酒は人間をおかしくするもの

 お笑いコンビ・ウエストランドの河本太(40)が泥酔した上でタクシーを蹴とばし、運転手とケンカになった“事件”が話題である。河本は歯を3本折られ、運転手は河本から噛みつかれたことで、警察に行ったが事件化にはならず。その後、所属事務所「タイタン」の太田光代社長から、河本は適切な酒量を心がけるよう諭された。家にあった酒はすでに処分したという。

 さて、酒を飲まない人にとっては河本のこの行動を理解できないかもしれない。何しろ酒というものは人間をおかしくするものである。まずは酔っ払うとどうなるかを見てみよう。

【1】酒乱で怒りっぽくなる(今回の河本)
【2】無茶苦茶饒舌になり、延々喋り続ける
【3】甘えてきてやたらとボディタッチをするようになる
【4】自分がいかにくだらない人間かを滔々と語り、泣き出す
【5】寝る
【6】記憶が飛ぶ
【7】とにかくホメまくる
【8】卑猥な狼藉を働いてしまう

 河本は、タクシーが停まり、乗客が降りてきたところで自分が乗ろうとしたが断られた。そはタクシー乗り場ではなく、乗ってはいけない場所だったのだが、酔っ払って「運転手が乗車拒否をした」と思ってしまった。そこで起きた蛮行である。

Aをいますぐ呼べ!

 過去にも、NHKアナウンサーだった松平定知氏が酔っ払った末に、車内に搭載された電話でタクシー運転手を殴ったことは有名だ。私(ネットニュース編集者・中川淳一郎)の実際の知り合いでも、一定の地位がある人間は酔っ払ってる時に、突如として怒り出すことがある。多額のカネを握る大企業の宣伝部長がいるが、同氏もそのタイプだった。

 大企業の宣伝部長ともなれば、何百億円ものカネを動かすほどエラい。同氏と参加した飲み会の際、同氏と一緒に講演会で登壇する予定だったクリエーター・A氏が来るはずだった。その飲み会にはA氏の部下も参加していたが、本来は参加する予定ではなかった。だが、A氏に海外出張が入ってしまったため、講演会当日は部下が代わりに登壇することとなった。それを伝えるために部下はこの飲み会に参加したのだが、宣伝部長はコレにキレた。

「どういうことだよ。Aが参加するというからオレだってこの仕事を受けたんだろ! お前みたいな下っ端がオレと一緒に出るというのか! おい、Aを今すぐ呼べ!」

 ものすごい剣幕で怒り始めた宣伝部長。確かにこの日の飲み会に参加していないばかりか、「先約優先」の原則を破って海外出張を入れてしまったのは怒っても仕方がない。だが、あまりにもすさまじい剣幕に部下はビビりまくってすぐに上司のA氏に連絡。このままでは出入り禁止にされ、多くの取引を失ってしまうかもしれない。そしてA氏は血相を変えて30分後に飲み会に現れたが、土下座を強要され、罵詈雑言を浴びせられた。この時は暴力沙汰にはならなかったものの、宣伝部長からすればはらわたが煮えくり返るほどの屈辱だったのだろう。

「寝る」と「記憶を飛ばす」

 ここには「出入り業者ごときが」という意識もある。河本にしても「タクシー運転手ごときが有名人のオレ様を乗車拒否するのか?」といった意識があったのかもしれない。今回【1】〜【8】までの酔っ払いの類型を出したが、【1】酒乱で怒りっぽくなる、は【8】卑猥な狼藉を働いてしまう、と並んで良くないパターンのツートップである。暴力沙汰に繋がる恐れがあるからだ。

 あと、なんで酔っ払うと卑猥な狼藉を働いてしまうのかといえば、勝手に「無礼講だ」と思ったり、判断力を失い、目の前にいる女性が自分のことを好きなのではないか、といった誤解をしてしまうからだ。もちろんそんなことはほぼあり得ない。

 私の場合【5】と【6】の、「寝る」と「記憶を飛ばす」がある。「寝る」については本当に眠くて仕方がなくなってしまうのだ。馴染みの店でしか寝ないようにはしているが、もはや起きていられないのだ。あと、記憶を飛ばす件については、2次会の途中から記憶が一切なく、気付いたら自分のベッドで朝を迎えている。果たして会計はしただろうか……。失礼なことを言ってないだろうか……。

人間はどこかで愚行権を求めている

 そんなことを考え、同席した人々に「お金は払いましたか? 失礼はなかったですか?」とメールで聞き、返事を待つ間のいたたまれない気持ちよ。本当に記憶が飛ぶのは困ったものである。しかしながら普段と変わりのない様子でしたよ、と言われることがほとんどなので、私としては【1】怒る【8】卑猥な狼藉を働く、の2つの傾向がない酔っ払いであることは不幸中の幸いである。

【4】の自分がいかにくだらない人間かを滔々と語って泣き出す、については、大学時代の友人・Bがそれにあたる。彼は酔っ払うと突然泣き始め、自分がいかに無価値な人間であるかを嗚咽しながら演説するのである。子供時代、親からは無能扱いされ、それがために自分は生まれてこない方が良かったのでは、と考えるようになったのだ。そしてそこで酒を追加でガンガン飲みまくり「オレなんて! 生きる価値がないくだらない男だ!」と絶叫するのが常であった。

 このように考えるとロクなことがないのになぜ酒をやめられないのか、については、「人間はどこかで愚行権を求めている」ということにしか行きつかないのではないか。健康上も酒は良いものではないわけだし。

中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう)
1973(昭和48)年東京都生まれ、佐賀県唐津市在住のネットニュース編集者。博報堂で企業のPR業務に携わり、2001年に退社。雑誌のライター、「TVブロス」編集者等を経て現在に至る。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』『ウェブでメシを食うということ』『よくも言ってくれたよな』。最新刊は『過剰反応な人たち』(新潮新書)。

デイリー新潮編集部