紳士服のAOKIが2023年10月に発売した「金のスーツ」の売れ行きが好調だ。1着8万円台の高価格帯商品でありながら、当初の計画比に対して135%で推移している。物価高などで支出を抑える動きもある中、なぜ順調に売り上げが伸びているのか。AOKI商品部スーツ担当でマネジャーを務める栗林努氏に話を聞いた。

●スーツ市場は回復を見せつつも店舗数が減少傾向

 新型コロナの感染拡大を受けて、スーツ市場は大きな打撃を受けたが、回復の兆しを見せている。帝国データバンクが実施した調査によると、冠婚葬祭向けである礼服需要の回復やオーダースーツ人気の高まり、「ビジカジ」ウェアの販売拡大が各社の業績アップを後押しした。

 そのほか、販売単価が上昇したことも要因に挙げられる。「為替や原材料の高騰を含めてコストが上がっているぶん、各社ともに割引率を見直すなどの施策で販売単価が上がっている」

 一方で、スーツ店の数は2023年度末時点で2300店舗前後と、コロナ前に最も多かった2017年度末(2997店)から約700店の減少となり、8割前後まで縮小している。大手を中心に、コロナ禍に行った大規模な店舗整理が影響したと考えられる。

●高価格帯スーツを販売するAOKIの狙い

 AOKIは、2023年に65周年を迎えたことを記念して「金のスーツ」を発売した。当初の計画比で135%と、好調な売れ行きを維持する背景にはスーツの販売環境が変化していることも大きいと、栗林氏は指摘する。

 「地方を中心に、10万円を超えるような高価格帯スーツの売り場が減少傾向にある。一方で、高級感のあるスーツを着用したいというニーズも一定数存在している。需要と供給にギャップが生まれているタイミングで登場した『金のスーツ』が支持されたのではないか」

 実際に、高価格帯のスーツを買える場所が近隣になくて困っていたという顧客からの購入も多いという。

 高価格帯のスーツを望む声がある中、業界ではパターンオーダースーツの売り上げも伸びている。AOKIもパターンオーダーのサービスを展開しているが、既製品の高価格帯にこだわったのはなぜか。

 「オーダースーツ市場は確かに伸びているものの、完成に3週間〜1カ月程度を要してしまう。仕立てのいいスーツがすぐに欲しいのに、売り場が減ってしまい困っている消費者のニーズに応えたかった」

 高級スーツ需要の伸びと店舗数の減少。AOKIは、現場のギャップを埋めることに成功した。

 「金のスーツ」を購入する層は、スーツを着用する機会が多く、要職に就くことの多い40〜50代が中心だという。

 そのほか、2023年10月発売以降、好調を維持し続けている背景には、年末年始のあいさつ回りや、年度末の式典など、季節ニーズにもうまく合致したことも挙げられる。さらに、「金のスーツ」という商品名も高級スーツ需要の獲得に寄与したと栗林氏は語る。「金」という表現には、「高級感」「上質感」を連想させる狙いがあったという。

●「金のスーツ」のこだわり

 「金のスーツ」は、AOKIが展開するパリコレデザイナー島田順子氏監修ブランドの“JUNKO SHIMADA JS homme”のラインアップにおける最上位商品だ。特徴は、上質な素材感と着心地にある。

 素材には、「SUPER150’sウール素材」を使用した。この数字が大きいほどに原毛(げんもう)は細くなるのだが、栗林氏によると「一般的にはカシミヤ製品が同等の細い原毛を採用している。それくらい希少価値の高いものを使っていることで、風合いにつなげた」という。ただし、素材が良くても着心地が悪ければ、当然ながら支持されない。

 そこで「金のスーツ」は、第三者の検査機関に確認してもらいながら開発を進め、創業65年で培ってきた技術力を結集した。立体縫製技術とアイロンワークを用いることで、体に吸い付くような着心地を追求したのだ。

 内側には高級なオーダースーツで用いられることの多い本台場仕様を採用し、表地の生地を内ポケットまで伸ばすことで、内ポケットに名刺入れなどを入れても型崩れしにくい仕様とした。

 さらに、女性目線から見る男性スーツのシルエットの美しさにもこだわった。例えば、上着の裾部分のカットをスクエア寄りではなく、柔らかい丸みのある仕様とし、全体的なセクシーさを演出するなど、細部にもこだわりをのぞかせる。

 構想から発売までに要した時間は1年ほど。他商品と同様の期間だったが、今回は素材と着心地にこだわったため、途中の経過観察に時間を割いたという。「いくら素材がよくても、着づらいスーツは評価されない。そこで、試作品をいくつも作り、着用間を何度も繰り返し確認した」

 店頭で試着する顧客からも、他の商品との違いを体感する好意的な声が多く寄せられているという。

●「金のスーツ」素材のパターンオーダーも開始

 2024年2月からは「金のスーツ」の素材を使用したパターンオーダーのサービスも開始した。同様の上質な生地を採用し、ニーズに応じた対応を可能とし、伸びているオーダースーツ市場でも売り上げを伸ばしていく考えだ。

 さらに、春・夏モデルとして、ワンタックを採用したゆったりシルエットの「金のスーツ」も新しく展開する。「ゆったりとしたシルエットが欲しい」「ワンタックパンツがあると嬉しい」という顧客からの要望に応えた。

 AOKIは、現段階で「金のスーツ」以上の価格帯の商品を販売する予定はないというが、栗林氏は「これからスーツの価格は二極化していく」と予想する。

 「高価格帯は今後も一定のニーズが予想され、低価格帯は急にスーツが必要になる状況下で求められる。課題は、テレワークの増加やビジネスカジュアル、服装の自由化などでスーツの着用シーンが変わってきている中価格帯。AOKIでは、セットアップやパジャマスーツ(パジャマの快適さと、スーツのフォーマルさを兼ね備えた商品)で、中価格帯市場を勝負する」考えを示した。

 コロナ禍が明け、回復を見せるスーツ市場で、AOKIがどれだけ売り上げを伸ばしていくか。今後も注目したい。

(カワブチカズキ)