地上波初『金曜ロードショー』無名監督・自主制作ながら「10億超え大ヒット」

「今日がその日ではない」
映画『侍タイムスリッパー』(2024年)のクライマックスを盛り上げる名台詞ですが、本日7月18日(金)はメモリアルな日になりそうです。『金曜ロードショー』(日本テレビ系)で、『侍タイムスリッパー』が地上波初オンエアされるのです。
「大沢たかお祭り」が再び開催
安田淳一監督が自腹で2000万円を用意し、助成金600万円と合わせて2600万円で完成させた自主映画『侍タイムスリッパー』は、インディーズ映画の聖地として知られる池袋シネマ・ロサ1館のみでの封切りながら、口コミで面白さが評判となり、全国拡大公開となりました。
今年3月の「日本アカデミー賞」では『キングダム 大将軍の帰還』(2024年)などの大作映画を押し除けて、まさかの最優秀作品賞を受賞。シネマ・ロサをはじめとする劇場での上映はまだ続き、興収10億円をこえる大ヒット作となっています。
通称『侍タイ』の面白さと、ノンスター映画ながら大ヒットした要因を探ってみたいと思います。
現代の撮影所にタイムスリップしたお侍さん
安田監督が脚本から手がけた時代劇コメディ『侍タイ』は、実にシンプルな内容です。誰が観ても、どんな世代でも楽しめる明朗なストーリーとなっています。主人公は会津藩の下級藩士・高坂新左衛門(山口馬木也)。時は江戸時代末期、佐幕派である会津藩に勤める高坂は、京都で倒幕派の長州藩士を狙っていたのですが、斬り結んでいたさなかに落雷に遭ってしまいます。高坂が気づくと、そこは現代の京都の撮影所でした。なんと140年もの歳月をタイムスリップしてしまったのです。
チョンマゲ姿で着物を着ていた高坂は、助監督の山本優子(沙倉ゆうの)たちから時代劇の出演者のひとりだと勘違いされてしまいます。当初は面喰らっていた高坂ですが、現代で生きていくために「斬られ役」俳優になることを決心します。思いのほか、適応力のある高坂でした。
侍としての精神を持ち合わせた高坂は、ベテラン殺陣師の関本(峰蘭太郎)や優子たちに支えられ、次第にTV時代劇の売れっ子俳優となっていきます。斬られ役の道を極めようとする高坂の前に、かつての時代劇スター・風見恭一郎(冨家ノリマサ)が現れ、大作時代劇での共演を要請してきました。
侍の魂を現代に伝えたい。そう語る風見は、ある理由があって高坂を共演者に選んだのです。ふたりは対立しながらも、映画共演を果たすことになるのでした。
現代人に福音を与えるチョンマゲ姿の「まれびと」
タイムスリップというSF設定を使っていますが、クリストファー・ノーラン監督の『TENET テネット』(2020年)のような小難しい解釈はなく、あくまでも江戸時代から来た下級武士が現代社会で体験するカルチャーギャップの数々を楽しむコメディとなっています。
生きづらい社会だと言われる現代の日本ですが、貧乏藩士だった高坂の目にはまるでパラダイスのように映るわけです。白いご飯が食べられる上に、初めて口にしたショートケーキの美味しさに腰を抜かしそうになります。テレビを点けると、無料で時代劇を視聴することもできるのです。
助監督の山本優子は、男性社会である撮影所の中で、監督を目指して日々脚本を書いているそうです。「士農工商」と身分が決められていた江戸時代から来た高坂にとっては、「職業選択の自由」が認められている現代は、まさに夢の世界です。
現代の日本人にとっては当たり前すぎることが、高坂にとってはひとつひとつがありがたいものに思えるのです。斬られ役専門俳優となった高坂は、いろんなことを現代人に教えてくれます。白いご飯のもとになるお米を作る農家、ケーキを手がけるお菓子職人、TVドラマを制作するためにスタッフやキャストらが汗を流していることを、高坂は気づかせてくれます。
平凡な日常生活に幸せを見出す高坂は、ヴィム・ヴェンダース監督の『PERFECT DAYS』(2023年)の主人公(役所広司)に近いものを感じさせます。そういえば、安田監督は役所広司が侍を演じるCMを見て、『侍タイ』のアイデアを思いついたそうです。
江戸時代からやって来たチョンマゲ姿のおじさんは、現代人に福音を与える「まれびと」でもあるようです。
映画館で観ると面白さが倍増する不思議さ
すでにDVD化され、動画配信もされている『侍タイ』ですが、まだまだ劇場での上映が続いています。制作費300万円だったホラーコメディ『カメラを止めるな!』(2018年)が興収31億円ごえの大ヒットになった際も話題となりましたが、『カメ止め』と同じく撮影現場の内情をエンタメ化してみせた『侍タイ』もひとりで観るよりも、大勢で観たほうがより面白く感じられる映画です。
もちろん自分ひとりで観ても面白いのですが、他の人と一緒に笑ったり、しんみりしたりすることで感動が倍増するわけです。古臭いと思っていた時代劇だけど、人情味たっぷりでアクションシーン満載な王道ドラマだったことを再発見することができます。わざわざ映画館まで行かなくても、自宅で配信ドラマを見たほうが安くて楽ちんなのですが、映画館で知らない人たちと感動を分かち合うのっていいなと思えてくるのです。そんな気持ちにさせてくれる映画って、超久々です。
今夜のテレビ放送は、家族がいる人は一緒に視聴することをお勧めします。また、ノーカット放送ではないので、「面白い!」と思った人は後日、改めて映画館へ足を運ぶのもありじゃないでしょうか。
「誰かがどこかで見てくれている」
50歳を過ぎての映画初主演となった山口馬木也は、撮影スケジュールが延びたためにNHKや舞台の出演オファーを断り、『侍タイ』の撮影に全精力を注ぎ込んだことが知られています。そんな義理堅く、不器用なところが劇中の高坂とぴったりシンクロしています。
2026年放映のNHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』では、昔かたぎの武将・柴田勝家を山口馬木也は演じるそうです。撮影所の所長(井上肇)が口にする台詞「がんばっていれば、誰かがどこかで見ていてくれている」を地でいく俳優です。斬られ役専門俳優として知られ、安田監督の前作『ごはん』(2017年)に出演していた故・福本清三さんが残したこの言葉が生きるのも、時代劇をモチーフにしたハンドメイドな作品だからこそでしょう。
高坂が想いを寄せる「優子殿」こと山本優子を演じた沙倉ゆうのは、『ごはん』などに主演していますが、全国区では無名の存在です。一見するとすごく地味な女優さんですが、時代劇の灯火を懸命に守ろうとする優子殿の姿を観ていると高坂同様に応援したくなってしまうんですよね。
実際に『侍タイ』はスタッフ数が少なかったので、沙倉ゆうのは助監督を兼任しながらの撮影だったそうです。炎天下の中、助監督として汗だくになりながら、助監督役をそのまま演じています。これはもう「惚れてまうやろうー」の世界です。
住職の嫁はん役の紅萬子、ベテラン殺陣師役の峰蘭太郎、心配無用ノ介役の田村ツトムらもそれぞれ個性を放っています。ただの斬られ役の俳優たちも一人ひとりが次第に愛おしく思えてきます。映画やTVドラマの出演者たちは主演、助演、その他大勢のエキストラに区別されるわけですが、実人生ではそれぞれが主人公なんだということをしみじみと実感させます。
日本のエンタメ界の新しい夜明けぜよ
社会現象級のヒット作となった『侍タイ』ですが、ほとんどの映画雑誌や映画情報サイトは無名の映画監督が撮ったノンスターの時代劇コメディを、ギャガが共同配給するまでスルーしていました。ベストセラーとなった小説やコミックを原作に、大手芸能事務所のスター俳優たちをキャスティングし、テレビ局が制作と宣伝を兼ねた「製作委員会」方式に慣らされていたために、『侍タイ』の面白さに気づけなかったんじゃないでしょうか。
そのことを考えると、わずか1館ながら『侍タイ』の公開を独自に決めたシネマ・ロサの眼力には恐れ入る次第です。そして、公開直後から『侍タイ』を応援し、リピーターとなって後押ししてきた観客たちの力もすごいです。『侍タイ』みたいに懸命にがんばっている作品をスルーしていた映画メディアが衰退してしまっているのは当然なのかもしれません。
大掛かりな宣伝や映画媒体への広告出稿なしで、『侍タイ』は大成功を収めてみせました。大手広告代理店やテレビ局がゴリ押しする時代から、本当に面白い娯楽作品を観客が見つけ、育てて推していく時代が来ているように感じます。エンタメ界に新しい時代が到来したことを『侍タイ』は告げていると言うと、大げさでしょうか。「日本のエンタメ界の新しい夜明けぜよ」、そんな台詞を思わず口にしたくなる『侍タイ』です。
サイゾーオンラインが報じた。
編集者:いまトピ編集部