「片目のサラブレッド福ちゃんのPERFECT DAYS」は、わずか1週間で登録者数が2000名を超えました。せっかく毎日動画を撮ってもらっても、数十人しか観ていないという状況では牧場の人たちのモチベーションが下がってしまうのではと危惧していましたが、今のところ数千人の方々が観てくれているようで安心しました。競馬ファンの枠を超え、動物が好きで、大切に想っている人たちが多くいることに驚かされ、彼ら彼女たちの温かいサポートが有難かったです。

とはいえ、浮かれてばかりはいられません。視聴者の方々も人間ですから、熱しやすく冷めやすいのは当然ですし、あきられてしまうかもしれません。とはいえ、福ちゃんの馬生は長いのですから、僕たちはコツコツと発信していくのみ。YouTubeチャンネルをやっていると、どうしても目の前の視聴回数や登録者数などに心を奪われてしまいがちですが、大切なのはそこではなく、このような馬がいることを知ってもらうことであり、成長の記録を残しておくことです。そして、福ちゃんのことを心から応援してくれる人たちに元気な姿を届け、お互いに前に進んでいく勇気を与え合うことです。

僕にとっても、ほぼ毎日、牧場から届けられる、福ちゃんの日常を観られるのは望外の喜びでした。福ちゃんが普通に産まれてきていたら、こうして日々の様子を知ることはなかったでしょう。北海道と東京という地理的な距離がある以上、どうしても3、4か月に一度しか牧場を訪ねることはできませんし、牧場の人たちも忙しいので動画をこまめに録って送ってくれたり普通はしないものです。年に数回しか会えない子どものようなものでしょうか。ところが、直接会うのではないにしても、福ちゃんの幸せな毎日を僕自身も画面越しにのぞかせてもらっているのです。

放牧が終わって馬房に戻るとき、元気があり余って、スタッフのみづきさんを振り回してみたり、食欲旺盛で母ダートムーアの飼い葉桶に一緒に顔を突っ込んで食べてみたりする微笑ましい姿が見て取れます。歯も生えてきて、人を見えない側(左)に置いても少しずつちゃんと歩けるようになってきました。放牧地を右回り、左回り、どちらの回りも問題なく走り回っている姿も。お昼寝をしている寝顔も可愛いのです。何と言っても、牧場の皆さんに「福ちゃん!」と言って可愛がられている様子が伝わってきて、こちらまで嬉しくなります。福ちゃんもそれに応じるように人に慣れてきて、人懐っこいようですね。

福ちゃんを中心に毎日が回っていると、いつの間にか種付けのシーズンがやってきました。未来に向けての投資のシーズンです。正直なところ、福ちゃんの未来をつくることで精いっぱいですが、スパツィアーレは今年こそ受胎してもらわなければ困りますし、ダートムーアも来年こそは牡馬を産んでもらいたいところです。

スパツィアーレは1年間お休みをしていたにもかかわらず、なかなか発情が来ず、卵も大きくならなかったこともあり、PG(PGF2α)を打って排卵を促進することになりました。慈さんいわく、休み明けにPGを打つと、かなりの確率で受胎するとのこと。今年は一発で決めたいと思っていますので、その言葉は胸に響きます。大きな期待を込めてタイミングを待っていると、慈さんからソロソロですとLINEが入ります。ブリーダーズスタリオンステーションに連絡をすると、明日の朝イチであればリアルスティールが種付け可能とのこと。お膳立ては整いました。

翌日、「無事に種付け終了しました!」と連絡が入りました。やや種付け時期が遅くなりましたが、ここまではほぼ予定どおり。第一希望のリアルスティールもつけられて、あとは受胎してくれるのを待つのみ。およそ2週間後の4月9日が運命の日、妊娠鑑定です。祈るしかありません。1年間、身体を休ませて、サプリも飲ませてきましたので、母胎の環境は万全なはずです。これで受胎しなければ、なす術がなく、僕たちの手には余ってしまいます。悪いことを考え始めるとキリがないので、まずは大人しく結果を待つことにしましょう。

次はダートムーアの種付けです。今年もゲンを担いで、昨年同様にイチハツ(1回目の発情)は飛ばし、ゆったり間隔を空けて種付けに臨みます。福ちゃんが産まれたのが2月29日ですから、ちょうど1か月が経った3月29日に直検をしたところ、あまり良い卵がなく、こちらもPGを打つことに。翌週の4月2日に改めて直検をして、4月5日の種付けでゴーサインが出ました。ところが、4月3日に社台スタリオンステーションに確認したところ、翌日に連絡が入り、第一希望のエフフォーリアも第二希望のナダルも一杯とのこと。エフフォーリアはダメ元でしたが、まさかナダルも入れないとは思いもよりませんでした。僕のプランは狂いました。

17時までにどうするか決めて連絡をくださいと慈さんに言われましたので、当初の予定どおりオナーコードにしようかと思いましたが、実はオナーコードも人気で予約が満口になっていましたので、当日入ることができるかあやしく、危険な綱渡りをするよりも今日の時点で入れる種牡馬を確定しておきたいと考えました。社台スタリオンステーションからはエフフォーリアとナダル以外なら大丈夫と言われたそうなので、なぜ僕の第一、第二候補だけ入れないのだと嘆きつつも、社台スタリオンステーションのホームページから種牡馬のリストを眺めます。ルヴァンスレーヴやクリソベリルあたりが妥当だと考えつつも、僕にとってホット(魅力的)なホットロッドチャーリーの名が目に入りました。

ダートムーアとホットロッドチャーリーの組み合わせですと、デピュティミニスターの4×4になってしまいます。しかもホットロッドチャーリー自身がデピュティミニスターの3×5のインクロスを持っていますので、実際にはダートムーアとホットロッドチャーリーはデピュティミニスターの4×4×6といった多重クロスになります。福ちゃんが奇形で誕生したこともあり、強いインクロス(近親交配)には怖さもあるのですが、一か八かの、魅力的な配合でもあります。馬体的には薄いダートムーアと薄いホットロッドチャーリーですから、産駒も薄い馬体に出るはずですから、牡馬であればスピードとパワーをバランス良く持ち合わせた馬体になるかもしれませんが、牝馬が産まれてしまうと厳しい面があるのは否めません。こちらも一か八かです。

本来はスパツィアーレにホットロッドチャーリーを配合したいのですが、リアルスティールを受胎しているとすると、今年はホットロッドチャーリーをつけられなくなります。今の時点では、スパツィアーレがリアルスティールを受胎しているかどうか分かりませんが、受胎している可能性に賭けて、ホットロッドチャーリーはダートムーアに切り替えてみようと考えました。アメリカのダート戦線であれだけ活躍した馬が150万円の種付け料でつけられるのは今だけかもしれませんし、ホットロッドチャーリーの半兄ミトレ(父エスケンデレア)はブリーダーズカップスプリントを制し、現在は3年連続で200頭以上に種付けをする大人気種牡馬になっています。2023年の全米新種牡馬チャンピオンに輝き、全ての種牡馬を含めた2歳馬リーディングでも3位に入りました。この勢いのまま行くと、アメリカを代表する種牡馬になりそうです。その半弟ホットロッドチャーリーが日本にて150万円で種付けできた時代があったなんて、信じられないと振り返る未来がやってくるはずです。

福ちゃんのことで心理的に動揺して、今まで考えて決めた種付けプランを変えないようにしようとは思いつつも、何かあったときに責任を取れるぐらいの種付け料の配合にするべきではないかという思いも胸に去来しました。つまり、病気や障害を抱えて生まれてきたりして、買い手がつかないような馬が誕生した場合、丸損になっても仕方ないと腹を括れる種付け料にしておくべきではないのか。僕にとってそれは100万円前後であり、300万円を超えてくるとさすがに痛い。その意味では、リアルスティールの300万円やエフフォーリアの400万円の種付け料は投資として正しく、それぐらいの種牡馬をつけないと産駒がセリで高く売れにくいのは確かですが、福ちゃんのようなことがあったら経済的ダメージが大きすぎるのです。

(次回へ続く→)

著者:治郎丸敬之