名古屋市で、半世紀以上愛されている老舗の銭湯があります。この銭湯は、いまやほぼ“絶滅”しかかっているという、薪で焚くお風呂です。半世紀以上続く薪の風呂を、3代目の男性がたった1人で守り続けています。

■薪は早朝から建材店で調達 1964年創業の“薪で焚く”銭湯の3代目

 名古屋市西区、東海交通事業城北線の「比良(ひら)駅」からほど近いところにある「比良温泉」は「まちのお風呂屋さん」です。愛知県の銭湯はこの40年間で10分の1にまで減っていますが、比良温泉は1964年の創業で、以来、半世紀以上に渡って愛されています。

朝8時。営業は午後3時半からですが、3代目の神谷和之さん(48)がトラックに乗ってやってきました。

神谷さん: 「これは、建材屋さんから端材を頂いてくるんです。うちの命綱なんで、これがないとお風呂たけないので」 毎朝、建材店で端材を譲ってもらい、それを薪として利用しています。

不揃いのサイズを、使いやすいよう大きさごとに分け、長すぎるものはカットします。

端材ということで、大変なこともあります。 神谷さん: 「まあ滑車がついていたりとか。滑車はプラスチックなので燃やすことはできないので、これは事前に取って」

プラスチックや合板など、燃やせない素材も混ざっています。

1つずつ確認しながら分別する必要があり、運び込むまでにも一苦労です。

■室温は40度近くにまで上昇…“火入れ”は4時間かけてたった1人で

 銭湯のお湯をわかす心臓部の「釜場」は、まるで町工場のような雰囲気です。

そして、比良温泉の命ともいえるのが「薪釜」です。

神谷さん: 「毎日、中の灰を、前の日に燃やした灰をきれいに掃除します」

神谷さん: 「ここから(ふるいにかけて)分別ですね。灰と残った炭ですね。炭はもう一度燃やすので、リサイクルですね。昔からお風呂屋さんはエコなんで」 灰は捨て、炭は再利用。「もったいない」の精神が息づいています。

午前10時。1時間かけて窯の中を綺麗にしたところで、いよいよ「火入れ(ひいれ)」です。

まだ火がつく前から、神谷さんの額には既に大量の汗。

神谷さん: 「暑いですね、まだ窯の温度が70度以上あるので。前の日の残りの熱、余熱でまだこれぐらいはありますね」 前日の余熱が残っているため、釜場は30度以上。火がつけば、室温は40度近くにまで上昇します。

火が入ったら、薪を徐々に足しながら4時間かけお風呂の水を温めていきます。火力の調整も長年の勘で、創業以来変わりません。

神谷さん: 「(薪を使うと)湯冷めがしにくいとか、お湯がまろやかになるって言いますね。愛知県内で薪だけでお風呂を炊いてるというのは、5軒だけですね。手間と、代が替わったとしても若い人があまりやりたがらない。どうしても、これだけ大変なんで」               大変と言われる薪の風呂ですが、比良温泉では、たった一人で焚き上げています。

■若者向けにサウナは全面ヒノキに改装…老若男女に愛される人気

 作業開始から7時間、ようやく薪のお風呂が焚き上がりました。

午後3時半、比良温泉のオープンです。ここからは昔ながらの番台に座って接客します。このスタイルも随分と少なくなりました。(入浴料 大人500円)

待っていたかのように、早速お客さんが訪れます。地元の常連が多いという開店直後、50年以上も通っている女性です。 女性客: 「ここは薪でしょ。こんないい風呂ないよ。大好きだもん、ここのお風呂。だから、ここがなくなったら大変なの、私。絶対に守って欲しいから、毎日来ています」

常連客はほかにもいました。 男性客: 「風呂に来て40年だ。(3代目の)おかあさんが嫁に来てからずっと」

皆さん、やはり「薪の風呂」を楽しみに来ているようです。 男性客: 「やっぱりいいな。みなさん言うよ、ここは湯もいいなって。だから無くなったら大変なことになる」

1日でも長く続けてほしい、常連客たちの願いです。

神谷さん: 「お風呂入って怒って帰る人っていないじゃないですか。100%笑顔になってみなさん帰られるので、それがすごくいいですね!」

午後8時。日が暮れてからは、親子連れや若い人の姿が増えてきます。 若いお客さんが来るきっかけになればと、2022年、サウナを全面ヒノキに改装しました。                   男性客: 「これがいいですよね!(薪のお風呂で)温まって、サウナ入って、水風呂ですね」

他の施設との差別化するため、110度の高温に設定しています。このサウナを目当てに来店するお客さんも多いといいます。 男性客: 「本当そうですよね、最高ですね!ここがないとやってけないです」

そして、若いお父さんやお母さんたちにも来てもらえるよう、工夫はほかにもしています。親子連れがお風呂で遊べるおもちゃで楽しんでいました。

男性客: 「ありがたいですね。地域の人も結構、子供を見てくれたりするので、めっちゃいい人ばっかりです」 お風呂上りにはお菓子やおもちゃがもらえるサービスもしています。

神谷さん: 「年配の方から小さなお子さんまで一緒に集まれる場所は、こういうところしかないと思うんですね。だから、地域のコミュニティの場として残していきたいと思っています」

■早朝から深夜まで続く銭湯の運営「いい文化なので残していきたい」

 そして午後11時30分、最後のお客さんを見送って閉店です。

ここでようやく一息、とはなりません。 神谷さん: 「今から掃除ですね。閉店後すぐ始めますね」

仕事はまだまだ続きます。朝は薪の準備、営業中は番台での接客があるため、掃除は閉店後です。 鏡や洗い場は、隅々まで手で拭きます。

床にはモップで洗剤を塗って、機械で丁寧に磨いていきます。毎日欠かさず、たった一人です。

熱い湯船に膝までつかりながら浴槽の掃除も、しっかりとします。

全てが終わるころには、日付が変わっていました。家に帰って少し寝たら、また朝の薪の作業が待っています。

睡眠時間を削り、暑さと闘いながらもたった1人で守り続ける、まちの銭湯です。

神谷さん: 「仕事は確かに忙しくて大変なんですけど、薪で焚いたお湯が100%というのは、この辺にはウチ一軒しかないので、いい文化なのでどうしても残していきたい。それが1番のうちの役目かなと思っています。少しでも僕が頑張ることによってここが継続するのであれば、お客さんのためにやっていきたいと思っているので。これからも頑張っていきます」 2023年7月20日放送