“出社回帰”でスーツ需要が復活

 夏場のノーネクタイは言うに及ばず、ビジネスシーンでもジャケパン姿が浸透し、革靴の代わりにスニーカーというスタイルも珍しくなくなってきた。コロナ禍以降、リモートワークも増えているわけでスーツ、とりわけオーダーメイドスーツは時代遅れで“オワコン”な感も……。だが、国内最大級の企業情報データベースを有する「株式会社帝国データバンク」の最新レポートによれば、<「オーダースーツ」好調、紳士服に復活兆し>。実際に<上場紳士服7社の売上高、4%増の3600億円>とされ、しかも、“女性客”からのニーズも高まっているという。様々な業界の情報を収集・分析している帝国データバンクの藤井俊情報統括部長に解説してもらう。

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――紳士服チェーンはコロナ禍でかなり苦しんでいた印象があります。

藤井部長(以下同):「たしかに、大手を中心として紳士服を扱う店舗はコロナ禍で大きく数を減らしました。2023年度末の時点で全国のスーツ店の店舗数はおよそ2300店。コロナ禍前に最多だった2017年度末の2997店と比べ、2割近く減少したことになります。一方で、スーツ各社はその間、大規模な店舗整理に着手し、不採算店舗を減らすことで経営の足腰を強くしたとも言えます。そして、アフターコロナの“出社回帰”の流れに乗って、スーツ事業の売り上げを伸ばしてきた印象です」

――コロナ禍の紳士服チェーンは、ネットカフェやフィットネスジム、焼き肉店など多角経営を促進させてきましたが、ここに来て“本業”が復調してきた、と。

「はい、上場するスーツ関連企業7社の2023年度業績をみると、“スーツ事業”の売上高が前年度比4%増の3600億円にのぼる見通しです。コロナ禍が明けて再び社会が動き出したことで、日々の通勤に、社内外での打ち合わせや接待、さらに就職活動や冠婚葬祭といったスーツを必要とする場面が増えてきました。そうしたスーツ需要の回復に加え、オーダースーツ人気の高まりが売り上げを後押ししていると思います」

“趣味的”ではなく、“実用的”で“経済的”

――スーツだけならともかく、“オーダースーツ”が人気というのには驚きました。

「それこそ“背広を誂える”なんて表現は、長いこと“死語”同然だったと思うんです。ところが、ここ最近、パターンオーダーやセミオーダーを含め“オーダースーツが好調”という声をよく耳にするようになりました。『洋服の青山』を展開する青山商事は、自社のオーダースーツブランド“Quality Order SHITATE”を全店舗に導入。コナカもオーダー専門店“DIFFERENCE”の新規出店が続いています。背景にあるのはオーダースーツの“低価格化”です」

――有名百貨店や個人経営のテーラーだと、最低予算が10万円というイメージですね。

「それがいまや、高級な生地を選ばなければ3万〜5万円から作れるようになっています。その価格帯であれば若いビジネスマンでも手が届く。また、既製のスーツ、いわゆる“吊るしのスーツ”を買ったとしても、裾上げやウエスト調整、ジャケットの袖詰めなど“お直し”は必要になりますよね。追加料金を考えたら、最初からオーダースーツを作った方が安上がりだし、型崩れもしません。つまり、オーダースーツが好調と言っても、かつてとはイメージが異なります。若い世代は細部に凝ったスーツを“趣味的”にオーダーするというより、“実用的”かつ“経済的”な意味でオーダースーツを選んでいるようです。成人式や入社式、あるいは初めてのボーナスを手にした時などに、若者がオーダースーツを作る流れは、今後も加速していくと思います」

――他にも“スーツ需要”復活の理由はありますか。

「そうですね、新たな潮流としては機能性の向上が挙げられます。なかでも、いま脚光を浴びているのは伸縮性に優れたストレッチ素材のスーツでしょう。たとえばAOKIホールディングスの“パジャマスーツ”は<見た目スーツ、着心地パジャマ>と、ストレッチ素材の快適さを売りにしています。こうした機能性の向上は、若い世代のスーツに対する抵抗感を減らすのに役立っていると感じます。また、中高年層にとっても、たとえば腹回りが大きくなった時にストレッチ素材はかなり楽です(笑)。膝やお尻が突っ張らないのも好印象ですね。加えて、いま紳士服チェーンが力を入れているのは“女性向け商品”の開発です」

実は“女性のニーズ”も高い、その理由とは?

――女性向けですか? そういえば、紳士服チェーンのCMキャラクターは、AOKIが上戸彩さんや今田美桜さん、洋服の青山は橋本環奈さんや元卓球選手の石川佳純さんなど、錚々たる女性タレントや有名人が採用されていますね。

「女性向けの場合、男性と大きく違い“制服廃止”の動きが強くなったことが市場拡大に作用しています。たとえば、これまでメガバンクでは、女性社員はカチッとした制服を着用し、男性のみカジュアル化が先行している印象でした。しかし、最近はジェンダーフリーの流れも手伝って、金融機関のみならず幅広い業種で、女性の制服を廃止する動きが拡がっています。その結果、必然的に自ら“仕事着”を選択しなければならない状況が生まれたわけです。社内の女性社員に話を聞くと、基本的にはカジュアルすぎず、かといってリクルートスーツほどカチッとしたものではないスタイルの服を選ぶのだとか。実は、最近の紳士服チェーンは、女性向けのジャケットやパンツはもちろん、ブラウスやニットなどの品ぞろえも豊富。さらに、数万人のフォロワーを抱える女性の社員モデルがいて、1週間分の着回しを紹介してくれるそうです。そもそも仕事着は、高級品を長く着用するのではなく、値ごろ感のあるものを購入して、1〜2シーズンで買い替えることが多い。いわゆる勝負服とは別に、普段使いでも天候や訪問先によっても使い分けているようです。こうした働く女性のコスパ、タイパを含めた細かいニーズを上手く商品化することで、若い世代を中心に支持を集めているのだと思います」

デイリー新潮編集部