「博士人材活躍プラン」は、3月26日に文部科学省が発表した博士の数で世界トップ級を目指す計画だ。

【映像】学費、論文、学会発表のプレッシャーで博士を挫折 衝撃の実情

 現在、日本の博士号取得者数は人口100万人あたり120人ほど。アメリカや韓国が右肩上がりで増えている中、減少傾向が続いている。

 「博士課程に進学すると生活の経済的見通しが立たない」「博士課程に進学すると修了後の就職が心配」(文部科学省の資料から)

 現状、優秀な学生たちの多くは博士課程進学に魅力を感じていない。そこで文科省は、2040年には博士号取得者数を今のおよそ3倍(2020年度比)にすることを目標に掲げた。

 この目標に向け、大学院改革やより実践的で多様なキャリアにつながるインターンシップの推進といった取り組みを推し進め、世界トップレベルの博士人材を確保したいとしている。

 博士課程を選択する学生が少ない理由について日本大学危機管理学部教授/東京工業大学特任教授の西田亮介氏は「経済的インセンティブが少ないことが大きな要因だ」と分析した。

 「世界的には官僚や高級管理職(マネジメント層)などに就くために博士、最低でも修士号が必要となされるが、逆に日本では博士課程を取得しても就職先が乏しく、学部や修士を経て就職する学生に比べて生涯年収が下がりかねないという実情がある。また、当然のことながら学費などのコストもかかる」

 西田氏は自身の博士号取得の過程について「一般的に博士を取るためには、学部に4年通って、その後に修士過程に2年、その後に博士過程として3年の年月を要するのが基本だ。しかも、この3年というのは標準修業年限であり、博士号の取得には査読がつく論文を数本書いたり、国際学会で報告するなど、外部の基準を満たすという高いハードルがある。僕の場合は6年かかった。そしてこの期間は珍しいものではない。理系の場合は3年で取得できるケースが多いが、文系は長くなりがちだ」と振り返った。

 さらに西田氏は博士号を取得する過程における支援について「僕が大学院に進んだ約20年前は支援が非常に手薄で、しかも(返済の必要がある)貸与のものが多かったが、近年は月20万円弱と研究費も給付されるような仕組みがかなり充実してきた。とはいえ、これも標準修行年限である3年間に限られている」と説明した。

 そんな中、「博士課程の途中で挫折してしまう人も少なくない」と西田氏は話す。

 「キャリア変更を選択する人はもちろん、心身の具合が悪化したことで挫折してしまう人も少なくない。強烈な競争環境の中、『もしもこのまま博士が取れなければ就職できないのでは?』などというプレッシャーに常に悩まされているからだ」

 では、博士人材の採用状況はどうなっているのか?

 経団連のアンケートによると、博士人材の採用状況は採用者全体のわずか3%。採用方針としては「学士や修士と分けずに採用している企業=64%」「分けて採用を行っている企業=15%」「両方の場合がある=21%」となっており、博士人材を他と分けて採用している企業の業種は、医薬品、機械、電子機器、輸送用機器、精密機器などがあるという結果に。

 博士人材が企業への就職においてあまり評価されない現状に対し西田氏は「社会全般が博士に対して『オタクで分厚い眼鏡をかけており、コミュニケーションに難がある』などというイメージが強い印象だが、実態は異なる。実際の博士は英語でのプレゼンテーションや論文執筆を行うため語学に長けた人が多く、研究だけではなく、実験の管理や調整、複数のタスクの進捗管理なども日常であるため、一般のビジネスパーソンよりもコミュニケーション能力が高いことも少なくない。さらには経理や事務、研究も全て1人で行えるようにならなければならないなど、『自律』に対する意識が高い。前述の誤ったステレオタイプなイメージは早急に正してもらいたいが、博士号を持ってる人と接する機会が少ないためになかなか理解が進まない」と述べた。

 さらに西田氏は「博士課程の“出口”として大学の就職先を増やすことが重要だ」と強調した。

 「出口についてはいくつかに分けて考える必要がある。一般的には博士は就職で苦労するが、実は一部の情報分野などにおいては外資系企業から高い給料で採用されるなど、引く手数多であり、むしろ大学教員・研究者のなり手が不足している。そのため、人気分野は現状のように進める一方で、その他の分野についても“火が消えないように”しっかりと後継者を育てられる環境を作っていくべきだ。なぜなら『イノベーションは予想もつかない組み合わせがあってこそ生じる』から多様性が重要であり、また知的蓄積は一度失われてしまうと散逸してしまい、誰も教えられる人がいなくなりかねないからだ。現状は少なくない分野でそうなりつつある」

 「今政府は民間企業への就職に目を向けているが、世界的に見ると博士を持っている人は研究者になることが多い。私立大学に求めるのは難しいかもしれないが、国立大学や国立の研究所を中心にポストを増やして常勤教員ポストをもっと増やすべきだ。就職できるポストがあれば博士課程に安心して進学できるようになる」

 とはいえ、「博士の数を2020年度比で3倍にする」という目標は現実的なのだろうか?

 西田氏は「博士取得者を増やすことには賛成。博士が社会で活躍できる環境を整える必要性にも賛成だが、文科省が提案してる計画には2つの大きな懸念がある」と指摘した。

 「まず、量的拡大については野心的すぎる。増加している韓国やイギリスも20年で2倍程度という中、2040年までの20年間に3倍はよほど大胆な取り組みが必要だ。その覚悟があるのか。日本の博士人材が増えないボトルネックは『博士号を育てたことがある研究者の数が少ないこと』でもある。現状、そうした人材は一部の国立大学の有力研究室に集中している。もう一点、実はこうした博士号人材を増やそうという取り組みは2000年頃にも大学院重点化として行なわれた。学位を持っている人を増やそうと大学院の定員を増やしたのだが、その結果、就職先がないという壁に直面した。そうした人たちが団塊ジュニア世代に多くいて、このことがそもそも学生が博士課程に進むことに躊躇するそもそもの原因の一つになっている。出口を定めない安易かつ急な博士の量的増加策は極めて危なっかしい」
(『ABEMAヒルズ』より)