとした浮遊感がドイツ音楽との違いだと思います。初期の曲などは美しいメロディと心地良いサウンドで心にスッと入って来ると思いますが、実際にメロディを口ずさめる人は少ないと思います(笑)。単発で聴くとわからないフォーレの魅力も、並べて聴くことで感じる事もあると思います。グラデーションのような音遣いの移ろいを、このコンサートで感じていただけると良いのですが。

「フォーレのグラデーションのような音遣いの移ろいを感じられるコンサートだと思います」

「フォーレのグラデーションのような音遣いの移ろいを感じられるコンサートだと思います」

ーー最後にメッセージをお願いします。

フォーレ没後100年という記念の年を前に、彼の作品を自分のライフワークとして演奏していこうと決意し、皆様にお聴きいただけることを嬉しく思います。この機会にフォーレの音楽に触れて頂きたいです。ザ・フェニックスホールで皆様のご来場をお待ちしています。

「ピアニスト西岡沙樹をよろしくお願い致します」

「ピアニスト西岡沙樹をよろしくお願い致します」

取材・文・撮影=磯島浩彰