「好きなおかず」で4年連続1位

 少し前まで行列ができていたあの店、いつのまにか姿を消したな――。同じような思いを抱いた方は少なくないだろう。そう、一時は開店ラッシュに沸いた“唐揚げ専門店”のことだ。先ごろ、<唐揚げ店の倒産急増、前年の7倍>というレポートを発表したのは、国内最大級の企業情報データベースを有する株式会社帝国データバンク。様々な業界の情報を収集・分析している同社の藤井俊情報統括部長に、唐揚げ店“倒産急増”の背景を分かりやすく解説してもらう。

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――たしかに、唐揚げ専門店はここ数年ほど大流行になっていましたよね。

藤井部長(以下同):「そもそも、日本人は唐揚げが大好物。冷凍食品大手・ニチレイフーズの“好きなおかず”調査では、昨年まで4年連続1位を獲得するなど、“国民食”と呼べるほど高い支持を集めています。一方、家庭で調理するのは少し大変で、油がハネたり、部屋に匂いがこもったり、あるいは、調理後の油の処理が面倒だったりする。その点、唐揚げ専門店では、家庭で作るのと同じように“揚げたて”を購入することができます。そこが人気を博した大きな理由でしょう」

――唐揚げ店の出店ラッシュはコロナ禍の時期と重なります。

「そうですね。コロナ禍の“外出自粛”期間には、飲み会どころか、家族連れでレストランに行くこともできませんでした。そうした状況下で脚光を浴びたのが、お店で購入して家に帰ってから食べるお惣菜、いわゆる“中食”です。この中食需要の高まりを受けて、“おかずナンバー1”の唐揚げ店が爆発的に伸びた、と。晩御飯に出したり、お弁当に詰めれば子どもは喜びますし、大人の場合は酒のツマミになりますからね」

――しかも、開店するためのハードルは低そうです。

「必要な設備投資はフライヤー程度で、イートインコーナーを設けなければスペースがかなり狭くても十分に商売できます。また、他の飲食業と違って、調理スタッフに長いトレーニングや修業期間を強いる必要がありません。こうした“参入障壁”の低さも、一時期の唐揚げ店の急増に拍車をかけたように思います」

ウクライナ侵攻の影響

――なるほど……。いまとなっては“一過性のブーム”だったと言われそうですが、唐揚げはおかずとして圧倒的な人気を誇り、しかも、“揚げたて”という強みもある。このまま定着してもおかしくなかったように思えますが、なぜ唐揚げ店は失速したんでしょうか。

「原因はいくつか考えられます。まずは原材料の高騰です。2022年2月にロシアによるウクライナ侵攻が始まりましたが、最も早く影響が出たのは食用油でした。映画好きの方は、ソフィア・ローレンとマルチェロ・マストロヤンニが共演した『ひまわり』を思い出してほしいのですが、あの一面のひまわり畑はウクライナで撮影されたものです。実際、ウクライナはひまわりや菜種の産地で知られ、それらを原料とする食用油の輸出大国。そのため、戦禍によって世界的に食用油が高騰してしまったのです。同様に、ウクライナが高い生産量を誇る小麦の価格も上昇しました」

――ウクライナ侵攻の影響も受けていたんですね。

「さらに、追い打ちをかけたのが“鳥インフルエンザ”でした。2022年10月以降、26道県で鳥インフルエンザが発生し、23年4月までに過去最多となる1771万羽が殺処分されました。ブラジルやタイからの輸入を増やしたものの、卵や鶏肉の値段は高騰することに。もちろん、他の外食産業もダメージを被りましたが、唐揚げ店の場合は調理に必要な原材料が少ない反面、その仕入れ価格が高騰すると逃げ場がありません。結果的に、“油と肉”の価格が上がったことで厳しい局面に立たされた格好です。また、主要な唐揚げ専門店(チェーン14社平均)の価格(平均3個)は約340円ですが、スーパーやコンビニでは220円前後と約3割も安いわけです」

“参入障壁の低さ”が災い

――たしかに、唐揚げは“安くて美味しいB級グルメ”のイメージが強いので、スーパーやコンビニのお惣菜と比較すると割高感は否めませんね。

「そうなんです。もともと価格設定が高めなこともあり、3年前に比べて輸入鶏肉の価格が2倍、食用油が1.5倍に高騰しても客離れを懸念して大幅な値上げができず、収益源との板挟みになって経営破綻するケースは少なくありません。それに加えてもうひとつ、大きな要因を挙げるとすれば、参入障壁の低さでしょうね」

――あれ? 参入障壁が低いおかげで唐揚げ店が一気に増えたわけですよね。

「ええ、それが諸刃の剣だったということです。先ほども申し上げた通り、唐揚げ専門店はコロナ禍の“中食需要”の高まりに乗じて店舗数を増やしました。その時期、多くの飲食店は時短営業や休業に追い込まれていた。そこで何が起きたかというと、大手コンビニやスーパーが唐揚げの扱いを増やしたのに加え、居酒屋や焼き鳥屋、定食屋まで唐揚げのテイクアウトを始めるようになった。店内に厨房があって鶏肉を仕入れているお店であれば、専門店と同じように“揚げたて”を提供できてしまう。つまり、唐揚げ店は参入障壁の低さのおかげで激増したものの、同じ理由でライバルが次々に参入して競争が激化。飽和状態になってしまったのです」

――今後、唐揚げ専門店はどうなっていくのでしょうか。

「やはり一時のブームは去ったと思います。当然ながら、時流を読んで下火になる前に閉じた店もあれば、やめるタイミングを逸して損害を被った店もあるでしょう。その上で、ブームが終わった後も残っている店には支持される理由や、他にない価値があると思うんです。たとえば、唐揚げ店の前に流行ったタピオカドリンクの専門店。その多くは姿を消しましたが、ブームを牽引した台湾創業のゴンチャは、いまだに日本全国で展開しています。当然ながら、そこには価格や味、サービスなど、他店とは違う儲かる強みが存在するのです」

藤井俊(ふじい・さとし)
株式会社帝国データバンク情報統括部長。1965年生まれ。商社、通販会社での商品開発を経て1993年に帝国データバンク入社。高松支店・岡山支店の企業信用調査部門を経て、2013年に広島支店情報部長、2023年4月から現職。景気動向や企業取材の経験を踏まえたわかりやすい解説・講演に定評。

デイリー新潮編集部