【日本は明らかに強かった。実力的に見て順当な結果】

 U−23日本代表が、パリ五輪出場を決めた。

 日本の五輪出場は、1996年アトランタ大会以来8大会連続。歴史のバトンは、また新たな世代につながれた。

 日本がパリ五輪に出場するためには、U23アジアカップで3位以内に入るか、4位になって大陸間プレーオフ(アフリカ代表のギニアと対戦)に勝利する必要があった。つまり、この大会での最低限のノルマは準決勝進出だったわけだが、日本は準々決勝で地元カタールに延長戦の末、4−2で勝利し、これをクリアすると、続く準決勝でイラクを2−0で下し、2位以上を確定。回り道することなく、パリまでの最短距離を駆け抜け、あっさりと出場権を獲得してしまった。


8大会連続の五輪出場を決めた日本 photo by Getty Images

 しかしながら、大会前に時間を戻せば、このチームのパリ行きを危ぶむ声は多かった。というより、大勢を占めていたと言ってもいいかもしれない。

 海外組の何人かを招集できなかったことをはじめ、所属クラブでレギュラーポジションをつかめていない選手が少なからずいること、さらには、新型コロナウイルス感染拡大の影響による国際経験不足などが、その理由だった。

 だが、実際に大会が始まってみると、日本は明らかに強かった。

 それは、日本と対戦した韓国、カタール、イラクが、揃いも揃って本来のスタイルを捨て、守備的な5バックで臨んできたことにも表われている。まともに組んでも日本には勝てない。そう思わせるだけの強さがあったということだろう。

 準々決勝で韓国がインドネシアに敗れるなど、大会のなかでいくつかの波乱があったのは確かだが、最終的に日本とウズベキスタンが決勝に進んだのは、実力的に見て順当な結果だった。

 とはいえ、いつも実力どおりに結果が決まるとは限らないのが、勝負の厳しさであり、難しさである。

 今大会も、決勝トーナメント一発勝負。特に準々決勝は負ければ終わり(準決勝は負けても3位決定戦がある)とあって、その重圧の大きさを口にする選手は多かった。

 しかし、選手たちは言葉とは裏腹に、大会を通じて落ちついた戦いを見せていた。重圧を感じてはいても、それに押しつぶされ、冷静さを失うようなことはなかった。

 そんな彼らの落ちつきがよく表われていたのは、彼らの選択する"攻め方"である。

 前述したように、今大会では日本に対して守備を固めてくる相手が多かった。結果、日本はボールを保持して攻撃し続けることが多かった一方で、なかなか得点できない時間も短くなかった。

【相手のことをよく観察し、最善の選択をしていた攻撃】

 そこで日本がこだわっていた(ように見えた)のは、サイド攻撃である。

 特に右サイドでは山田楓喜と関根大輝が好連係を見せ、日本の大きな武器になっていたものの、裏を返せば、攻撃がサイド一辺倒になっている傾向は否めなかった。

 どんなに強力な攻撃であろうと、それだけになれば相手が対応しやすいのは当然のこと。にもかかわらず、中央からの攻撃機会が少ないのは、勝負に徹し、極力カウンターを受けるリスクを排除しようとしていたからではないのか。

 そんな疑問を木村誠二にぶつけてみると、「全然そんなことはない」と即答。「サイドからいけるんだから、サイドからいっちゃえばいいじゃんっていう感じで、僕らは空いているスペースを使いにいってるだけ」と、理由は明快だった。

 実際、サイドからの攻撃でチャンスが作れていなかったわけではない。「もともとサイド攻撃が得意なチームではあるし、いいクロスが何本も入って、あとは決めるだけみたいな状況もあった」と木村。

 キャプテンの藤田譲瑠チマにしても、「カウンターに気をつけているというのはあるが」と前置きしたうえで、「どのチームも中をいつも以上に意識して閉めてきている印象があるので、そこで無理に(縦パスを)差すよりは、(両サイドに)クロスの質が高い選手がいるので、そこを使いながら、というのは考えている」と言い、あくまでも相手の守備陣形を見ての判断であることを強調していた。

 はたして、パリ五輪出場を決めた準決勝のイラク戦。彼らの言葉がウソではなかったことが、見事なまでピッチ上で証明された。

「(イラクは5バックだったが)あまり堅い守備だとは正直、思わなかった。時間が経てば、1、2点入るだろうなと思っていた」

 この試合で貴重な2点目を決めた荒木遼太郎がそう語っていたように、イラクはボールに強くアプローチしようという狙いは見えたが、木村曰く、「あまり連動性を持った守備ではなかった」。

 木村が語る。

「譲瑠のところがずっと空いていて、僕や(高井)幸大からそこに(パスを)つけるのが本当に容易だった。あれだけスペースがあったら、みんな技術が高いので、あれくらいは中から(攻撃に)いける」

 前向きにフリーでボールを持つ機会が多かった藤田は、「(自分に)寄せてこない割に(DF)ラインが高いなと思っていた。(細谷)真大がその(ラインの裏を狙う)動き出しをずっと狙ってくれていたので、うまく(パスを)出せた」と、先制点の場面を振り返り、こう続ける。

「(これまでに対戦したのは)中をすごく閉めて、外に追いやるような守備をしてくるチームばかりだったけど、今回(イラク戦)に関しては、相手の中盤の選手も2人で(日本が数的優位を作れて)、(松木)玖生と荒木が空いているように見えたので、そこをうまく使いながらプレーできた」

 先制点を決めた細谷も、「もちろん、サイドからポケットを突いて崩していくのは自分たちの攻撃の形でもあるが」としたうえで、「今日は中央での崩しを新たに見せられた」と、会心の攻撃を振り返る。

 凄まじい重圧と戦い続けた今大会。選手たちは少しばかり慎重になりすぎた面もあったのかもしれない。

 しかし、だからといって、彼らは決して消極的になっていたわけではなく、傍目にはもたついたように見える試合も、相手のことをよく観察して戦い、最善の選択をしていたにすぎない。

 日本のパリ五輪出場は、順当な結果。と同時に、選手たちが勝利の確率をより高めるべく、冷静に戦った結果でもある。

著者:浅田真樹●取材・文 text by Asada Masaki