「超大物女優」自殺未遂をしていた過去が判明「病院に緊急搬送」

1992年10月27月、当時人気絶頂の力士だった貴乃花(51)との婚約を発表。〝世紀のカップル〟誕生と大きな話題になったが、わずか3カ月間で婚約を解消し、「人生最高のパートナーになれなかった」とのコメントを残したのは宮沢りえ(50)だ。
それから1年8カ月後、りえは京都のホテルで〝自殺未遂〟騒動を起こす。
「りえがロケに参加していたドラマの男性スタッフが、ホテルのフロントに『部屋を調べてほしい』と電話。スタッフが駆けつけると左手首を切ったりえがベッドに横たわっていた」(ベテランの芸能記者)
すぐに救急車が呼ばれ、病院に緊急搬送。宮沢の命には別状がなかったが、左手首と右手の指に7針も縫うケガを負った。
「このとき、りえがチェックインしていた京都のホテルは、2012年に亡くなった人気歌舞伎俳優・中村勘九郎(当時は18代目中村勘三郎)さんの定宿。もともと交際が噂されていただけに大騒動になったんです」(同・記者)
しかし、宮沢は勘九郎さんと飲んでいたことは認めたものの、「ホテルに帰るのが遅れ、母に叱られ、事故にあったホテルに泊まった。そこのバスルームでのケガです」と偶発的な〝事故説〟を主張。
勘九郎さんも京都市内で会見を行い、不倫関係を否定したのだ。
「一部では、牧瀬里穂との三角関係も疑われ、りえは〝抗議の自殺〟を図ったのではないかとも報じられました。しかし、こうした噂も勘九郎さんは完全否定していました」(同・記者)
その後、数々の男性と浮き名を流した宮沢は、09年2月に妊娠6カ月であることを所属事務所が発表。同年5月に出産し、子どもの父親はハワイ在住の元プロサーファーで40歳代(当時)の日本人実業家であることが報じられた。
「この男性とは16年3月に離婚し、2年後に元V6の森田剛(44)と再婚した。森田がジャニーズ事務所を退所した際に夫婦で新事務所を設立。現在も幸せな結婚生活を送っているようで、公私ともに順調だと聞こえてきます」(同・記者)
恋多き女は、その恋愛経験を演技に生かし、現在もトップ女優として活躍していると、週刊実話は報じた。
編集者:いまトピ編集部