不適合バットは中国製

「飛ばない」と話題になっていた高校球界の新・金属バット問題は、さらなる波紋を呼んでいる。日本高野連が“緊急”会見を開いたのは、4月18日だった。今春のセンバツ甲子園大会から新基準の「低反発バット」が導入されたものの、不適合製品が大量にあることが発覚したというのだ。

「不適合製品を出したメーカー5社の実名を挙げながら、事態を説明しました。高野連は新基準バットを加盟各校に計1万2000本、無料配布していますが、うち2510本が不適合製品であったことも判明しました」(アマチュア野球担当記者)

 新基準バットが導入された目的は、バッターと対峙する投手の安全を守るためだった。19年夏の大会で、打球が直撃した投手が頬骨を骨折する事故が起き、高野連は対策を講じた。22年2月の理事会で今年のセンバツ大会からの導入が決められたが、量産体制に入った昨年9月以降、中国の工場で製造されたものの中に不適合品が交ざっていたという。

「高野連も不適合バットの回収を始めました。製品安全協会と製造元は会見に同席し、『賠償する』と言っていましたが、正規品が届くまでの時期は明らかにできませんでした」(前出・同)

 低反発の新金属バットが使用された今春のセンバツ甲子園大会で、全31試合で出たホームランの総数は「3」。うち1本はランニング・ホームランだった。過去5回を遡ってみると、18年センバツは20本、同年夏は51本、19年は春19本・夏48本、21年は春9本・夏36本、22年春18本・夏28本、23年春12本・夏23本(20年は中止)。金属バットが採用された75年夏以降では最少だった。

 高野連の宝馨会長はセンバツ大会後、

「盗塁や犠牲バントなど、確実に得点する野球が改めてクローズアップされた大会となった。本塁打の数はかなり減ったが、1試合の両チームの総得点は、昨年は7点、今年は6.45点とあまり変わらない結果ではあった」

 と総括していた。とはいえ、優勝した健大高崎(群馬県)にホームランなし。「ホームランなし」での優勝は01年以来、23年ぶりのこと。ホームランが極端に少ない寂しい大会だったことは明らかだ。

木製バットの方が飛ぶ?

「新基準バットの導入で、打撃に割く練習時間が急激に増えた印象はありませんが、エンドランや実戦を想定しての練習内容は変わってきました。三塁に走者を置き、内野ゴロの間に1点を取る『ゴロ・ゴー』の練習が多く見られるようになりました」(前出・同)

 宝会長の言う、1点を確実に積み上げていくスタイルを構築するためだろう。

 この不適合製品発覚の会見の2週間ほど前、「U-18日本代表候補選手強化合宿」が奈良県下で開かれた。これは夏の甲子園大会後に予定されている世界大会に向けての取り組みだ。その2日目に紅白戦が行われたのだが、小倉全由代表監督(66=前日大三高監督)は「木製バットの使用」を全員に命じた。

「世界大会は、木製バットを使用するルールになっています。昨夏は甲子園大会後に招集された短期合宿から木製バットを使わせたので、戸惑う球児も少なくありませんでした」

 同合宿を視察した関西地区担当のプロ野球スカウトがそう説明する。強化合宿に集められたのは高校球界を代表する精鋭であり、今秋ドラフト会議での上位指名も予想されている。甲子園大会を賑わせた高校生スラッガーが木製バットに馴染めず、プロ入りしてから暫くの間、ファームで苦しむのはよくある話だ。プロ側にとっては、実戦形式での木製バットの使用は“大歓迎”だろうが、今回の合宿に集められた球児から「意外な証言」も飛び出した。

「木製バットのほうが飛ぶんじゃないか?」

 複数の球児たちがそう口にしていたという。

 紅白戦でホームランを放ったセンバツ優勝校・健大高崎の箱山遥人(3年)も記者団に囲まれたとき、こう感想を述べている。

「元の金属バットに似ているのは木製かなと思いました。実戦で初めて木製バットを使ったんですけど、低反発のバットよりも振りやすくて、一打席目は振れすぎて、タイミングが早過ぎて、(体が)開いてしまったところがありましたが、その後は自分の間で打ててきたんじゃないかと思います」

 後にプロ野球界に進んだ甲子園スラッガーがとくにそうだが、高校時代から金属バットと木製バットを使い分けているケースが少なくない。ティー打撃や素振りでは木製バット、試合本番は金属。木製バットで練習するのは大学、社会人、プロ野球など次のステージに進んだときに備えてのことだが、試合で使用しないのは「金属バットのほうが飛ぶ」との思いがあったからだ。

「監督さんとも相談して」

 金属バットに関する先入観がこの合宿で崩壊したわけだが、試合でも木製バットに切り替えるかというと、そうもいかないようだ。箱崎を始めとする木製バットに好感触を得た球児たちは「(学校に)帰ったら、監督さんとも相談して」と言葉を濁していた。

「センバツでも、青森山田の一部選手が木製バットを使っていました。各校とも、新基準の金属バットを買い揃えるのに苦労したと聞いています。公立校は予算の問題があり、資金のある私立校でも品不足で入荷困難な状況でした」(前出・アマチュア野球担当記者)

 新金属バットの市場価格は1本3万円台後半から4万円台半ば。旧タイプは素材や形態によって異なるが、1本あたり約1万円後半から3万円台前半である。ある都立高校の監督によれば、新基準の金属バットへの切り替えは「22年のうちに通達された」そうだが、学校の予算には限りがある。予算を他の運動部とも分配し、不足分は「部費」の名目で毎月、全野球部員から数千円を徴収しているという。

 ある私立高校の指導者もこう言う。

「野球部を運営していくために最低限必要な金額の目安は、『部員一人につき、ボール1ダース』。部として、バットや練習用のゲージなどが揃っていて、ユニフォームやグローブにお金が掛からないというのが大前提ですが」

 箱崎たちが「相談して」と即答を避けた理由はこのへんにある。新金属バットをようやく買い揃えたばかりなのに、「木製バットのほうが良い」とは言いづらい状況なのだろう。

 木製バットは1万円台でも買えるが、耐久性に問題がある。金属バットが急激に浸透したのもそのためだ。木製バットは打ち損じのファールでヒビが入ることもある。雨に濡れたときはもちろん、湿気を吸えばそれだけで飛ばなくなる。

「学校や野球部と懇意にしている小売店にお願いして、野球用具を安く売ってもらっています。甲子園出場がかなった際にはその店を通して応援タオルを注文するなどし、恩返しをしていますが」(前出・私立高校指導者)

 木製バットは環境への問題も絡んでくる。

「メイプル、アオダモ、ホワイトアッシュなどの素材が主流ですが、長距離タイプのバッターとアベレージタイプで好むバットも変わってきます。バットでは素材となる木の植樹運動も進んでいますが、それでもまだ足らないくらいです。近年、メーカーが安価な新素材を見つける研究も進め、大学野球部などでテストをしてもらっています。違和感ナシの回答をもらっているので、プロ組織が公認すれば、市場価格も変わるかもしれません」(大手スポーツメーカー営業マン)

 夏の甲子園では自己負担で木製バットを入手して臨む球児も出てくるかもしれない。新金属バットの問題は、野球用具を見直す契機にもなりそうだ。

デイリー新潮編集部