中田「引退の決意」知らせていなかった
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日本サッカー界のレジェンドである中田英寿氏が見せた印象的なシーンについて、同代表で活躍した小野伸二氏と高原直泰氏が言及している。
2月12日に配信されたスポーツ番組「石橋とアスリートが盛り上がって三田」(SPORTS BULL)では、日本代表に多大なる貢献を果たした小野氏と高原氏がゲストに登場。「黄金世代」と呼ばれたジーコ・ジャパンでの日々を振り返る中、同世代のカリスマ・中田氏が見せた最後の姿にまつわる話題へと波及した。
当時、日本の中盤は“黄金のカルテット”と称され、中田氏や小野氏のほか、稲本潤一氏や中村俊輔氏といった名手を擁し、2006年ドイツW杯での活躍に大きな期待がかかっていた。しかし、初戦のオーストラリア戦を1-3で落とし、続くクロアチア戦は0-0で終えていた日本は、第3戦のブラジル戦でも1-4と大敗。グループFの最下位に沈み、ジーコ・ジャパンの挑戦が終わった。
すると、当時29歳の中田氏はブラジル戦の終了とともに失意の表情でピッチに倒れ込み、ユニフォームで顔を覆ったのだ。その姿は実に印象的で、カメラには時折り、中田氏が涙を流している様子も映され、同大会後に現役引退が発表されることに。
ドイツW杯のシンボルにもなった同場面に関して、小野氏は「あのシーンはみんな、気付いてなかった。あとで映像を見て知った。そこ(ドイツW杯)で辞めるという気持ちだったのかは、僕らには知らされてなかったですし、ヒデさんがどういう気持ちで戦っていたかは知るよしもなかった。あのシーンを見ると、ここに賭けていたという想いを感じた」と話し、引退については何も聞いていなかったという。
また、代表ではエースストライカーとして活躍した高原氏も「ヒデさんはチームの中心だったし、世界のトップで戦ってきた選手なので、ふるい落とされないように必死で食らいついていく存在でした」と語っている。
「当時のジーコ・ジャパンでは、ヨーロッパのクラブで活躍した“海外組”と、Jリーグで実績を積み上げた“国内組”の間にミゾがあったと報じられ、特に海外組の代表格だった中田氏はチーム内で孤立していたとも伝えられていました。29歳という年齢での現役引退は、中田氏レベルのスター選手では異例のことでしたが、終了のホイッスルが鳴るや否やピッチに倒れ込む様子からは、何かの糸が突然切れてしまったような印象を抱かせました。また、同じ“海外組”だった小野氏にも、引退について何も伝えていなかったという事実も、中田氏が周囲にあまり溶け込んでいないことを示すものだったと言えそうです」(スポーツライター)
孤高の天才としてのイメージが強かった中田氏だけに、真の心の内を知るものはそれほど多くはないのかもしれないとアサジョが報じた。
編集者:いまトピ編集部