大勢の人で賑わう「ふなばし三番瀬海浜公園」の潮干狩り場。この外側には漁業権が設定されいてる=同公園提供

 潮干狩りや磯遊びは子ども連れも自然を満喫できるレジャーだ。アサリなどの貝を自分の手で獲る楽しみがある一方、この時期、一気に増えるのが「レジャー感覚での密漁」。海での貝の採取には、地域ごとに規則があり、気づかぬうちに「犯罪者」になりかねない。

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 数年前のゴールデンウィーク、小学生の息子と千葉県・南房総の海に出かけた。磯辺に着くと、息子は小さなバケツを手に夢中で岩についた貝を獲り始めた。数十分後、自慢げに獲物を見せてくれた。クボガイ、バテイラ(シッタカ)、ベッコウガサなど。名前のわからない貝もある。

 すると突然、背後から声をかけられた。

「たくさん獲れたねえ」

 振り返ると、40歳くらいの男性がニコニコ顔でバケツの中をのぞき込んでいる。

 そして、こう言った。

「私は海上保安官です。これは密漁になるので、帰るときに海に逃がしてください」

 息子が獲った貝のなかに、無許可での採取が禁止されているサザエの稚貝が含まれていたらしい。海上保安官から手渡されたチラシにはこう書かれていた。

“レジャー密漁は犯罪です!”

■5月は密漁の検挙が増える

 水産庁によると、かつて密漁者の大半は漁業者だったが、最近、個人的な消費を目的とした一般市民による密漁が増えているという。

 2000年ごろまでは漁業者以外の密漁の検挙者は年間200〜300人程度で推移してきた。だが、2000年を境に急増し、22年は1329人と密漁者全体の約9割を占める。

 こうした状況から政府は18年に漁業法を改正し、密漁対策を強化した。例えば、アワビを無許可で採取した者に対しては、最大3年以下の懲役、または3000万円以下の罰金が科せられる。

 密漁で検挙された水産物で、最も多いのはサザエやアワビ、ハマグリ、アサリなどの貝類で、全体の約6割を占める(22年)。

 海上保安庁によると、密漁の検挙件数が増えるのは5月と夏休みの時期だ。多くは海に遊びに来て、「少しくらいならいいだろう」という軽い気持ちで貝を獲り、犯罪者になってしまう。

漁業権が設定された区域でアサリなどを獲る人々=船橋市、米倉昭仁撮影

 首都圏で密漁の被害が特に多いのは千葉県。東京駅から電車で約30分、都心から一番近い潮干狩り場を開設する「ふなばし三番瀬海浜公園」の周辺の海でも、密漁は行われている。

「三番瀬」は東京湾の最奥にある干潟で、江戸時代からノリや貝の獲れる良好な漁場として知られてきた。潮干狩り場の周辺には船橋市漁業協同組合の漁業権が設定されており、組合員以外がアサリやホンビノスガイ、ハマグリなどを獲ることを禁止している。

 だが、密漁者は後を絶たない。

「ふなばし三番瀬海浜公園」では漁業権エリアで獲ってはいけない貝が写真入りで表示され、日本語、英語、中国語、韓国語で記されている=船橋市、米倉昭仁撮影

■警告を無視して貝を獲る人々

 4月中旬、ふなばし三番瀬海浜公園を訪れた。

 公園のあちこちに密漁禁止を呼びかける看板が目についた。採取禁止の貝を写真付きで表示し、日本語だけでなく、英語や中国語、韓国語の表記もある。

 天気が良く、潮干狩り場は大勢の人でにぎわっていた。そのすぐ外側は漁業権漁場のエリアで、境界には木杭がずらりと打ち込まれている。杭には「これより先は漁業権の設定があり、アサリ、バカガイ、カキ、ホンビノスガイなどを獲ることはできません」という内容が書かれた標識が取り付けられている。

 ところが、潮が引くにつれて、潮干狩りに来た人が木杭の境界線をどんどん越えていく。標識に目を向ける人はほとんどいない。

 波打ち際へ駆けていく子どもたちを追って漁業権エリアに足を踏み入れる保護者たち。おしゃれな服装の若い女性たち。工事用のスコップを持った家族が目についたくらいで、多くはごく普通の潮干狩り客に見える。

「ここでアサリなどを獲ってはいけないことを知っていますか」と、20人ほどに声をかけた。約半数は外国人だったが、「(日本語が)わからない」という人を除いて、「そうなんですか、全然知りませんでした」と、ちょっと驚いたように答えた。態度に深刻さはまるで感じられなかった。獲った貝を海に戻して漁業権エリアの外に出る人もいたが、そのまま潮干狩りを続ける人も少なくなかった。

 記者が目撃した、“レジャー密漁”の現場だった。

工事などで使われる大きなスコップを手に漁業権が設定された区域に入る人々=船橋市、米倉昭仁撮影
「密漁者のほとんどは罪の意識が感じられない」と語る船橋市漁協の中村繁久組合長=船橋市、米倉昭仁撮影

■罪を犯している意識がない

「皆さん、罪を犯しているという意識があまりないように感じます」と、船橋市漁協の中村繁久組合長は嘆く。

 三番瀬周辺はのどかな浜辺だが、漁協は高性能なカメラで24時間、密漁を監視している。記者が漁協を取材した前日にも、1人が捕まったという。

 パトロール中の海上保安官に摘発されたのは22歳の男性だった。「わずかなアサリ」を獲っていたところ、漁業権侵害の容疑で書類送検されると告げられて、初めて罪の重さを知った。こんなことで「犯罪者」になるとは、想像もしていなかった。

「この春に就職したばかりの若者が、『不注意で貝を獲ってしまった』と謝罪に来ました。これから送致されるわけですが、長い人生なんだからしっかりやっていきなさい、と諭しました」(中村さん)

 1週間前にも同様なケースでカンボジア国籍の男性が摘発されたという。

「我々、漁業者にとって密漁は放置するわけにはいかない切実な問題です。少しの密漁でも大勢の人が行えば、漁業資源が損なわれてしまう。明確なルールがあるわけですから、それを徹底せざるを得ません」(同)

「ふなばし三番瀬海浜公園」のあちこちで見かけた密漁への警告表示=船橋市、米倉昭仁撮影

■獲り尽くされたカキ

 漁業権が設定されていないため、わずか数年でカキがほぼ獲り尽くされてしまった場所が近くにある。三番瀬の西側に注ぐ江戸川の河口には、かつてカキが群生する「カキ礁」が点在していた。

 環境美化に取り組む市民団体「妙典河川敷の環境を守る会」の藤原孝夫会長は言う。

「5年ほど前から、カキを獲る外国人が集まるようになったんです」

 きっかけは、江戸川河口に「無料の潮干狩り場がある」というクチコミが広まったこと。5月の大潮の日を中心に100人以上がやってくるようになった。

 驚くべきは彼らが採取したカキの量だ。

「1人40〜50キロは獲っていたんじゃないかな。それを買い付けに車で来る人もいました」(藤原さん)

江戸川の河口で貝を獲る人々。白く見える浅瀬は群生したカキの殻=市川市、米倉昭仁撮影

 彼らは獲ったカキをその場でむき、殻を川や河川敷に捨てた。膨大な量のカキ殻が放置され、水辺で遊ぶ子どもたちがけがをする事故も発生した。

 藤原さんが仲間とともにカキ殻を回収したところ、なんと150トンにもなった。昨年、市川市はカキ殻の不法投棄を5000円の罰則付きで禁止する条例を施行した。

 同じ日、記者が現地を訪れると、アサリやハマグリなどを獲っている人々がいた。ほとんどが日本人だった。

「昔はカキがいっぱいあったんだけど、獲り尽くしちゃったんですよ」と、藤原さんはため息をつく。

 岸辺の草むらには大量のカキ殻が残され、漁業権で管理されない水産資源の行く末を物語っていた。

この木杭の列の右側がアサリなどの採取が禁止されている漁業権が設定された区域。杭には警告表示が取り付けられているが、そこで引き返す人は見なかった=船橋市、米倉昭仁撮影

■「うっかり密漁」で前科がつく

 漁業権があり掲示を出していても、一般人によるレジャー密漁はむしろ増加している。千葉海上保安部の担当者は、漁協から取り締まり強化を要請されているという。

「レジャー感覚の密漁であっても法令違反が確認されれば、粛々と捜査します」(海保の担当者)

 潮干狩りや磯遊びの延長の「うっかり密漁」でも、前科がつく可能性は十分ある。初夏のレジャーは気をつけて楽しみたい。

(AERA dot.編集部・米倉昭仁)