デジタルで作れる時代に「手彫りの粘土」でクルマをデザイン! なぜいまでもクレイモデルが活用されるのかをホンダのトップモデラーに聞いた

この記事をまとめると

■クルマのデザインを開発するうえでクレイモデルは重要な役割をもつ

■デジタル技術が進化した時代にクレイモデルがもつ意義や意味はどこにあるのかを聞いた

■これからのクルマのデザインにはデジタルとクレイの次元の高い融合が必須だ

クルマのデザインにおいては重要な役割を果たすクレイモデル

 クルマのデザイン開発・検討において重要な役割を持つクレイモデル。制作に当たっては職人的な技術が必要とされていますが、いまや世の中はAIを筆頭としたデジタル技術真っ盛り。そんな時代にクレイモデルがもつ意義や意味はどこにあるのか? 今回はホンダのトップモデラーである神南氏にお話を聞いてみました。

キースケッチのエッセンスをどう抽出するのか?

──では最初に。モデリングはデザイン開発に含まれますが、そのなかでクレイとデジタルモデルで担当はわかれているのでしょうか?

「以前は全体を幅広く手掛ける傾向にありましたが、コロナ禍では在宅でデジタルモデルを制作する機会などが増え、自ずと担当間でシャッフルがありましたね。とくに自分が在籍するe-モビリティデザイン開発室では分業が進んでいます。一方で、オートモビルデザイン開発室では比較的従来に近い体制が残っているようです」。

──なぜオートモビルデザイン開発室は分業化されていないのですか?

「二輪・四輪とも、クレイもデジタルも両方できるという、モデラーとしてある種あるべき姿が継承されているということですね。もちろん効率的でもありますし、モデラーとしては「武器」でもあるんですね」。

──なるほど。では、あらためて開発の流れをお聞きしますが、最初はエクステリアデザイナーが描いたスケッチのモデル化でしょうか?

「そうですね。まずはデジタルでモデル化し、そこから2分の1や4分の1などのスケールモデルを起こします。次に、それを測定して再びデジタル化し、最終的にフルスケールのモデルを制作します。ただ、コンセプトカーや先行開発車などでは、最初のデジタルデータだけで実車を制作する場合もありますね」。

──キースケッチをいきなりデジタル化するのはなかなか難しそうですね

「はい。キースケッチにはそのクルマのコンセプトがしっかり投影されていますが、表現としては感覚的な部分が多いんです。そこで、その絵に含まれる「驚き」や「感動」を可視化するために、何を抽出すればいいのかを考えるのが大切なんですね」。

──いわばキースケッチのエッセンスの見極めですが、具体的にはモデラー同士でディスカッションするイメージですか?

「もちろんディスカッションもしますが、それで全員が共通理解できるワケじゃなくて、やはりモデラーのスキルやセンスによっても理解度が異なるんです。そのズレを常に修正しながら最終的な金型まで持って行く流れですね」。

デジタルデータだけではわからないデザインもある

デジタルは有効だが決して万能じゃない

──では、あらためてお聞きしますが、デジタルが導入されたことによってモデル業務はどのように変化しましたか?

「そもそもの導入理由がクレイモデルを効率的に制作するためで、その点はしっかり反映されていますね。先のとおり、コロナ禍ではメンバーもデジタルへの精通が進みました。たとえば、最近のデザイン開発では海外スタジオとのコンペも増えたのですが、ほとんどの場合CG段階で比較検討が行われているんですよ」。

──デザイン自体への影響もあるのでしょうか?

「はい。最近はデジタルをフィジカル(クレイ)に置き換える試行として、以前の「線」でなく「面」で造形できる技術が導入されました。そこで作ったデータをクレイで再現したところ、いままで見たことがないカタチができあがったんです。これには驚きましたね」。

──デジタルでこそできた造形だけど、それがクレイじゃないとわからないというのが興味深いですね。これだけ聞いてもクレイモデルの重要性がわかります。

「そうですね。デジタルの課題はふたつあって、ひとつはデータだけでは善し悪しの確信が持てない、判断がでないこと。もうひとつは制作の途中段階をクレイのように他の人と共有、コミュニケーションできないことなんです。そこをクレイモデルでいかに補完するかですね」。

──では最後に。今後のモデリングに求められることについて教えてください。

「クレイについては、たとえば人手や工数、金額などはすでに確立されている。そこで必要になるのが「気付く力」です。スケッチのどこを見るべきか、作ったモデルのどこに問題があるのか。高いスキルによる「気付く力」で、デザインの質を上げることができる尖った人材を育てたいですね」。

──デジタルの部分はどうですか?

「先のとおり、欠けている判断基準やコミュニケーション環境を克服し、いかにフィジカルと同じ次元に引き上げるかです。もともと、ホンダのモデラーには主体的に提言することで設計要件をアップデートできるような強みがありますが、デジタルを「かませる」ことでさらにホンダの「驚き」を打ち出したいですね」。

──いずれにしてもデジタルとクレイの次元の高い融合が必須のようですね。本日はありがとうございました。