2019年4月14日、皐月賞の開催日。この日、私は友人とともに現地・中山競馬場へと足を運んでいた。レース前から熱気に包まれていたこのレースは、4頭の若駒に人気が集中していた。

1番人気は、ホープフルS勝ち馬サートゥルナーリア。父ロードカナロア、母シーザリオという血統で、ここまで無敗を貫いてきた。どれもほぼノーステッキで勝つという、着差以上のパフォーマンス。無敗のダービー馬候補として取り上げられていた。しかし鞍上はそれまで騎乗していたミルコ・デムーロ騎手がアドマイヤマーズに騎乗専念する為にクリストフ・ルメール騎手に乗り替わりとなっていた。

2番人気は、そのデムーロ騎手とコンビを組むアドマイヤマーズ。こちらは父ダイワメジャー、母ヴィアメディチという血統である。先行押し切りを武器に、無敗で朝日杯FSを制した2歳王者。前走の共同通信杯で初の敗北を喫し、この皐月賞は今後の路線決めを行う上でも重要な資金石と位置付けられていた。

3番人気は共同通信杯勝ち馬、ダノンキングリー。
父ディープインパクト、母マイグッドネスという血統で、こちらもここまで無敗できた。好位置から抜群の切れ味を発揮し、前走の共同通信杯でも2歳王者アドマイヤマーズを差し切った新興勢力。サートゥルナーリアにとっては初対戦となり、その力関係にも注目が集まった。

続く4番人気は、若駒S・若葉S勝ち馬ヴェロックス。父ジャスタウェイ、母セルキスで、ジャスタウェイ初年度産駒の代表格となる一頭でもある。ただここまではあまり順風満帆ではなく、東京スポーツ杯2歳Sはニシノデイジーに完敗を喫していた。そのニシノデイジーがホープフルSでサートゥルナーリアに完敗したことが響き、人気も少し落ち込んでいた。

前哨戦組やそのほかの重賞、オープン組からは、弥生賞を重馬場で制したメイショウテンゲン、京成杯を制したラストドラフト、すみれS勝ち馬サトノルークス、京都2歳S勝ち馬クラージュゲリエ、スプリングSで優先出走権を得たファンタジストなどが集結した。


ゲートが開き、ランスオブプラーナがハナを主張するが、すかさずダディーズマインドが競りかける。クリノガウディーが続き、ダノンキングリーはいつもの好位置を奪取し終盤の仕掛けどころを待つ。その外にクラージュゲリエ、ヴェロックス、サートゥルナーリアと続き、第1コーナーをカーブ。コーナーワークでアドマイヤマーズが進出し、先行集団の隊列が徐々に決まっていく。

そのすぐ後ろにラストドラフト、サトノルークス、シュヴァルツリーゼが控えるが、ニシノデイジーは引っかかってしまい一気にポジションを上げてサートゥルナーリアに被せる格好になった。1馬身ほどあけた後方集団はスタート直後にすんなりと隊列が決まり、ブレイキングドーン、ナイママ、タガノディアマンテ、メイショウテンゲンらが機を伺う。

意外なポジション取りをしたのはアドマイヤジャスタ。これまで先行して結果を残してきた同馬が控えていたのである。内枠各馬があまりにも多く先手を主張していたのも、8枠17番のアドマイヤジャスタのポジション取りに影響したのであろう。

ランスオブプラーナ先頭のまま1000m通過タイムは59秒1。3歳戦で、この日が中山開催最終日とあって馬場も荒れている時期だという点も踏まえれば、消耗戦と言える。

迎えた終盤、先頭を走っていたランスオブプラーナの手応えが怪しくなり、ダディーズマインドが先頭に変わる。しかし最終コーナーでヴェロックスが満を持して手応えよく進出し4角先頭で押し切りをはかる。ダノンキングリーはダディーズマインドとクリノガウディーの間の進路が開かずに最終直線までスパートが出来ない。ヴェロックスの後ろでは、2歳王者アドマイヤマーズも進出を開始していた。

短い中山の最後の直線。ヴェロックスが先頭に立ち、ジャスタウェイ産駒初のクラシック制覇に向け後続を引き離しにかかる。だが残り200mの急坂を迎えたところで、ドラマは生まれた。

サートゥルナーリアがやってきた。

一気にヴェロックスをとらえに掛かる。
鞍上のルメール騎手は左側からステッキを1発、2発と打つ。しかし、ここでサートゥルナーリアが一気に内側へヨレてしまう事態が発生。そのまま内をすぐ側で走っていたヴェロックスと接触してしまう。

普通の馬なら怯んでしまってもおかしくなく、最悪の場合は落馬などの事故も起こり得るようなケースである。だが、ヴェロックスと川田将雅騎手は人馬共に怯まず、寧ろ応戦してみせた。さらに、粘るダディーズマインドの更に内を突いて一気に追い込んできたダノンキングリーが、並びかけてくる。

残り100m、急坂を乗り越えたあとは、互いの血の底力をぶつけ合う、まさに死闘であった。

最内、種牡馬リーディングの意地を見せるディープインパクトの産駒、ダノンキングリー。

真ん中、新種牡馬として好スタートを切りたいジャスタウェイの産駒、ヴェロックス。

大外、前年史上最強三冠牝馬アーモンドアイを輩出し、電撃の如く現れたロードカナロアの産駒──そして母としても"ジャパニーズスーパースター"のシーザリオを持つ、サートゥルナーリア。

──ずっと観ていたいほどの、凄まじい三つ巴の争い。

それでも終わりは必ず訪れる。

三頭の激しい叩き合いは、大外サートゥルナーリアがアタマ一つ競り勝ったところで終わりを迎えた。

現地は、大歓声だった。
勝ったサートゥルナーリアは勿論、死闘を演じたヴェロックス、ダノンキングリーへの健闘を讃える声も多く聞こえてたのだ。
サートゥルナーリアはこれでディープインパクト以来、14年ぶり無敗での皐月賞制覇だった。

ここではあくまで皐月賞のみをクローズアップしているため、その後の成績は割愛とさせて頂くが、この『2019年 皐月賞』に出走していたメンバーの殆どが、後に一線級でも活躍を遂げている。

中には、サートゥルナーリア産駒がデビューする2024年でも現役を続け、障害馬としてトップクラスに君臨している馬もいるが、それはまた別のお話──。

まさにこの皐月賞は、伝説の名勝負、伝説の名レースと呼ぶに相応しい一戦だった。
3頭による皐月賞史に残るゴール前の攻防は、今もなお、観たものの脳裏に焼き付いている。

写真:Horse Memorys

著者:KOBA