大谷翔平選手(右)の専属通訳だった水原一平氏(左)=2024年3月18日、韓国・ソウルの高尺スカイドーム

 ドジャース・大谷翔平選手の専属通訳だった水原一平氏の違法賭博疑惑で、水原氏がついた「うそ」に焦点が当たり、人格を厳しく問う声が出ている。だが、ギャンブル依存症の当事者らの支援を行う団体の代表者は、水原氏のうそを「典型的な依存症者の症状」と指摘する。一体なぜなのか。代表に話を聞いた。

 水原氏は3月19日のスポーツ専門ネットワーク「ESPN」の取材に対し「2023年の初めに大谷選手に借金について話し、借金を肩代わりしてもらった」との趣旨の話をした。だが、翌日になり、大谷選手の関与はなかったと、発言を180度変えた。

 大谷選手は26日の会見で、水原氏がうそをついていたことを明かした。

 20日の試合後に、初めてこの一件を知らされたこと。水原氏は大谷選手の代理人に対し、当初は「友人の借金」と説明したが、その後、自分が作った借金だと認めたこと、などである。

 水原氏は「ギャンブル依存症」を明かしたと報じられているが、大谷選手の会見後、メディアやSNSでは、水原氏に対し「大うそつき」などと人格を否定する言葉や厳しい指摘が飛び交っている。

 だが、ギャンブル依存症の当事者や家族を支援する公益社団法人「ギャンブル依存症問題を考える会」の田中紀子代表は、

「うそを重ねるのはギャンブル依存症という精神疾患の症状で、なんら不思議なことではありません」

 と指摘する。田中さん自身もギャンブルで大きな借金を抱え、依存症と診断された元当事者だ(以下、一問一答)。

 * * *

――水原氏の行動や言動をどう見ていますか

田中 負け追い(ギャンブルでの損失をギャンブルで取り返そうとすること)で、どんどん借金が膨らんでいったことや、証言をころころ変えている点を見ると、典型的なギャンブル依存症なのだと思います。

――そもそもギャンブル依存症とは

田中 ギャンブルで問題が起きはじめ、このままギャンブルを続けたら人生に大きな問題が生じると分かっているにもかかわらず、やめられなくなる。適度なところでコントロールできなくなる。それがギャンブル依存症という精神疾患です。

 依存症ではない人でも、ギャンブルをすると脳にドーパミンという快楽物質が分泌されるのですが、ギャンブル依存症に罹患(りかん)すると、ギャンブルをやり続けるうちに、このドーパミンが機能不全を起こします。脳の機能が変化して、ギャンブルをしていないときはドーパミンが分泌されず、落ち込んだ気分になってしまいます。そのため、気持ちを上げるための「薬」のようにギャンブルを繰り返すようになってしまうのです。

――なぜうそをつくという症状が出るのですか

田中 借金を取り戻すためにギャンブルをやるしかない、という強迫観念にかられた精神状態に陥っているからです。追い詰められていますから、ギャンブルをやるためにはどんなうそでもつくようになり、そのうそがどんどんひどくなります。

――例えば、どのようなうそを?

田中 「お金にだらしない友人に金を貸したから、今月のこづかいがなくなった」や、「仕事で大きなミスをして穴埋めをする金が要る」など、いわば「家庭内詐欺」を繰り返している状態ですよね。

――水原氏は取材に対してうそをついた形になりますが、これも依存症の症状でしょうか

田中 その通りです。家族以外にも、職場や友人など、あらゆる場面でうそをついてしまうのです。

――本人はうそをついている自覚がないのでしょうか

田中 自覚はもちろんありますが、もはや自覚の有無を問う精神状態ではありません。依存症の当事者は借金を取り戻そうと、とにかく必死なんですよ。借金を取り戻すにはギャンブルをやるしかないんだと、とりつかれたように、必死にボールを投げ続けている精神状態の中で、うそが重なるのです。

――病気であることが浸透しつつはありますが、それでもまだまだ「性格に問題があるから」「意志が弱いから」などと思われがちです

田中 性格や人間性の問題ではなく、まったくの誤解です。「勝った時の快感が忘れられないんだろう」などと言う方もいますが、依存症者は、もはやそのような精神状態にはありません。勝ったとしても「こんなもんじゃ借金は取り戻せない」と思ってしまうし、勝とうが負けようが、とにかくギャンブルをやり続けるしかないんだ、となってしまいます。

 水原さんもそうかもしれませんが、依存症の末期になると、勝っても負けても感情が動かない。ずっと落ち込んだまま、薬を求めるかのようにギャンブルを繰り返すのです。

――水原氏は億単位まで借金が膨らみました

田中 あれほどの金額になると、もう取り戻すのは無理だと心のどこかで思っていたはずです。数百万円くらいなら、自分の経験値から、もう一度当てればいける、と思うのですが、あそこまでの金額になると、もう無理だとどこかで思うんですよね。でも、やめられない。

――本人の力ではどうにもならないなら、傷が浅いうちに周囲が気づくことは難しいのでしょうか

田中 見た目では分かりませんから、見抜くのは不可能です。昔なら、例えば家族の誰かが土日にいつも家を出て、帰ってくるとやたらたばこ臭い。何かおかしいと思ったら、パチンコ屋に入り浸っていたなどという形で気づくことはあったでしょう。

 ただ、最近はオンラインカジノが主流になり、スマホでできてしまうので、さらに難しいですよね。オンラインは手軽なので、日本でも若い世代の依存症者が増えています。非常に大きな問題だと思います。

――家族は借金が発覚するまで、気がつけないということでしょうか

田中 借金が発覚しても、当事者がしっかり仕事をしている人だと、家族は依存症だと疑わないケースがあります。「若気の至り」「今回だけやり過ぎちゃったんだろう」などと、軽く考えてしまうのです。借金が初めて発覚したその時に依存症を疑うことがとても重要になるのですが、3回目くらいでやっと、という事例が多いです。

――家族はどのように対応するのが望ましいのでしょうか

田中 まずは家族自身が、家族会や家族らの自助グループに参加して、依存症者への対応を学ぶことが重要です。当事者を何とかして行かせようとする家族が多いのですが、本人が納得するまでにとても時間がかかってしまいます。家族が行動し、いかにして当事者を治療に向かわせるかの作戦を習うことが大切です。さらに、借金を肩代わりするなど、この人には私がいなくちゃいけない、という共依存の関係を解消する必要があります。

――水原氏にはメディアやネットで厳しい指摘が飛び交っています

田中 不可解な出来事だとは思います。ですが、水原さんを人格否定して納得しようとしたり、善人を演じていた人の「裏の顔」などと報じたりするのは違うと思います。何かを書き込む前に、ギャンブル依存症とは何かを調べ、この精神疾患を知るきっかけにしていただけたらと願っています。

 球団による解雇処分や、大谷選手さんが厳しい姿勢で「うそ」を公表したことは、水原さんやご家族にとっては良かったのではないかと思います。依存症からの回復に必要な「底つき体験」(※人間関係や社会的地位を失い、もうこれ以上落ちないところまで行きつくこと)になり、人生のターニングポイントになる可能性がありますから。

(國府田英之)